近年、日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)はビジネス用語として定着し、IT業界では顧客からDXを求められることが多くなったといえるだろう。そもそも、なぜこんなにもDXが求められるようになったのか。この連載では、顧客に対して効果的にDXを行うためのポイントを解説する。今回は、なぜDXが必要となったのかを捉えていく。
DXが盛んに叫ばれるようになった理由としてよく挙がるのが、「コロナ禍でニューノーマルとなった、テレワークをきっかけとし、さまざまなデジタルツールを検討することによって起こった」という意見だ。確かに、コロナ禍の弊害がDX化の拍車をかけているともいえる。
しかし、DXが注目され始めたのはコロナ以前。経済産業省は、2018年9月に「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」を公表。今のままでは「IT人材の不足」と「レガシーシステム(時代遅れの古い仕組みのこと) 」の二つが障害となり、25年から30年までの間に、1年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性が高く、反対にDXを推進することができれば、30年の実質GDPにおいて130兆円の押し上げが期待できると伝えている。以降、DX推進ガイドラインやDX推進指標を策定、DX推進に資する施策を展開。国をあげて、DXを進めようとしている。
では、なぜDXを必要とする社会となったのか。バブル崩壊から30年間、日本の経済は「失われた30年」と言われ続け、イノベーションが求められている。それにデジタル要素が増えて、DXが叫ばれるようになった。
変化が求められるようになった最大の理由は、人口の変化だ。日本の人口は08年以降、減少を続けている。これまでのような「人口が増えることを前提とした」ビジネスができなくなったわけだ。ビジネスが従来のスタイルで提供できなくなると、消費者が違和感をもつようになって意識が変化する。消費者の意識が変化すれば再びビジネススタイルを変えなければならない。すると社会全体が変わっていく。
人口推移と社会の変化
これまでも社会の変化に伴って、人々の価値観は変わってきた。ここでは、人口が減少する前の社会を「成長社会」、減少後の社会を「成熟社会」と位置付ける。成長社会は、昭和時代がイメージしやすいといえる。「3種の神器」といわれたものは「冷蔵庫」「洗濯機」「テレビ」。しかも、現代のような電気冷蔵庫や全自動洗濯機やカラーテレビなどではなかった。冷蔵庫の上の段に氷を入れたり、洗濯機の槽内中央の攪拌棒を回したり、白黒のテレビを叩いて直したりと、当時は画期的なものであったとしても、今と比べると不便だったといえる。このような不便さを解決すれば、企業は儲けることができた。
しかし、技術が進歩し、冷蔵庫、洗濯機、テレビも今では不便な点を挙げることが困難なほど、申し分ない製品に仕上がっている。こうして出来上がった不便さのない社会が成熟社会だ。安くて良いものが当たり前の成熟社会では、誰も困っていない。不便さが見えないため、企業は何をどうしたらいいのかが分からなくなる。
そのような状況の中、注目を集めているのが「VUCA」だ。VUCAとは、社会やビジネスにおいて将来の予測が困難になっている状態を示す造語(「Volatilit=変動性」「Uncertaint=不確実性」「Complexity=複雑性」「Ambiguity=曖昧性」の頭文字をとったもの)。このような言葉が台頭してくるほど「どうにかしないといけない、変わらないといけない」というのが今の状況だ。だからこそ、イノベーションをはじめ、DXが叫ばれている。変化や革新が求められているのだ。
未来の予測が難しく、誰も困っていない社会で、潜在的に求めているものを提案して顧客が「変化」を起こすことができるDXを考えていかなければならない時代に突入したというわけだ。
■執筆者プロフィール

並木将央(ナミキ マサオ)
ロードフロンティア 代表取締役社長 ITコーディネータ
1975年12月31日生まれ。経営と技術の両面の知識でDXに精通、現在の世情や人間観をも背景としたマーケティング、経営手法や理論の活用方法で、企業や各大学で講演や講義を行っている。さまざまな分野で経営やビジネスのコンサルティングを実施している。電気工学修士、MBA、中小企業診断士、AI・IoT普及推進協会AIMC、日本コンサルタント協会認定MBCなどの資格も持つ。