パブリッククラウドベンダーが、新しいユーザーや販売チャネルの開拓に本腰を入れている。Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azure、GMOクラウドなど主要なパブリッククラウドのベンダーが考える新ユーザーや新販路は、クラウドを基盤にビジネスを展開する“クラウド産業”ともいうべきサービスベンダーである。「あしたのFacebookやGoogleになる!」と、夢を描くクラウド時代の新プレーヤーの発掘を競い合っているのだ。(安藤章司)
一攫千金、オセロゲームのように

アマゾン データ サービス
ジャパン
長崎忠雄社長 主要パブリッククラウドベンダーが強く意識するのは、将来、コンピュータリソースを大量に使うと見込まれるクラウド時代の新プレーヤーの開拓である。FacebookやGoogleのように、あれよあれよという間に、世界有数のコンピュータリソースを有するようになった例がある。この規模たるや、業務アプリケーションを細々と使う従来型の企業ユーザーとは比べものにならないほどの巨大さだ。Facebookは少なく見積もっても50万台余りのサーバーを運用していると伝えられるが、この数字は日本の年間サーバー出荷台数に匹敵する。
従来の日本のIT投資の地域別割合は、首都圏7割、その他3割といわれ、大手ITベンダーやSIerのほとんどは首都圏に本社を構える。既存のデータセンター(DC)や客先設置(オンプレミス)型のシステムをクラウドへ移行するだけなら、むしろ首都圏で集中的に顧客開拓をしたほうが効率がいい。しかし、アマゾン データ サービス ジャパンの長崎忠雄社長が「クラウド時代に首都圏も地方も関係ない」と指摘する通り、主要パブリッククラウドベンダーは、ネットサービスベンダーの発掘をことさら重視する。
なぜか──。それは、ネットサービスベンダーがひとたび成功すれば、Facebookの例を挙げるまでもなく、日本の年間サーバー出荷台数に匹敵するようなITリソースを必要とするビッグユーザーに成長する可能性があるからだ。アマゾンは、今秋、北海道から九州までAWSの普及促進を目的としたキャラバン「AWS Cloud Roadshow」を展開。長崎社長が自ら積極的に地方に足を運び、「小規模なベンチャーが世界的なネットサービス会社へ成長した事例は枚挙に暇がない。その成長を支援するのがAWSだ」と呼びかけた。
過去を振り返れば、今から20年余り前、日本マイクロソフトはWindows OSを普及させるために、全国のソフト開発ベンダーやベンチャー企業の取り込みに躍起になったことがある。実際のところ、Windows普及の波に乗って、事業を大きく伸ばしたベンダーは多い。国内の業務アプリケーション分野でいえば、オービックビジネスコンサルタント(OBC)やピー・シー・エー、応研などがWindowsとともに飛躍的に成長した。日本マイクロソフトは、Microsoft Azureによって、かつてのWindows旋風の再来を狙う。
売り方が大きく変わる
ただ、かつてとはいくつか異なる点がある。その一つは売り方が限りなくスマートフォンの“アプリ”的になっていくことだ。無料でダウンロードして、より本格的に使う段階になったときに課金する方式がその典型で、基本、オンラインで完結する。Azureの場合、アップルの「App Store」やグーグルの「Google Play」のように代金の回収サービスも実装。Azure対応のアプリがダウンロードできる「Azure Marketplace」上で、世界中、誰でも利用できるようにした。直近では3000種類規模のアプリが公開されているが、まだ日本発のアプリは多くない。日本マイクロソフトの斎藤泰行・クラウドアプリケーションビジネス部部長は、「早い段階で日本発のアプリを300種類くらいに増やしたい」とパートナーへの働きかけを強める。
もう一つ異なるのは、世界との垣根がパソコン中心の時代に比べてはるかに低くなっている点だ。Azureの代金回収一つをとっても、何割かの手数料をマイクロソフトに支払うことで、理論的には世界80余りの国と地域に展開することができる。それは、「こちらから出て行かなければ、逆に海外から日本国内へ容易に進出される」(日本マイクロソフトの谷彩子・クラウドアプリケーションビジネス部エグゼクティブプロダクトマネージャー)という意味でもある。営業支援やビッグデータ分析、ソーシャル系など汎用性が高いアプリについては、今後もグローバル規模で激しいシェア争いが予想される。

日本マイクロソフトの斎藤泰行部長(右)と谷彩子マネージャー さらに、根本的な課題は、アマゾンやマイクロソフトが思い描くようなFacebookやGoogle級の成長株を日本で発掘できるかどうかだ。夢のような話なのか、あるいは地に足のついた現実のものになるのかは不明だが、少なくともヒット商材を飛ばせば膨大なITリソースが必要となるのがクラウドビジネスである。韓国のネット会社が日本のライブドアを買収し、さらにメッセージアプリのLINEで大成功を収めるなど、恐らく誰も想像していなかったことが今後も起きる。
日本マイクロソフトは、クラウドビジネスが「コンシューマフェイシングからエンプロイーフェイシングへ着実に広がる」(斎藤部長)と考えている。フェイシングとは「対面する」の意味で、企業の従業員が使うクラウドサービスが本格的な拡大期に入るとみている。四角四面の従来型の業務アプリではなく、もっと気軽に安く使えて、生産性を高めるサービスのニュアンスを含む。未踏領域で描く“夢”を現実のものにすることが、AWSやAzureなどのパブリッククラウドビジネスの拡大に欠かせないと、彼らは判断している。
地方衰退の危機感をバネに 既得権益に縛られない野心が魅力
クラウドベンチャーやスタートアップ企業に熱い視線を注ぐのはAWSやAzureだけではない。クラウドサービスの「IBM SoftLayer」を手がける日本IBMも、この11月にスタートアップ支援プログラムを拡充。国産クラウドのGMOクラウドは月額500円から使える“ワンコインクラウド”を10月から始めている。
日本IBMやGMOクラウドの狙いは、AWSやAzureと同様に、FacebookやGoogleのような成功するベンチャーやスタートアップ企業を、黎明期から自社クラウドに取り込むことにある。両社とも地方展開を推し進めているという点も共通している。資金力に限りがあるスタートアップ企業にとって、費用面での最初の敷居は低ければ低いほど都合がいい。こうしたニーズに対する答えが、日本IBMのクラウドサービスを年間最大で1200万円分を無償で提供するスタートアップ支援策であったり、GMOクラウドのワンコインクラウド戦略というわけだ。成功する過程で必要となるITリソースを独占的に供給していくことで、自らのビジネスを大きく伸ばすことができると踏んでいる。
主要ベンダーが重視する地方は、誤解を恐れずにいえば、(1)居住費や人件費などが安く、(2)地方衰退の危機感からくる切迫感があって、野心にあふれている。クラウドサービスは、どこに本社があろうと、よいサービスであれば世界中に展開できる。あるパブリッククラウドベンダー幹部は、「既成概念や既得権益に縛られない野心がいちばん大切」と、とりわけ(2)を重要視する。確かにかつてのパソコン普及期にはメルコホールディングスやアイ・オー・データ機器、ヤマダ電機など地方で数多くの会社が生まれ、大きな成長を遂げてきた経緯を考えれば、あながち間違ってはいないのかもしれない。(安藤章司)