経済産業省の「DXレポート」を筆頭に、「DX書籍」「DXセミナー」「関連した補助金セミナー」など、多くの情報があふれている。ビジネスマンなら、少なくとも数回はDX関連情報に触れ、一通りの知識が備わっていることだろう。この連載では、こうした「ある程度分かる」担当者に向けて、「ナナメ上」のDX化に向けた補足の情報を発信し、陥りがちな「頑張りすぎ」「悩みすぎ」「順番が逆」などの落とし穴に気付けるよう、一般的なセミナーで発信されない内容を発信していく。
国内の中小企業向けITツールは、非常に豊富で選び放題といえる。ではなぜ、日本はデジタル後進国から脱却できないのか。それはDX化への解釈の違いや、理解不足であるからだ。
経済産業省によれば、DXとは「企業がデータとデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革するとともに、競争上の優位性を確保すること」と定義されている。それを踏まえ、DXは「攻めのDX」「守りのDX」「制度改正のDX」と三つに分けられるといえよう。
制度改正のDXは、過去に「2000年問題」「マイナンバー対応」「働き方改革」、現在では「改正電子帳簿保存法」や「インボイス対応」などが例として挙げられる。これらに代表される制度改正のDXでは、業務効率化にはなるものの、他社も同様に対応するため、差別化にはならない。制度改正のDXでは、「競争上の優位性を確保すること」ができないということだ。
しかし、多くの企業は「DX=制度改正のDX」と認識しており、それだけ対応して満足している。その意識が、中小企業に攻めと守りのDXの意識を低下させ、本来のDX化が進まず「集団横並び状態」、もしくは諸外国にも後れを取っている原因といえる。
ではなぜ、「DX=制度改正のDX」と認識しているのか。理由は三つある。
一つめは、DX化をすすめる多くのタイトルが制度改正のDX中心となっているためだ。事実、多くのWeb広告やIT販社からの営業PR、さまざまなITセミナーに至るまで、「改正電子帳簿保存法」「インボイス対応」ばかりが並んでいる。これらの対応は必須のため、PRしやすく、セミナーの集客も比較的容易で、需要喚起もしやすいことから、中心的なキーワードとなっているのだ。
過去にも「2000年問題」「マイナンバー対応」「働き方改革」などのキーワードがあり、旬なキーワードが絶えることなく続いている。これでは、社会全体として「旬なキーワードに対応していれば大丈夫だろう」と思ってしまうのも無理がない。
二つめは、攻めのDXや守りのDXが制度改正のDXに比べ、型にはまったパターンがないからだ。例を挙げると、紙のカタログを動画に置き換えるだけで「営業トークの画一化による営業品質維持」と「印刷経費削減」という攻めと守りのDX化につながる。さらに、得意先に人力で商談を行っている営業形態を動画ならYouTubeでチャンネル作成、アップロードした公開URLを2次元バーコードでメルマガやSNS配信するなど、攻めの範囲も広がる。
1事業部で進めている中小企業が2事業部制を検討したり、国内で製造しているブランドを海外での販売を検討したりと、これらもデータやデジタル技術を活用すれば実現でき、競争力を強化することができる。
これらの変革がまさにDX化なのである、という認識が不足しており、動機が喚起されないことはもちろん、検討の俎上にも挙げられないことが課題となっている。
三つめは、無償のツールをPRする営業パーソンがいないためだ。例えば、動画作成について、パソコンならPowerPointが一つあれば、アニメーションから録画まで無料で作成できる。PowerPointもパソコンもない、という場合でも、スマホの無料アプリで動画は簡単に作れる。しかし、それを喧伝する営業パーソンがいない。中小企業にとって「最新のDX情報はIT販売店の営業頼り」という企業では、有償ITツール以外の情報が入りにくいというわけだ。
そのほか、例えば無料で使えるGoogleアカウント一つだけで、Googleドライブを利用して資料や動画のクラウド共有が可能で、配信URLも作成できる。Googleマップで得意先リストを取り込んで営業効率を劇的に向上させたり、GoogleチャットやGoogleMeetを使ってコミュニケーションを活性化させたりも可能だ。Chromeリモートデスクトップを利用すれば、離れた拠点の教育指導やメンテナンスも劇的に改善し、GoogleFormsで、そのメンテナンスに関するWebアンケートも簡単に作れる。
これらのツールは、ほとんどのパソコンに既にインストールされているのだが、知らない、使っていない中小企業が多くいるといえる。大手企業ではDX推進の社内専門家がさまざまな情報発信を担当するが、中小企業では本業が中心で、専門家は存在するケースが少ない。情報発信に時間をかけることができず、社員評価基準にも含まれていないため、ますます後れを取るような状況が生まれている。
自力で収集することができないというのであれば、IT専門家と顧問契約を結ぶことを勧める。IT専門家を社員として雇用するほどの仕事量がないものの全くゼロでは困る、という場合は月1~2回の定例会議などを実施し、IT専門家の最新情報を得るなどで、時代に合ったDX化情報を効率よく収集することができる。
今後、DX人材は採用するのではなくシェアする時代になるだろう。中小企業がIT販売店以外の情報収集窓口を持ち、総合的に判断することが国内DX化推進に必要といえそうだ。
■執筆者プロフィール

古澤正章(フルサワ マサノリ)
DX Tokyo 代表取締役 ITコーディネータ
IT系上場企業で北関東エリア支社長、東京エリア支社長などを歴任。卸売、建設、製造、医療福祉等、幅広い業界へ業務改善を実現。各種セミナー講師としても活躍。2022年、DX Tokyoを設立、代表取締役に就任。