【香港発】中国IT大手の神州数碼控股(デジタルチャイナホールディングス、郭為・主席兼執行董事)は今年3月9日、大規模な事業再編を実施した。総売上高の約8割を占めるディストリビューション事業子会社を、深・証券取引所に上場する地場IT企業の深・市深信泰豊(集団)に売却したのだ。その後、デジタルチャイナホールディングスは、上場する香港証券取引所での銘柄名を「神州数碼」から「神州控股」に変更。一方、売却されたディストリビューション事業子会社は深信泰豊と一体化し、同社が4月25日に「神州数碼集団(デジタルチャイナグループ)」へと社名変更したことで、深・A株の上場企業(銘柄名「神州数碼」)として再出発を果たした。事業再編の狙いは何だったのか。香港本社をたずね、戦略分析部の王菁卉・投資者関係助理経理に話を聞いた。
Company DATA 2000年、聯想集団(レノボ)からの分離独立によって設立。01年、香港証券取引所に上場。投資持株会社として、傘下の事業会社を通してディストリビューション事業やSI・ITサービス事業、サプライチェーンサービス事業などを展開してきた。近年は、スマートシティ分野など、クラウド・ビッグデータを活用したインターネット関連サービス事業に注力。16年3月、屋台骨のディストリビューション事業子会社を売却した。2015年度業績(ディストリビューション事業除く)は、売上高が前年度比12.5%減の106億3100万香港ドル、純利益が同5.6%減の6億6200万香港ドル。
伝統ビジネスは先行き不透明
──日本で「デジタルチャイナ(神州数碼)」といえば、中国最大のディストリビューション事業者という印象が強いです。しかし、このたびホールディングスは、そのディストリビューション事業を売却しました。どのような背景があったのでしょうか。 
戦略分析部
投資者関係助理経理
王菁卉 王 実は、かなり前から売却は検討していました。理由は、将来を楽観視できないからです。オフラインのディストリビューション事業は、ECなどのオンラインとの競争にさらされています。さらに法人向け事業では、IBMやシスコシステムズなどの製品を中国本土で販売しようとしても、政府による国産IT製品の導入推進という政策によって、販売しづらい一面がありました。
また、ホールディングスの香港市場での株価収益率(PER)は、投資家から高く評価されている状況ではありませんでした。いくらディストリビューション事業のモデルシフトを追求しても、投資家の心には響いてはいなかったのです。
伝統事業と、クラウドやビッグデータなど、インターネット関連の新たな事業との親和性が高くないという事情もありました。このことは、粗利率からも明らかです。ディストリビューション事業は5%程度の粗利率でしたが、ITサービスを展開する主要事業会社の神州数碼信息服務(DC-ITS)のそれは約20%で、新規事業群の粗利益は57%、サプライチェーン事業は17%です。こうした背景から、売却を決断しました。
──売却先の選定や実際の取引はスムーズに進行したのでしょうか。 王 売却には時間がかかりました。最初は、上場しているかどうかは棚に上げて、買収してくれる企業を探していました。大手EC事業者の京東(JD)は、検討先の1社です。しかし、買収には多くの資金が必要ですから、実際には簡単にはいきませんでした。最終的に上手くいったのは、深・A株市場に上場し、資金調達の手段をもっている深・市深信泰豊(集団)となりました。
約40億元で売却しましたが、その年のホールディングスの企業価値は約80億元で、ディストリビューション事業子会社の企業価値はその50%程度でしたので、妥当な売却金額だったといえます。
実態は分社化
──ディストリビューション事業を切り離すにあたって、売却という手段を選んだのはどうしてなのでしょうか。経営陣買収(MBO)など別の手段もあったのでは。 王 深信泰豊に買収されれば、ディストリビューション事業は100%中国資本のローカル企業となり、(外国資本が入っていると中国本土ではやりにくい)敏感な分野に参入することができます。同時に、深信泰豊は深・A株の上場企業ですから、ディストリビューション事業に注入できる資金が潤沢になることを意味します。
また、今回の売却には、実はMBOの意味合いも含まれています。深信泰豊は、買収にあたって新株を発行しましたが、この大部分を購入したのは、デジタルチャイナホールディングスの首席兼執行董事である郭為氏と、親会社の1社である中信建設基金管理です。
郭氏はこれによって、深信泰豊の株式約23%を保有する筆頭株主となりました。このことには、二つの意味があります。一つは、事業の引き継ぎを円滑にすること。経営陣がすべて一度に離れてしまえば、買収後にディストリビューション事業をうまく引き継ぐことはできませんから。そしてもう一つは、これまで蓄積した「神州数・(デジタルチャイナ)」のブランド価値を大切にすることです。このブランド名は伝統事業の印象が強いことから、売却先に使ってもらうことにしたのです。
──こうして神州数碼控股(デジタルチャイナホールディングス)と神州数碼集団(デジタルチャイナグループ)という二つの“デジタルチャイナ”が誕生したのですね。 王 混乱させてしまうことは申し訳ないと思っています。今後は伝統事業が「グループ」、新規事業は「ホールディングス」となります。ただ、外国の投資家が「デジタルチャイナ」と表現するときには、ホールディングスを指していることの方が多いですね。なぜなら、投資家は伝統事業に対する投資にあまり興味がないですから。彼らの関心の中心は、新しい事業を手がけるホールディングスにあります。
また、当社はそれほど「デジタルチャイナ」というブランド名にはこだわっていません。ホールディングスが抱える事業子会社は、それぞれ金融、サプライチェーンなどの領域でブランド力をもっています。「デジタルチャイナ」のブランドではなく、提供するサービスとその品質によって、市場の評価は下されると考えています。
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市場の反応は上々
──事業再編後も、ホールディングスの首席兼執行董事は郭氏で、グループの筆頭株主も郭氏です。両社の間には、現在もビジネス上での関わりがあるのでしょうか。 王 基本的には、ビジネスでの関わりはありません。売却にあたっては、ディストリビューション事業のなかに組み込まれていたサプライチェーンなどの業務を取り出してホールディングに移管するなどの整理を行いました。また郭氏は、自らグループを経営するのではなく、売却先に経営の実権を譲っています。
むしろ、ホールディングスはDC-ITSとの連携が密接です。株式42%を保有していますし、同社の代表も同じく郭氏が務めています。
──今回の事業再編について、市場からは好意的に受け止められているのでしょうか。 王 昨年8月に売却を決定しましたが、これには株主の97%程度の賛同を得ています。今年3月に売却が完了し、4月には1株あたり3.2香港ドルで、売却益の75%を株主に分配しました。残りの25%は、合弁などの新たな投資に使用する予定です。
また、株価全体が大きく変動していますので、以前と単純比較はできませんが、PERもよくなってきています。売却以前のPERは10倍程度でしたが、売却後は約30倍になりました。ただし、PERの推移は、ある程度の時間をみてから判断しないといけませんし、香港市場ですので、簡単にPERが40~50倍になる本土のA株市場とも同一視できません。香港市場では、このような高い株価収益率のIT企業は騰訊(テンセント)くらいしかありませんから。
新規投資を強化
──今後、ホールディングスはどのように発展していくのでしょうか。 王 ビッグデータ・クラウド・モバイルの3分野に集中して、インターネットサービス企業としての事業拡大を図ります。クラウド分野では、PaaS領域に集中的にリソースを投じる予定です。とくに、今後はDC-ITSとの連携を強化したいですね。同社は法人ITビジネスに特化していて、金融、政府、通信や国防などの分野に強みをもっています。
──もう少し詳しく教えてください。 王 ホールディングスは近年、金融、スマートシティ、農業などの分野で、こうした新規事業の拡大に力を注いできました。DC-ITSは、中国国内の各業種に対してITサービス事業を展開していて、どの分野においてもトップ3に入るベンダーに成長しています。とくに、金融機関向けには、ユーザーのニーズに応じたプライベートクラウド構築を得意としていて、国内ではリーディングカンパニーの地位を確立しています。
スマートシティ分野では、すでに約50の地方都市と契約を交わしました。参入当初は、プロジェクトごとに契約を結ぶ形式で事業を展開していましたが、15年からは新たに独自のクラウドプラットフォームを活用したビジネスを始めました。地方政府との交渉段階から、交通・医療・社会保険、ビザ申請、水道電気料金の管理といった100種類以上の公共サービスを含むプラットフォームを提案して、幅広いビジネスを手がけています。実際に約20都市でこのプラットフォームが稼働していて、このなかには成都や重慶、北京、上海の自由貿易試験区などの大都市も含まれます。スマートシティプロジェクトでは、政府からのサービス料金もいただいていますが、これは当社の本来の狙いではありません。当社のプラットフォームを通じてデータを収集し、これを活用したビッグデータサービスにつなげることが真の狙いです。
また、インターネット農業にも参入しています。14年には、農業ITビジネスの先駆者である中農信達や旗碩科技を買収しました。複雑化している全国の農地所有権管理システムやオンライン取引プラットフォームの構築を進めています。
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──新たなスタートを切った16年は、どの分野に力を注ぎますか。 王 16年は、とくにインターネット・ヘルスケアとインターネット製造への投資を拡大する方針です。製造では、瀋陽の工作機器メーカーとの合弁事業を推進します。ヘルスケア分野は、今秋に大きな発表を予定しています。医療機関のビッグデータ活用に関わる事業です。このほかにも、新たな事業での提携や買収を進めていきます。
──ありがとうございました。