今や医療の現場でも、インターネットを利用できる環境は不可欠になっている。一方で、電子カルテなどのデータはセンシティブな個人情報であり、高いセキュリティ性能が求められる。ITの利便性と情報漏えいに対する安全性・堅牢性を同時に実現するシステムの構築が、現代の医療機関に課せられた重要なテーマといえよう。京都大学医学部附属病院(京大病院)は、意識的に先進的なITの活用を進め、医療の現場を変えていこうとしている。
【今回の事例内容】
<導入機関>京都大学医学部付属病院1899年設立。積極的なIT活用が目立つ。1日の外来患者数は約3000人。
<決断した人>京都大学医学部付属病院
教授 医療情報企画部長 病院長補佐
黒田知宏 氏
京大病院の情報システム業務を統括する
<課題>VDIを導入していたが、ウェブサイトの情報を診察室で印刷するための最適なソリューションがみつからなかった
<対策>クラウドサービスを活用し、VDIから独立した印刷専用経路を設けた
<効果>「あたりまえのことがあたりまえに」できるようになり、診察業務がスムーズに
<今回の事例から学ぶポイント>進取の気風があるユーザーには、ベンダー側が課題を踏まえた文字通りの「ソリューション」を提案することで、新しい技術をコンペなしで採用してもらえる可能性がある。
診察室でウェブ閲覧・印刷は必須
先進的なIT活用に積極的な京大病院は、電子カルテを2005年に導入している。ただし、近年は課題も顕在化していた。京大病院の情報システム部門を統括する黒田知宏教授(医療情報企画部長・病院長補佐)は、「ほとんどの電子カルテは、インターネットから切り離されて存在する。ところが、診察室のなかでは、患者さんからネットでこんな情報があった、テレビでこんなことをいっていたという相談を受けるケースも非常に多くなっている。学会が患者さん向けの説明資料や診療のガイドラインを、ウェブ上で発信していることもあり、ウェブサイトが閲覧できない環境では診療が進まないという現状になっている」と話す。そこで同病院は、VDIを導入することでこのニーズに対応した。電子カルテは、院内の電子カルテ用サーバーからデータをクライアント端末に転送し、ウェブへの接続に関しては、ファイアウォールで外部ネットワークからも内部ネットワークからも隔離されたDMZに外部接続用のVDIサーバーを置き、ここから各端末に画面を転送することにした。
これでウェブサイトの閲覧と電子カルテの利用を1台の端末で行うことが可能になった。しかし、ここで課題として残ったのが、ウェブサイトの画面を印刷できないということだった。黒田教授は、「プリンタはローカルの端末から印刷するようにできているが、電子カルテ用でもあるローカル端末にウェブ閲覧用サーバーを直接つなぐのは論外だし、VDI経由ではシステムがまわらない。さらに、ウェブ接続用のサーバーはDMZにあるので、ここから星の数ほどあるローカルのプリンタに、ファイアウォールを通過してプリントジョブを送り込む経路を開けるのは、セキュリティホールをたくさんつくることになるので避けたかった」と振り返る。
そのため、ウェブ閲覧用サーバー経由の印刷はできないようにしていたが、現場では、医師が個別に「抜け道」ともいえる対応をしていることも多かったという。自分のパソコンを診察室にもち込み、学内のウェブ閲覧用ネットワークに接続して印刷するなどのケースがあったようだが、「外部接続用と電子カルテ系のネットワークがつながって、スイッチがそれを検知して接続を遮断したという事故もあった。安全ではあるが、アベイラビリティという点では改善を必要とする状況が続いていた」(黒田教授)という。
新技術を積極採用する責任
状況を一変させたのが、13年2月。コニカミノルタのクラウドサービス「INFO-Palette Cloud」との出会いだった。シスコシステムズのイベントで黒田教授が講演した際に、同社のアクセスプラットフォーム「Cisco Edge 300」を活用したパートナーソリューションとして展示されていた技術だ。これを活用し、VDI環境から独立した印刷データだけの専用経路を設ける仕組みを構築した。ウェブ接続用のVDIサーバーから取得した印刷用データは、専用のクラウドサーバーを経由して、内部ネットワーク上に配置したCisco Edge 300が取得し、各プリンタに送る。PCのローカルデータを印刷するのと同じ感覚で、VDI上で閲覧しているウェブサイトの画面をセキュアに印刷できる。
黒田教授は、「求めていたものが突然目の前にポンと出てきた感じだった。導入事例なども本来は精査するべきかもしれないが、似たようなソリューションの存在も知らなかったし、コニカミノルタの担当者が、INFO-Palette Cloudの基礎技術を応用して、われわれの課題を解決するためのソリューションを積極的に提案してくれた。こうした新しい提案には、採用の“優先権”が発生すると考えている」と説明する。ただし、すぐに予算が用意できるわけではなかったため、13年夏頃から、実証実験というかたちで使い始めた。「VDIソリューションから端末と直近プリンタの対応関係情報を集めたりというのは、技術的に問題なくクリアできた。また、プリンタはコニカミノルタ製ではなく他社製を使っていたため、時間をかけて動作検証したが、もともとマルチベンダー対応の技術だったこともあり、これも問題なかった」と、手応えを語る。 14年4月に本格的な運用を開始し、順調に稼働している。黒田教授は、「新しい技術が世に出てきて、それを自分たちが活用できる可能性があるのなら、率先して試して、世の中に成果をみせるのも国立大学の重要な役割。医療制度も、紙の書類を前提としているものがまだまだ多く、ITの進歩と乖離している状況がある。京大病院としては、先進ITの活用を前提とした制度改正への提言も視野に、新しい技術を一つずつパイロット的に試しながら、世の中の変革に貢献していきたい」として、課題に対応したソリューションを積極的に提案してくれるベンダーを歓迎する意向を示している。(本多和幸)