国内クラウドベンダーがこぞってPaaS/SaaS領域のサービスを拡充している。PaaS/SaaSは、ミドルウェアやアプリケーションをクラウド上で提供するサービスであり、クラウドベンダーが提供するIaaS基盤上で動作する。国内クラウドの立ち上げ時期は、主にサーバーやストレージのIaaS領域での競争が中心であったが、よりユーザーの利用シーンに合ったミドルウェアやアプリケーションをPaaS/SaaS化することで差異化を図る動きが顕在化している。この背景には、IaaSだけでは差異化が難しくなっている事情がうかがえる。国内クラウドベンダーの取り組みを検証する。(安藤章司)
DCで待っていても客は来ない
クラウドサービスは、サーバーやストレージといった基盤系の「IaaS」、運用自動化やデータベース、開発環境などのミドルウェア系の「PaaS」、アプリケーションの「SaaS」の三つの領域に大きく分けることができる(図1参照)。

いま注目されているIoT/ビッグデータ分析、AI(人工知能)系の機能は、ベンダーによってPaaSに振り分けたり、SaaSとして提供していたりとバラツキがあり明確な区別は難しい。ただ、総じて従来のIaaS中心のサービスラインアップからPaaS/SaaS領域のサービス群を拡充するための機能として取り組む動きにあることは確かなようだ。
アマゾン「AWS」やマイクロソフト「Azure」など世界大手が競争力ある価格帯でサービスを展開するなか、国内クラウドベンダーでは「データセンター(DC)のなかで待っていても客は来ない」(クラウドベンダー幹部)との危機感が高まっている。世界のメジャーサービスとの比較のなかで、顧客に国内ベンダーを選ぶ「きっかけ」や「動機」を与えないと、忘れ去られかねないというわけだ。現状では、IaaSの基盤部分だけで差異化することは困難である。PaaS/SaaS領域で顧客の売り上げや利益に直接的に貢献するサービスを拡充することで「選んでもらえるよう」働きかけるという傾向が強まっている。
そこで、国内クラウドベンダーが着目するのが、クラウドを活用して顧客のビジネスを変革する領域――流行りの言葉でいえば「デジタルトランスフォーメーション」だ。これを実践するためのクラウドサービスに重点を置くことで、顧客の心を鷲づかみにすることを目指す。デジタルトランスフォーメーションのための“三種の神器”として挙げられるのがIoTとビッグデータ分析、AIで、自社のクラウド(IaaS)上で動くPaaS/SaaS群として機能を拡充する動きが目立っている。
なかでも、そうした動きを加速させているのが、IDCフロンティアとGMOクラウド、インターネットイニシアティブ(IIJ)、ニフティ、さくらインターネットの国内主要5社である。
IDCフロンティア 主従逆転、データ中心主義へ
国内有数のデータセンター(DC)設備を有するIDCフロンティアは、実は最もラジカルに脱IaaSを推し進めているベンダーの1社だ。強大なDC設備を保有するにもかかわらず、経営トップ自ら「単なるサーバーの貸し出しや運用する場所にとどまっていては、将来はない」(石田誠司社長)と断言。IDCフロンティア独自の「データ集積地構想」を打ち出し、データの流れを見極め、その流れが自社のクラウドへ向かうよう戦略的に経営の舵を切る。

IDCフロンティア
梶本 聡
グループリーダー つまり、データセンターの文字通り「データ」をビジネスの中心に据えて、サーバーやストレージ、ネットワークは、そのデータを処理したり分析したりするツールとして位置づける。主従関係の「主」がデータで、「従」がサーバーやストレージ。決してその逆ではない。
同社では、これから拡大が見込まれるデータの発生源は、IoT領域だとみている。「IoT」と「クラウド(Cloud)」、「データセンター(DC)」の頭文字をとって「I.C.D.C」を標榜し、「データの流れの中心的存在」(梶本聡・サービス企画グループリーダー)になることが、今後、勝ち残っていくカギになると話す。

IDCフロンティア
大屋 誠
室長 従来の販売管理や財務会計といった基幹業務システムとは系統が異なることもあり、IDCフロンティアとしては初めての産学連携プロジェクトとして、今年6月に九州工業大学と包括的な協力協定を結んだ。まずは、IoTやAI、ロボティクスを活用して、高齢者の自立支援や介護従事者などの負担軽減をテーマに実証実験を進めている。
大屋誠・技術開発本部R&D室室長は「クラウドは、IoTの端末やセンサ、AI、ロボティクスまで含めて捉えていく必要がある」と、フィールドワークも含めてデータを中心に位置づけたクラウドビジネスを再構築していく(図2参照)。

GMOクラウド 「SaaS」起点でサービスを連携
GMOクラウドも、クラウド事業を大きく転換させようとしている。同社はパブリッククラウドで“あると助かる”「ALTUS(アルタス)」のほかに、プライベートクラウド、レンタル(共用)サーバー、専用サーバー、VPS(仮想専用サーバー)、OEMなど複数のサービスを手がけている。
だが、直近ではクラウド以外の商材が伸び悩む傾向が見受けられる。共用/専用、VPSはそれぞれの用途があり、「クラウドも含めてすべての用途をカバーしているのが当社の強み」(西木有理・パートナービジネス推進グループチーフ)となっている。
同社では、自社のIaaSや共用/専用サーバー、VPSなどで共通的に使えるアプリケーションをSaaS方式で提供する「SaaStart(サースタート)」を今年に入ってから本格的に拡充している。SaaStartではウェブセキュリティ診断や遠隔地バックアップ、360度パノラマVR(拡張現実)といったアプリケーションで、今後、随時に取り扱いを増やす。「ユーザーが最終的に必要としているのはアプリケーション」(西木チーフ)だとして、SaaStartを前面に押し出し、そのアプリの実行基盤としてクラウドや各種サーバーサービスを売り込んでいく。

GMOクラウド 西木有理チーフ(右)石田勝彦氏
SaaStartではISVやSIerが開発したアプリも追加できるようにするとともに、ユーザーが自社でもっているサーバーや他社クラウドとの連携も進める。また、「SaaStartを軸にネットワークやセキュリティ、ストレージなどサーバー関連以外のサービスとも総合的に連携させていく」(企画グループの石田勝彦氏)方針だ(図3参照)。GMOグループでは、他にも全世界共通インターネットサービスブランド「Z.COM」、VPSの「ConoHa」、ゲームアプリ向け「GMOアプリクラウド」など幅広く展開しており、グループ間での相乗効果も高めていく。

IIJ サービスを統合的に運用する
ネットワーク構築に強いインターネットイニシアティブ(IIJ)の基本戦略は共用で使うパブリッククラウドと、専用環境のプライベートクラウド、他社クラウド、客先設置のオンプレミス、ネットワークを統合的に使える「One Cloud(ワンクラウド)」を打ち出している。

IIJ
神谷 修
部長 ユーザーは必要に応じて、IIJの各種サーバーやストレージ、ネットワークを統合的に組み合わせての利用が可能となる。前出のGMOクラウドがアプリケーション群の「SaaStart」を軸に、各種クラウドやオンプレミス、ネットワークを連携させていく考えとは、切り口が異なるものの、統合環境のなかから、自在に使い分けられるというコンセプトは少なからぬ共通部分が見出せるのが興味深い。
「One Cloud」は、一言でいえばIaaSやネットワーク領域の統合運用を可能にするアーキテクチャだが、IIJはその上のPaaS/SaaS領域にも意欲的に進出している。
例えば、この11月から自治体向けの「セキュアブラウジングサービス」をスタート。「庁内ネットワークと外部サイトへのネット接続環境との通信経路を分離する」(神谷修・クラウド本部サービス企画部部長)、ネット閲覧専用のデスクトップサービス(DaaS)である。外部のウェブサイト閲覧の経路からサイバー攻撃や情報漏えいがないよう、庁内システムと切り離すもので、国の指針にも合致したものだ。今後は一般企業向けの同種サービスの展開も検討している。

IIJ
岡田晋介
課長 「IaaSとネットワーク、PaaS/SaaSを統合運用する“One Cloud”の推進」(岡田晋介・ビッグデータソリューション課課長)によって、IIJならではの高い品質、セキュリティレベルを実現。付加価値や競争力を高める。
ニフティ クラウドネイティブを目指す
ニフティもPaaS領域の拡充に余念がない。この10月にはニフティクラウド上で稼働するミドルウェア群を大幅に強化。機械学習やBI(ビジネス・インテリジェンス)、運用を自動化するスクリプト、IoTデバイスを制御するハブ機能などを順次投入していく。

ニフティ
新井直樹
部長代理 同社はクラウド対応のミドルウェアを充実させることで、ニフティクラウド上でできることを増やす“クラウドネイティブ”の考え方を重視。「将来的には、ニフティクラウド上のサービスを組み合わせることで、ユーザーがビジネスを変革できる」(新井直樹・クラウドマーケティング部部長代理)ようにしていく。今回のPaaS拡充では、デジタル・トランスフォーメーションの三種の神器“IoT/ビッグデータ分析、AI”領域も主要な軸の一つに据えている。
もう一つ重視している点は、ユーザーの成熟度に合わせて、サービスを「階段状」にステップアップできる仕組みだ。早々にクラウド移行を果たしたユーザーは、クラウド上のミドルウェアやアプリを自社のシステムと組み合わせて使う“クラウドネイティブ”へと成熟度合いが高まっている。
ユーザー全体を俯瞰してみると「成熟度にバラツキがみられる」(新井部長代理)状態で、ニフティとしては、クラウド初心者と中・上級者の両方に満足してもらえるよう、IaaSからPaaS/SaaS領域まで、階段を上っていくように、わかりやすいサービスを揃えていくことでユーザーの満足度を高めていく。