ソフトバンクとアリババグループの合弁会社として、SBクラウド(エリック・ガン代表取締役兼CEO=ソフトバンク専務取締役)が発足した。同社は、今年10月末をめどに、クラウドサービス「阿里雲(Alibaba Cloud)」の日本市場における提供を開始する方針だ。第一弾では、日中間でビジネスを展開する企業を主要ターゲットに想定。販売戦略についてガン代表取締役兼CEOは、「シンプル・セキュア・サポートの三つをセールスポイントとする」と構想を話す。中国最大のクラウドサービスは、日本のクラウド市場の勢力図を変えるか。(上海支局 真鍋 武)
中国で先駆者も日本では後発

エリック・ガン
代表取締役兼CEO SBクラウドは、ソフトバンクが60%、アリババグループが40%出資するパブリッククラウド事業の合弁会社として5月10日に発足。Alibaba Cloudの日本進出にあたって、現地市場に精通するパートナーを求めていたアリババグループと、パブリッククラウドの経験・ノウハウを吸収したいソフトバンクとの思惑が合致し、合弁事業化された形だ。Alibaba Cloudは、2015年度(16年3月期)売上高が前年度比138%増の30億1900万元、今年1~3月の売上成長率は前年同期比175%増と急速に成長している中国最大のクラウドサービスだ。ガン代表取締役兼CEOは、「日本のクラウド市場はどんどん伸びている」と、開拓余地が大きいことに期待感を示す。調査会社のMM総研は、19年の国内クラウド市場規模を14年比2.7倍の2兆679億円と予測している。
ただし、中国で圧倒的な存在感を誇るトップベンダーのAlibaba Cloudといえど、日本で覇権を握ることは容易でない。中国と日本とでは、クラウド市場の様相が異なるからだ。国内クラウド市場は、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなど、市場を先導するベンダーがすでにある程度確立されている状況だ。Alibaba Cloudは、競合に知名度で劣る後発企業としてスタートせざるを得ない。
中国市場では、地の利のある現地企業とあって、急速に成長することができた。Alibaba Cloudがサービスを開始したのが09年なのに対し、グローバル大手のAWSやAzureが中国でサービスインしたのは14年のこと。日本市場と立場は逆で、Alibaba Cloudは市場先駆者の位置づけだ。中国で商用のクラウドサービスを提供するには、外資ベンダーが事実上、単独で取得することができないICP(Internet Content Provider)ライセンスが求められることもあり、地場ベンダーは競争優位に立ちやすい。また、政府との連携も容易だ。ただし、日本市場では、こうした地の利は働かない。サービスの機能や品質での勝負を迫られることになる。
低価格では勝負せず
SBクラウドは、すでに日本国内のDCを選定済みで、現在は日本で提供するAlibaba Cloudのサービス内容の策定や、日本語化などのローカライズを進めている。販売対象は業種・業態を問わないが、初期段階では中国最大のクラウドである優位性を生かし、日本に進出する中国企業と、中国に進出する日本企業を主要ターゲットに開拓する方針だ。Alibaba Cloudは、16年3月末時点で230万ユーザーを抱え、アリババグループのECプラットフォームである淘宝(Taobao)や天猫(Tmall)の顧客データ分析などの機能を豊富に有する。例えば、自社製品の拡販を目的に中国に進出したいが、現地のサーバー運用や顧客管理など、IT事情に詳しくないといったユーザーに対して提案していく。SBクラウドが主体的に営業し、ソフトバンクグループが抱える法人営業部隊の活用も検討する。
セールスポイントについては、中国製のクラウドといえど、低価格を訴求することはしない。ガン代表取締役兼CEOは、「日本のお客様には、ただ価格が安いだけでは売れない。安心感とサポート体制が重要だ」との見解を示す。国内クラウド市場では、トップシェアのAWSを始め、大きな値下げ発表をするベンダーが少なくなっており、価格競争は落ち着いてきている。また、ソフトバンクグループでは、ヤフー傘下のIDCフロンティアが「IDCFクラウド」として月額500円からのワンコインクラウドを提供しているが、「売れてはいるものの、マーケットシェアはそれほどとれていない」(同)状況にある。
ポイントはシンプル・セキュア・サポート
そこでAlibaba Cloudでは、シンプル・セキュア・サポートを強みに打ち出す方針だ。「日本市場で他社が提供しているクラウドは、サービスや価格体系が複雑なものが多い」(同)とみて、シンプルでわかりやすいサービス・価格体系を設定する。また、ユーザーのセキュリティ面における不安を考慮し、顧客情報は中国には送らず、日本国内に留める。サポート面においても、一次サポートは日本で賄い、2次・3次サポートも中国ではなく、シンガポールで運用するという。
一方、日本市場におけるパートナー開拓はまだ始めておらず、「商品が完成次第、SIerなどに声をかけていく」(同)という。クラウドビジネスでは、ソリューション開発などのパートナーを巻き込み、お互いが収益を出せるエコシステムをいかに構築していくかがカギとなる。
Alibaba Cloudは、中国では14年に「雲合計画」を開始し、資金援助などの手厚いパートナー支援プログラムの提供などを通じて、1万社超のパートナー開拓を進めている。毎年秋に杭州で開催しているパートナー大会では、09年には400人だった参加者数が、15年には約2万人に拡大した。日本市場でも、エコシステムは不可欠な要素となるが、これは一朝一夕で出来上がるものではなく、相当の時間がかかる。そういう意味では、サービス開始時点でAlibaba Cloudが市場に与える影響は限定的だろう。潜在力は未知数だが、日本市場でのビジネスを軌道に乗せるには、まだ多くの時間を要することになりそうだ。ガン代表取締役兼CEOは、「シンプル・セキュア・サポートの“3S”でパフォーマンスの向上に一生懸命に取り組む。期待して欲しい」と話した。