かつては学術機関や大企業のR&D部門だけが扱う技術だったHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)だが、最近ではビッグデータやAI、FinTechの一部などにも応用範囲が広がりつつある。HPC市場で並列計算用コプロセッサ「Xeon Phi」などを提供しているインテルは、HPCシステムのプラットフォーム化を推進することで、拡大するHPC需要に対応するためのエコシステムを構築しようとしている。
米インテルのHPCプラットフォームグループで、マーケティング&インダストリーディベロップメント担当ディレクターを務めるヒューゴ・サレー氏に、同社が提唱する「Scalable System Framework」と、HPCシステムの性能を最大限引き出すためのソフトウェア開発について聞いた。(取材・文/日高 彰)
──一握りの人たちのための技術だったHPCが、多種多様な業界で用いられるようになりつつあるが、どのようなエコシステムが求められているのか。 
米インテル
ヒューゴ・サレー
ディレクター サレー 現在もHPC市場は堅調で、必ず成長を続けると確信している。しかし、HPCがあらゆる分野で使える世界を実現するためには、今あるエコシステムでは不十分で、技術の進化をスピーディに取り入れるとともに、HPCの裾野を広げることが重要だ。今以上にHPCの使い方をシンプルにするため、調達や構築から保守に至るまで、長期にわたり容易に運用可能なシステムにしていく必要がある。その解が「Scalable System Framework」(SSF)だ。
──SSFは、具体的にどのような課題を解決するプラットフォームなのか。 サレー HPC分野では技術革新のスピードが急激に加速しており、システムを構成するコンポーネントが次々と入れ替わっているが、ベンダーがそのスピードに合わせて、実際の製品としてのHPCシステムを構築するのは難しい。また、ソフトウェア開発者にとっても、アプリケーションのアップデートが技術の革新に追いつかなくなってきている。HPCシステムには、最新の技術を取り入れる柔軟性が求められる一方で、長期にわたって使い続けられる一貫性が求められている。このような課題に対してSSFを提供する。
──SSFには含まれる要素にはどのようなものがあるのか。 サレー HPCシステムを構築する主要な要素がパッケージになっており、具体的にはコンピュート(CPUやコプロセッサ)、ファブリック(システム間接続)、ストレージ/メモリ、ソフトウェアが含まれている。オンプレミス、クラウドの両システムに適用可能だ。従来、HPCシステムの構築では、これらの各要素を組み合わせて検証し、性能を最適化するのに多くの労力が費やされていたが、SSFの各コンポーネントを利用することによって、HPCシステムを低コストで提供できるようになる。
──SSFはITベンダーにどのようなメリットをもたらすのか。 サレー SIerの立場でいうと、SSFのリファレンスアーキテクチャを使ってHPCシステムを構築し、すばやく市場に提供することもできるし、さらに顧客のビジネスにフォーカスした付加価値や、自社独自の革新的な要素を加え、競合に対する優位性を高めることもできるようになる。また、ソフトウェアベンダーには、SSF向けの開発を行うことによって、多くのシステムに対して、互換性のある安定したアプリケーションを提供できる環境をもたらすといえるだろう。もちろん、ユーザーはSSFを用いたHPCシステムを利用することで、互換性のある多くのアプリケーションを研究やビジネスに活用できるというメリットがある。
──将来的にSSFをどのように進化・発展させていく計画か。 サレー 現在、「Cluster Ready」と呼ぶクラスタ対応のアーキテクチャを用意しており、HPCクラスタの実現が可能となっているが、今後はカスタムリファレンスアーキテクチャのバリエーションを増やしていく予定だ。カスタムアーキテクチャの充実により、従来の主な市場であったシミュレーションや3Dモデリングばかりではなく、ビッグデータ分析や機械学習などの分野でも、HPC導入のハードルを下げられると考えている。
──SSFの推進に加えて、HPC分野でのインテルの取り組みとしては、ソフトウェア開発における「コード・モダナイゼーション(コードの現代化)」が大きなテーマとなっている。 サレー 現在も学術や工学の分野ではすぐれたソフトウェアが多数存在しているが、最新のアーキテクチャに合わせてそれらのコードをアップデートすることにより、さらに性能を向上させることができるという意味を込めて、モダナイゼーションというメッセージを発信している。
例えば、「Xeon Phi」を搭載したシステムにおいて、シングルコアしか使わず、ベクトル化もせずに処理をさせたら、本来備えているパワーの1/500しか使えないことになる。メニーコア、ベクトル化、より高速なメモリを活用できるような計算をさせることが、モダナイゼーションで重要な部分になる。またSSFでは、ファイルシステムも並列化されているし、低遅延・広帯域のI/O、新開発の「3D XPoint」メモリなどが含まれており、これら各技術がシステムレベルで性能を改善させる。最大限の性能向上を図るには、これらをフルに活用していくことが欠かせない。
──モダナイゼーションを実現するためのツールとして「Parallel Studio XE」を提供しているが、開発者にどのような利便性をもたらすのか。 サレー 高度なツールなしにコード・モダナイゼーションを行おうとすると大変な作業になるが、Parallel Studio XEでは、コードに対して変更を加えた際、それが正しい変更であるのかを判定し、実際に性能が改善できているかを分析する機能が含まれている。また、改善ができない場合はなぜなのか、さらにモダナイゼーションを進めるためには何をすべきかといった推奨事項を出してくれるので、開発者の労力を引き下げることができる。
当社の役割は、HPCシステムに含まれる複雑性を解消することだ。それによって、SIerやソフトウェア開発者が、より価値の高いイノベーションの部分に集中できる環境を提供したいと考えている。