昨今、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」がトレンドとなっている。IT業界の関係者ならば理解しているのかもしれないが、多くはどのようなことに取り組めばいいのかが分からないという。カタカナ語であることから、苦手意識を持つ人や企業もいることだろう。筆者はITコーディネータという仕事柄、難解なカタカナ言葉に直面することも多いが、こてこての「文系」であるため、デジタルを仕事に生かすために日々格闘している。腹落ちしなければ、到底仕事には使えない。ではどうするのか。そこで、この連載ではデジタルを身近に感じて仕事に生かせる活用術を紹介したい。
今回は熊本の輸送会社であるヒサノの導入事例を通じて解説する。同社は、アナログな業務をデジタル化する必要性に気づき、DX戦略を立案し、配車システムの開発、倉庫システムの導入などによりデジタルを日々の仕事に生かしている。
しかし、いきなり実現したわけでなく、3年かけて業務プロセスの可視化や経営革新計画、基幹システムの開発、運用などで試行錯誤して少しずつ「デジタルを身近に使いこなせる」ように変化してきた。経営者の夫妻は、「この変化そのものが自社にとってのDXだ」と言っている。
故クレイトン・クリステンセン米ハーバード大学教授は、「『戦略そのもの」よりも『戦略が策定・実行されるプロセス』を上手にマネジメントする方が効果はずっと高い」と述べている。多くの事例紹介で、成功の秘訣や戦略のモデルが語られることが多いが、実は成功に至るまでの「プロセス」が大事ということだ。変革を進める過程は平たんではない。
ヒサノのスタッフ
筆者は、同社に出会って3年が経つ。今では国のDX認定を取得し、ITコーディネータ協会表彰で最優秀賞の経済産業省商務情報政策局長賞に輝いている。しかし、同社も山あり谷ありのエピソードが存在する。あるときは課題にぶつかり、社内で巻き起こる議論にくじけそうになりながらも、経営者の強いリーダーシップで乗り切った。
大きな変化点は三つあった。一つめはデジタル化着手当初、及び腰だった経営者の強い関与が得られるまで。二つめは、プロジェクト開始後に起きたとんでもない危機をどう乗り切ったか。三つめは、DX認定後に多くの取材を受けて、経営者がデジタル化の価値を改めて認識したことである。
一筋縄ではいかない、DXの道のりではあるが、まずはビジョンを描き、目標を定めて歩き出すことが重要だ。外来のカタカナ用語を読みこなし、経営者を含めメンバーが腹落ちするまで対話し、DX戦略を策定し実行してきたリアルな記録でもある。
ところで、「理系」「文系」とがっちりした二分法分類は日本だけらしい。明治時代、西欧諸国に追いつけ追い越せの機運の中で、「技術=理系」「人文=文系」に分類し、役立つ人材養成を急いだ名残りともいわれている。しかしながら、150年たった今でも、「私って文系だから、デジタルは苦手」とか、「理系なので、デジタル技術は分かっても企業変革や対話は苦手」なんて会話は日常茶飯事な気がする。
デジタルが苦手なことを克服するには、既存の知識を目新しいカタカナ語と比較し、類似点と相違点を把握し理解して使いこなすしかない。つまり、理系頭と文系頭を切り替えたり、融合させたりする必要がありそうだ。
これから、DXに取り組みたい中小企業経営者、なかなか進まないDXを推進したいITベンダーに対して、もっと身近にデジタルと付き合い、仕事に生かせるための一歩を踏み出すヒントになれば幸いである。
■執筆者プロフィール

中尾克代(ナカオ カツヨ)
アイティ経営研究所 代表 ITコーディネータ
熊本県庁、電子機器メーカーの品質保証部門を経て、2010年、アイティ経営研究所を創業。ITコーディネータ、ISO審査員として中小企業や農業者のIT導入やDX推進を伴走型で支援。「令和3年度ITコーディネータ協会表彰」で最優秀賞(経済産業省:商務情報政策局長賞)と優秀賞(IPA理事長賞)をW受賞。「明るく楽しく成果を上げる」がモットー。