今回は、IT化を実際に行った、ある不動産会社の事例を元に、どのようにして導入し、成功した先の効果について解説する。
不動産業界の営業手法は往々にして、「リストを元に営業電話をかける」「展示会などに参加して連絡先を収集する」「顧客からの紹介」「広告宣伝はチラシ配布やバス広告」などを行っている。リスト管理はせずに、営業それぞれが自分の顧客のリストとして持っている。また、名刺のみで顧客管理をしているところもある。
今回紹介する不動産会社は、顧客獲得をさらに精度の高いものにできないかという視点からIT化が始まった。リストの上から順番に営業電話をかけるよりも、「マイホーム 建築 安全」「家 建てる 費用」のような、家を本気で探しているキーワード検索に着目。このようなキーワードでサイトに訪れてくれれば、顧客として獲得する可能性が高い見込み客ということになる。しかも、営業担当の精神的負荷も軽減される。
また、Webサイト経由で獲得したリストは営業メンバー全員で共有し、誰が担当するかは自動的に振り分けられるようにした。営業リストには、いつどんな手段でアプローチして結果はどうなったのか、次にどういうことを実施したのか、次のアクションを行ったのか、ということを記録してノウハウをメンバーに共有。地道な営業に比べると、営業リストの数は減ったが、本気で購入を検討する顧客が多くなったので、結果的に営業工数は少なくなった。これまでの足で稼ぐ営業がなくなり、必要最小限の人員で行えるため、社員の配置転換も実施した。
次に、顧客にわたす見積書や計画書、上長確認のための社内稟議書、勤怠など、書面でやり取りをしていたことをIT化。作ったデータは個人用ドライブに入れて保管できるようにし、共有用ドライブも用意して、社内共有が必要なものは共有用ドライブに保管するようにした。
これまで営業情報はそれぞれ担当のみが分かっている状態だったが、関係者に共有できるようになり、書類ベースで進んでいたものが電子化され、顧客情報もデータ管理できるようになった。また、IT化に取り組んでいることが評価されて、会社の知名度が上がり、採用では応募者が10倍以上も増えた。会社の価値も大幅に上げることができたのである。
これは稀に見る成功例だが、成功した不動産会社では、五つの重要な策を講じたことが奏功した。まず、トップがメッセージを送ることだ。IT化は何のためなのか、導入後に何が実現できるのか、責任者は誰か、などをトップが明確に社内に伝えることはプロジェクトを進める上でかなり重要になってくる。
次に、強い推進力を持つCTOを採用することが必要だ。CTOがプロジェクトについて強いメッセージを伝えることができるか、トップの代弁ができるか、周りの社員を引っ張っていくことができるかが、プロジェクト成功の分かれ目ともいえる。新しくCTOが入社したものの、ほかの社員から理解されず、プロジェクトがとん挫したという例もある。
覚悟を決めて、予算を用意することも重要だ。途中で予算が縮小されて、理想とは程遠い形になり、結果的に何をしたのか分からなかったということもある。
社内教育も鍵を握る。システムを導入しても、使い方が理解されず、結局、以前に戻っているということもよく見かける光景だ。一度教えただけでは理解されないので、何度も何度も教える機会を設け、分からなくなったら素早くサポートできる体制も作っておかなければならない。
また、PDCAを回すことをおざなりになることも多い。導入することが始まりで、実際に稼働してみて、問題点を洗い出し、修正することで改善アクションを進めるということを把握しなければならない。成功した不動産会社では、導入から浸透するまで1年6カ月の月日を費やした。
IT化は、すぐに結果の出るものではない。また、根付かせることが非常に大事である。根気をもって、あきらめずに、プロジェクトチーム一丸となって、取り組んでもらいたい。
■執筆者プロフィール

森 和吉(モリ カズヨシ)
吉和の森 代表取締役
吉和の森 代表取締役 ITコーディネータ
1970年青森県八戸市出身。94年立正大学卒業後、郵便局勤務などを経て、99年オリコンに入社。音楽雑誌の編集からウェブサイトの運営を担当する。その後、ソーシャルゲームやメーカーや流通、不動産投資会社でウェブマーケティング事業に取り組み、19年に吉和の森を設立。ウェブ解析士マスター、チーフSNSマネージャー、提案型ウェブアナリストなどの資格も持つ。