「生徒一人1台の情報端末を」という政府方針に沿って、タブレット端末などを導入する学校が増えている。しかし、アプリの導入や目的外サイトのフィルタリングといった管理作業に教職員が忙殺されてしまっては本末転倒だ。桐蔭学園は、モバイル端末管理(MDM)ソリューションを活用することによってこのような問題を回避し、500台のiPadを一括導入することにしたが、MDMの利用には思わぬ副次的効果もあった。
【今回の事例内容】
<導入法人>桐蔭学園中学校・中等教育学校横浜市青葉区の丘陵地帯に、中学校、高校、大学を含む広大なキャンパスをもつ総合私立学校。今回のiPad導入は中学1年生・中等教育学校1年生の生徒500人が対象
<決断した人>山口大輔
技術科教諭
端末管理ソリューションと教育向けアプリを活用し、“文房具”にカスタマイズしたiPadの大量一括導入を実現
<課題>500台のiPadについて教育目的以外の機能を制限し、授業で必要なアプリを一括導入する必要があった。端末数は今後毎年同規模で増やしていく予定
<対策>アイキューブドシステムズのモバイル端末管理ソリューション「CLOMO MDM」を導入し、無線LAN経由での端末管理、アプリのプッシュ配信を実現した
<効果>アプリ導入の省力化と、機能制限の確実な適用が可能となった。貸与された情報端末をどのように使うべきか、生徒に対しての教育効果も得られた
<今回の事例から学ぶポイント>どのようなICT教育を行うかを明確化し、教育目的達成のためのポリシーをどう適用すべきかについて、十分な検討が必要。機能の制限を通じて「何をしていいのか」を学ばせることもできる
新中学生の全員にiPadを貸与
文部科学省が2011年に打ち出した「教育の情報化ビジョン」では、2020年までに全国すべての学校で「子どもたちに一人1台の情報端末環境」を整備することを目標としている。横浜市の私立学校・桐蔭学園でも、文科省のビジョンを受けて、2015年度から中学1年生および中等教育学校1年生の新入生全500人に対して、iPadの貸与を開始した(今年度はiPad Air 2 64GB・Wi-Fiモデル)。
桐蔭学園中学校男子部で技術科を教える山口大輔教諭によれば、機種の選定にあたっては、バッテリ駆動時間と使い勝手のよさが決め手となり、iPadに決定したという。「午前8時から午後3時まで、充電なしで動作することは最優先事項だった。また、学校側で操作方法を指導する必要性が少なくて、直感的に使える端末を選びたいと考えていた」(山口教諭)。
ソフトウェアはiPadの標準アプリに加え、Googleのクラウドアプリケーション、そして教育現場では定番となっているアプリの「ロイロノート・スクール」などを導入した。ロイロノートは、教材配布、発表、質問などの機能を搭載するタブレット端末用授業支援アプリで、クラス全員の解答や意見を一覧で見せたり、調査学習で生徒が調べたことをグループで共有したりといった授業スタイルを容易に実現できる。
桐蔭学園では、教科を問わずiPadを活用しており、例えば理科では顕微鏡での生物観察のレポートを共有したり、社会科では時事の話題に対して考え方を問いかけたりと、さまざまな使い方を試行している。まだ導入から間もないが、山口教諭は「生徒の知的好奇心をかきたてるという意味では成果を上げている」と話し、一定の効果を実感しているようだ。
MDMでアプリを一括配信
教育現場への情報機器導入で問題となるのが、教職員の本務でない運用・管理の手間をいかに削減するか、また、ゲームなど目的外の使い方や有害情報をいかにブロックするかという点だ。今回、桐蔭学園では、アイキューブドシステムズのMDMソリューション「CLOMO MDM」と、デジタルアーツのフィルタリングソフト「i-FILTER ブラウザー&クラウド」を導入し、これらの問題に対処した。
MDMは各社からさまざまな製品が提案されているが、導入時点では「アプリのサイレントインストールに対応していたのはCLOMO MDMだけだった」(山口教諭)といい、この点が選定の決め手になった。授業で使用するアプリのライセンスは、アップルが法人向けに提供している「Volume Purchase Program」を利用して一括購入しているが、CLOMO MDMを利用すれば、生徒のiPadに触れることなく管理者側の操作でアプリの配布/回収を行えるので、学期や学年の変わり目で教職員が教材の入れ替え作業に追われるといった心配がない。
また、ウェブサイトのフィルタリングはネットワーク側で行うというやり方も考えられるが、今回は端末を自宅に持ち帰って学習に活用することを当初から想定していたため、フィルタリング機能をもったブラウザアプリとして提供されるi-FILTER ブラウザー&クラウドを採用した。
ICT利用でわきまえるべきルール
情報機器の操作を習熟するのは、大人より子どもたちのほうが早い。導入1か月足らずのうちに、iPadの設定画面に管理項目を発見し、機能制限を解除すべく管理プロファイルの削除を試みる生徒が現れた。削除操作自体を制限することも可能だが、今回はあえてそのような設定にはせず、生徒にはルールとして「勝手に設定情報を削除してはいけない」と伝えていた。
では、管理プロファイルの削除を強行するとどうなるか。実は、直ちに端末内の全情報が削除され、教員に連絡が行く仕組みになっている。山口教諭は「iPadは遊び道具として与えたのではなく、あくまで文房具として貸与したもの。削除のボタンを残しておくことで、なぜ(規則で禁止された操作を)やってはいけないかを教育する機会がつくれる」と話し、勉強のための道具であることを生徒に理解してほしいからこのような仕組みにしてあると説明する。
山口教諭は「ゲームなどを楽しむこと自体が悪いわけではない」と前置きしつつ、「ただしそれは自宅の端末ですればいいこと。貸与するiPadはあくまで文房具」と強調する。
アルバイト中の悪ふざけをネットに投稿して“炎上”騒ぎを引き起こす若者が絶えないが、「時と場所をわきまえられない」ことがその原因の一つになっている。桐蔭学園の生徒たちは、情報機器の使いこなし方と同時に、テクノロジーの利用においてもわきまえるべきルールやマナーがあることを学んでいくに違いない。(日高彰)