Special Feature
IT産業が「2050年カーボンニュートラル」を導く 経済と環境の好循環をつくるカギはデジタル化
2021/09/27 09:00
週刊BCN 2021年09月27日vol.1892掲載

政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す方針を打ち出している。温暖化対策を経済成長の制約やコストと考えることから脱却し、ビジネスモデルを転換して新たな成長を模索する機会と捉えようとしているのだ。今年6月には、経済と環境の好循環をつくり出すことが期待できる成長分野として14産業を選定。その一つが半導体・情報通信産業だ。世界的に加速するカーボンニュートラルへの取り組みは、日本の情報通信産業の将来にどんな影響を及ぼすのか。
(取材・文/大河原克行 編集/本多和幸)
今さら聞けない「カーボンニュートラル」
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出が「差し引きゼロ」になった状態を指す。つまり、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、森林などによる「吸収量」を差し引いた合計をゼロにすることを意味する。カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガス排出量の削減に取り組む必要があるのはもちろん、吸収作用の保全や強化も必須となる。2015年に採択されたパリ協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する」といった世界共通の長期目標の合意が得られた。この実現に向けて、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げている。
政府は20年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言。同12月には経済産業省が関係省庁と連携して、カーボンニュートラルの取り組みを「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策として「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(グリーン成長戦略)を策定した。
カーボンニュートラル実現に向けた施策は今年に入ってからも動きが激しい。政府は21年4月、30年の新たな温室効果ガス削減目標として、13年比で46%の削減を目指すなどの新たな指針を示した。さらに6月には、経産省主導でグリーン成長戦略をアップデートし、より具体的な施策を明らかにしている。
一筋縄ではいかない課題「あらゆる政策を総動員」
グリーン成長戦略ではまず、「温暖化への対応を経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも成長の機会と捉える時代に突入した」と指摘している。一方で、「2050年カーボンニュートラルの実現は並大抵の努力では実現できず、エネルギー・産業部門の構造転換、大胆な投資によるイノベーションの創出といった取り組みを大きく加速することが必要である」と、一筋縄ではいかない課題であり、長期的な変革が必要になることも強調。その上で、「政府はグリーン成長戦略に基づき、予算、税、金融、規制改革・標準化、国際連携などのあらゆる政策を総動員する。大胆な投資を行い、イノベーションを起こす企業の前向きな挑戦を全力で後押しし、産業構造や経済社会の変革を実現する」との姿勢を示した。カーボンニュートラルの取り組みは世界的に急拡大しており、コロナ禍からの経済回復・成長の柱に「グリーンニューディール」や「グリーンリカバリー」を打ち出している国も少なくない。日本の施策も同じ文脈上にあると言えよう。
グリーン成長戦略の具体的な目標としては、19年時点で4.4億トンの電力部門におけるCO2排出量を、50年には脱炭素電源に移行することでCO2を極力出さない仕組みとする。民生、産業、運輸の非電力部門では10.3億トンのCO2排出量を50年までに極力電化し、電化できない部分は水素、合成燃料(メタネーション)、バイオマスで対応。それでも完全な脱炭素は現実的ではないため、電力、非電力ともに、大気からCO2を直接回収するDACCSなどの技術や植林で炭素除去を行い、収支をゼロにする。
こうした目標の実現に向けてはまず、「2050 年カーボンニュートラル」を実現するためのエネルギー政策に伴う産業構造の変革を成長につなげられる14の産業分野を選定。それぞれの成長のための実行計画を、50年までの時間軸を持った「工程表」に落とし込んだ。研究開発、実証、導入拡大、自立商用の各フェーズを設定し、初期段階の研究開発フェーズでは、政府の基金や民間の研究開発投資を活用。最終工程となる自立商用フェーズでは、標準化が進み、公的支援がなくても自立的に商用化が進む状態を目指す。
さらに、「工程表」の実現を後押しするための政策ツールも充実させる。長期に渡る技術開発や実証のために、2兆円のグリーンイノベーション基金を用意し、NEDOを通じて野心的なイノベーションに取り組む企業を10年間に渡って支援するほか、黒字企業を対象にカーボンニュートラルに向けた投資促進税制、研究開発税制の拡充を図る。さらに事業再構築・再編等に取り組む企業に対する繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例を設け、民間投資を喚起していく。加えて、水素ステーションに関する規制改革などを進め、急速充電やバイオジェット燃料、浮体式洋上風力の安全基準づくりも進める。民間投資を呼び込む金融市場のルールづくりにも取り組む方針だ。

半導体・情報通信産業はグリーン成長戦略の要
グリーン成長戦略で成長が期待される産業として選定された14分野の中で、半導体・情報通信産業、洋上風力・太陽光・地熱産業、自動車・蓄電池産業、住宅・建築物産業、次世代電力マネシメント産業の4分野は、30年までの早い段階から成長が期待される分野と位置付けられている。経産省産業技術環境局環境政策課の河原圭・エネルギー・環境イノベーション戦略室長は「半導体・情報通信産業は電化の基盤となる産業である」と説明。その上で「製造、サービス、輸送、インフラなどのあらゆる分野でデジタル化が急激に進展し、情報の利活用が進むことで、カーボンニュートラルが実現できる」と期待を寄せる。
また、半導体・情報通信産業においては、デジタル化によるエネルギー需要の効率化や省CO2を実現する「グリーン by デジタル」と、デジタル機器やデジタル産業そのものの省エネ化、グリーン化(温室効果ガス排出量の削減)を推進する「グリーン of デジタル」に取り組むことが大切だと指摘。「この二つのアプローチが両輪になる」と説明する。
グリーン by デジタルは、デジタル化の進展で人・物・金の流れの最適化が進むことでエネルギーの効率的な利用や省CO2化につながるという考え方。例えば、企業の情報システムをクラウド化することで現時点と比べて8割の省エネを達成できると推定するほか、テレワークの推進によって移動に関わるエネルギーの削減が期待できるという。
ここで重視しているのが、環境に配慮したデータセンターの整備を国内で加速させ、「日本が世界一のグリーン・デジタル大国となることを目指す」というビジョンだ。具体的な施策としては、全国で数カ所程度、日本最大級のデータセンター集積拠点を整備すべく、立地計画策定などの政策パッケージを検討し、早期に実行する。また、再生エネルギーなど脱炭素電源の導入や脱炭素電力の購入を円滑にするための制度整備も検討していく。
こうした取り組みを通じて24兆円規模のDX関連市場を創出するとともに、「国内データセンターサービス市場3兆円、データセンター投資1兆円を目指す」としている。
2030年までに全ての新設DCで30%省エネ目指す
一方、グリーン of デジタルでは、あらゆる機器に使用されている半導体の省エネ化が急務であることに着目。超高効率の次世代パワー半導体の研究開発や実証、製造拡大に向けた設備投資の支援などに取り組むことになる。次世代パワー半導体の実用化に向けては、放射光や中性子線を活用した物性評価、高速電子計算機の活用による材料探索など、学術分野が保有する半導体関連技術と施設を活用して研究開発を支援していく。半導体サプライチェーンに対する設備投資の導入も促進し、30年までには従来比50%以上の省エネ化を実現する次世代パワー半導体を実用化するとともに、普及拡大を進める。日本企業が世界市場でシェア4割(1兆7000億円規模)を獲得することを目指す。
さらに、サーバーを構成する要素デバイス(CPU、メモリなど)の高性能化や省エネ化に向けて、光エレクトロニクス技術を融合したシステム開発と実証も行う。また、データセンターのパフォーマンスと省エネ性能を最適化する制御技術の開発も支援する。河原室長は「30年までに、全ての新設データセンターで(従来比)30%以上の省エネと脱炭素化を目指すことになる。また、エッジコンピューティングの活用によってネットワークやデータセンターへの負荷を低減し、情報通信インフラ全体でも30%以上の省エネを目指す」という。
電子情報技術産業協会(JEITA)は21年10月19日に「Green x Digitalコンソーシアム」を発足させる予定だ。カーボンニュートラル実現に向け、さまざまな業界の知見を集結させてデジタル技術を活用した新しい社会作り・市場創造を目指すというコンセプトで、JEITAの会員企業のみならず、幅広い業界・業種の企業に参加を呼びかけている。河原室長は「デジタルはカーボンニュートラルの実現に向けて、あらゆる産業に大きな影響をもたらすことになる。半導体・情報通信産業の関係者のリーダーシップに期待している」と語る。
グリーン成長戦略により、50年には約290兆円の経済効果、約1800万人の雇用創出が見込めると試算されている。そして、社会全体でのカーボンニュートラルの実現に向けては、デジタル技術を最大限に活用することが不可欠であるというのは共通認識だ。まずはグリーン成長戦略に向けてどんな貢献ができるかを、IT業界全体でしっかりと議論する必要がありそうだ。

政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す方針を打ち出している。温暖化対策を経済成長の制約やコストと考えることから脱却し、ビジネスモデルを転換して新たな成長を模索する機会と捉えようとしているのだ。今年6月には、経済と環境の好循環をつくり出すことが期待できる成長分野として14産業を選定。その一つが半導体・情報通信産業だ。世界的に加速するカーボンニュートラルへの取り組みは、日本の情報通信産業の将来にどんな影響を及ぼすのか。
(取材・文/大河原克行 編集/本多和幸)
今さら聞けない「カーボンニュートラル」
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出が「差し引きゼロ」になった状態を指す。つまり、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、森林などによる「吸収量」を差し引いた合計をゼロにすることを意味する。カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガス排出量の削減に取り組む必要があるのはもちろん、吸収作用の保全や強化も必須となる。2015年に採択されたパリ協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する」といった世界共通の長期目標の合意が得られた。この実現に向けて、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げている。
政府は20年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言。同12月には経済産業省が関係省庁と連携して、カーボンニュートラルの取り組みを「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策として「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(グリーン成長戦略)を策定した。
カーボンニュートラル実現に向けた施策は今年に入ってからも動きが激しい。政府は21年4月、30年の新たな温室効果ガス削減目標として、13年比で46%の削減を目指すなどの新たな指針を示した。さらに6月には、経産省主導でグリーン成長戦略をアップデートし、より具体的な施策を明らかにしている。
一筋縄ではいかない課題「あらゆる政策を総動員」
グリーン成長戦略ではまず、「温暖化への対応を経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも成長の機会と捉える時代に突入した」と指摘している。一方で、「2050年カーボンニュートラルの実現は並大抵の努力では実現できず、エネルギー・産業部門の構造転換、大胆な投資によるイノベーションの創出といった取り組みを大きく加速することが必要である」と、一筋縄ではいかない課題であり、長期的な変革が必要になることも強調。その上で、「政府はグリーン成長戦略に基づき、予算、税、金融、規制改革・標準化、国際連携などのあらゆる政策を総動員する。大胆な投資を行い、イノベーションを起こす企業の前向きな挑戦を全力で後押しし、産業構造や経済社会の変革を実現する」との姿勢を示した。カーボンニュートラルの取り組みは世界的に急拡大しており、コロナ禍からの経済回復・成長の柱に「グリーンニューディール」や「グリーンリカバリー」を打ち出している国も少なくない。日本の施策も同じ文脈上にあると言えよう。
グリーン成長戦略の具体的な目標としては、19年時点で4.4億トンの電力部門におけるCO2排出量を、50年には脱炭素電源に移行することでCO2を極力出さない仕組みとする。民生、産業、運輸の非電力部門では10.3億トンのCO2排出量を50年までに極力電化し、電化できない部分は水素、合成燃料(メタネーション)、バイオマスで対応。それでも完全な脱炭素は現実的ではないため、電力、非電力ともに、大気からCO2を直接回収するDACCSなどの技術や植林で炭素除去を行い、収支をゼロにする。
こうした目標の実現に向けてはまず、「2050 年カーボンニュートラル」を実現するためのエネルギー政策に伴う産業構造の変革を成長につなげられる14の産業分野を選定。それぞれの成長のための実行計画を、50年までの時間軸を持った「工程表」に落とし込んだ。研究開発、実証、導入拡大、自立商用の各フェーズを設定し、初期段階の研究開発フェーズでは、政府の基金や民間の研究開発投資を活用。最終工程となる自立商用フェーズでは、標準化が進み、公的支援がなくても自立的に商用化が進む状態を目指す。
さらに、「工程表」の実現を後押しするための政策ツールも充実させる。長期に渡る技術開発や実証のために、2兆円のグリーンイノベーション基金を用意し、NEDOを通じて野心的なイノベーションに取り組む企業を10年間に渡って支援するほか、黒字企業を対象にカーボンニュートラルに向けた投資促進税制、研究開発税制の拡充を図る。さらに事業再構築・再編等に取り組む企業に対する繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例を設け、民間投資を喚起していく。加えて、水素ステーションに関する規制改革などを進め、急速充電やバイオジェット燃料、浮体式洋上風力の安全基準づくりも進める。民間投資を呼び込む金融市場のルールづくりにも取り組む方針だ。

この記事の続き >>
- 経済産業省が語るグリーン成長戦略 半導体・情報通信産業はグリーン成長戦略の要
- 2030年までに全ての新設DCで30%省エネ目指す 設備投資や技術開発の支援も
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