温暖化による海洋環境の変化、担い手不足など、日本の水産業を取り巻く状況は厳しさを増している。水産業を持続可能なかたちで続けていくことを目指し、漁業者の仕事内容をシステムに記録することで技術の伝承を支援したり、海で魚を捕るのではなく陸上で養殖することで安定的な漁獲を目指したりと、テクノロジーによる水産DXを支援する3社の取り組みを紹介する。
(取材・文/堀 茜)
NTTアグリテクノロジー
陸上養殖を一気通貫で水の交換不要で環境負荷も軽減
NTT東日本とグループ会社のNTTアグリテクノロジーは、魚の陸上養殖事業の展開に注力している。きっかけは、東日本大震災の被災地である福島県の地場スーパーから相談を受けたことだった。震災時に起きた原発事故の影響で、風評被害に苦しむ地元の水産業を何とかしたいと考えていた。福島の水産物の安全性をPRしたいとの思いに応えるため、陸上養殖の技術を持つ岡山理科大学も加わり、2021年からベニザケの陸上養殖事業に取り組んだ。
陸上養殖は、川や海からポンプで水を汲み上げる「かけ流し式」が主流だが、餌などで汚れた水を排水するため、環境への負荷が課題だった。そこで「完全閉鎖循環式」を採用した。水道水を飼育する魚に適した成分に調整した「好適環境水」を使用。飼育で汚れた水はバクテリアの力で浄化、再利用することで水の入れ替えが不要で、どこでも安全・安心に計画的な生産を可能とした。また、水質データなどを収集しクラウドで一元管理することで、遠方にいる大学の専門家からアドバイスを受けられる環境を構築した。
福島県でのベニザケ養殖が一定程度成功したことを受け、他地域での展開も推進。養殖に必要なプラントなどのハードウェア面に加え、データ収集のためのICT機器、専門家による遠隔指導までトータルでそろえ、自治体や漁業協同組合などに向けて提供している。NTTアグリテクノロジーがトマトやレタスを栽培するためのハウスエンジニアリングを手掛けていたため、水産業でも持っていたアセットを生かすという意味で同社が担当しているという。
NTT東日本
越智鉄美 課長
NTT東日本ビジネス開発本部営業推進戦略部の越智鉄美・営業戦略推進担当課長は、日本の水産業は、7割が海で捕獲する天然漁業、残りの3割ほどが海面養殖だと説明。漁業の担い手が不足し、水産資源の減少で日本近海での漁獲量が減る傾向にあることに加え、温暖化で海洋環境が大きく変わる中、海面養殖も難しくなっていくと指摘し「陸上養殖は市場の中でまだ無いに等しいが、陸上養殖の割合が増えていかないと、日本の水産業が立ち行かなくなる」と警鐘を鳴らす。
陸上養殖によって、地域産業の活性化にもつなげたいとする。海で魚が捕れなくなると、漁業を主要産業にしているエリアでは自治体にも大きな影響が出てしまうことが予想される。「地域を支えるインフラ企業として、水産業においても未来に長く続くための技術提供が当社に求められる役割だ」(越智課長)との思いがある。
地域活性化の事例として、宮崎県都農町の取り組みがある。同町は漁業が主要産業だが、漁獲量の減少と漁師の高齢化という課題に直面し、現状のままでは近い将来、漁協を解散しなければならなくなるとの危機感を持っていた。22年から町が主導するかたちでNTT東との協業で陸上養殖にチャレンジし、タマカイとクエタマ(クエとタマカイの交雑種)という2種の陸上養殖に成功した。また、NTT東は25年、東京都と協定を締結。奥多摩地域でアユなどの川魚を陸上養殖するプロジェクトを進めている。気温上昇で通常の養殖が難しくなってきていることを受け、もともとある養殖産業をテクノロジーによって高度化し、産業の活性化を目指す。
NTTアグリテクノロジーの陸上養殖ソリューションには多くの問い合わせがあり、前出の自治体や漁協だけでなく、化学メーカーや製造業、物流事業者など、養殖業への新規参入を目指す民間企業が興味を示しているケースが多いという。越智課長は「プラントを設置できる場所と水と電気があれば、どんな場所でも陸上養殖はできる。養殖技術のアドバイスまで一貫して提供できるのが強みになる」とPRし、「陸上養殖はまだまだ市場が確立していないが、全国に大規模なプラントなどを展開していくことで、国産の魚を安定供給し、市場をつくっていきたい」と展望している。
日本事務器
勘や経験をアプリで記録 漁や加工の効率化にデータを活用
日本事務器は、漁業者が日々の操業を記録できるアプリケーション「MarineManager +reC.(マリンマネージャープラスレック)」を22年から提供している。個人の勘や経験をデータ化することで技術の伝承につなげたり、データ共有で収穫後の加工作業の効率化などに活用されている。
同社と水産業の関わりは歴史が長い。50年ほど前、当時の北海道支社が道内の漁協に事務機器を納入し始めた。国内でオフィスコンピューターが普及するのに伴って、漁協の職員が使う事務システムで同社のシェアが拡大し、道内1位となったという。長年水産業向けシステムを提供してきたノウハウを生かし、水産庁の委託事業として漁船登録の管理システムなども手掛けてきた。
日本事務器
増元理名 マーケッター
その後、19年に水産庁のスマート水産業事業に参画。同事業が実施された全国5カ所のうち2カ所で先進的な水産業の実証実験にチャレンジした。会社として新サービスの創出を推進していたこともあり、水産業のDXにつながるソリューションの開発に取り組んだ。事業戦略本部バーチカルソリューション企画部水産関連事業担当の増元理名・マーケッターは開発にあたり、現場の漁業者と多くやり取りして抱える課題を分析。多くの漁業現場では長年培われた勘や経験が重要な役割を果たしている一方、外部環境が目まぐるしく変化する中で、これまでの勘と経験が通用しなくなっているという声が多かったという。「皆さんノートやカレンダーに記録していて、次の世代に継承するのが難しい状態だった」と振り返る。
同社では、環境変化に対応するためにITソリューションを何か使えないかと模索する動きは水産業全体に広がっているとみており、ニーズに応える製品を提供している。マリンマネージャープラスレックは、人にしか担えない勘と経験を未来につなげ、持続的な水産業の実現を目指すというコンセプトのソリューションだ。「人の判断を中心に据え、デジタルはそれを支える存在」(増元マーケッター)として開発した。
スマートフォンのアプリから漁師が作業内容やそれぞれの気づき、漁獲量などを入力。そのデータを漁協全体で共有する。操業している漁船が海上でどれくらい水揚げがあるかという見通しの量を、一つの網を引き揚げる度に入力すると、港側ではシステムが操業地点ごとの漁獲量をリアルタイムに近い状態でグラフ化。水揚げ後の加工工場の人的配置など、作業を事前に効率化する見通しを立てることができるという。
入力項目は、海での操業や養殖など、顧客によって必要に応じて調整して提供している。タップ数を極力減らしたり、ボタンサイズも仕事中に入力しやすいものにしたりと、幅広い世代が使いやすいUIにした。増元マーケッターは「今まで感覚的にやっていた作業や、例年と同じスケジュールでやろうとしていた作業をアプリに入力し、目に見えるかたちで共有することで、技術が標準化できる。『ほかの人のやり方のほうが良さそうだ』などの気づきにもつながる」と意義を説明する。
利用は漁業組合や企業単位で、基本料金をベースにデータ利活用などのオプションを組み合わせて提供している。何を残して何を生かしていくかという会話の中から利用を検討するケースが多く、入力項目だけでなく運用面もカスタマイズで対応。サービス内容は現場での実証や対話を重ねながら継続的に進化している。
利用は、もともとつながりが深かった北海道の漁協などが多いが、全国で広がりを見せつつあるという。増元マーケッターは「一つの場所で深く使われることを重視している。導入事例にホタテ養殖の事業をやっている漁協があるが、同一の業種で得た学びを面で広げていきたい」と話している。
オーシーシー
海ブドウの陸上養殖を支援 欧州で展開し高付加価値
地域の特産品を世界へ――。沖縄県のSIerであるオーシーシーは、南西諸島周辺の特産物である海ブドウの陸上養殖にICTソリューションを活用し、それを欧州の事業者にも展開。海ブドウを高単価で販売することで、地場産業の発展に貢献している。
海ブドウの陸上養殖に取り組むきっかけは17年。沖縄県糸満市が、漁業が衰退している現状を何とかするため、取り組みを模索していたことだった。魚の養殖を行おうとしたが、担い手がいなく断念。市内に海ブドウをつくっていた会社が4社あったため、陸上養殖の構想が持ち上がり、海ブドウの養殖ノウハウを持っていた琉球大学と連携した。そのプロジェクトを取りまとめてほしいという要望がオーシーシーに寄せられた。
海ブドウは海水が15度以下だと成長せず、30度を超えると溶けてしまうため、時期によっては海で栽培できないという課題があった。これを解決するため、陸上に設置したコンテナの中での栽培を選択。オーシーシーは、水温、水質、肥料や二酸化炭素量を管理するIoT機器と、制御ソフトウェアを提供している。海水に含まれる二酸化炭素量を多く設定すると、海で栽培するのと比較し1.5倍の量が収穫できるなど成果が上がった。
スペイン・ガリシア地方の海ブドウ陸上養殖施設の前に立つ
オーシーシーの屋比久友秀社長(左)ら
同社では、より付加価値をつけて販売できないかと、仏パリの食品市場向けに海ブドウを売り込んだところ、現地の三ツ星レストランなどから「グリーンキャビア」として大きな反響があったという。日本での流通価格の数倍でも買いたいという声が多く寄せられ、屋比久友秀社長は「海藻を欧州でも食べると分かり、ビジネスとして可能性を感じた」と振り返る。
25年5月にはスペインの企業と協業し、現地にコンテナ型の海ブドウ養殖施設を設置した。「現地でつくって販売することで、一定量を安定的に供給でき、付加価値をつけて海ブドウを広めることができる」(屋比久社長)と手応えを感じている。