IoTハカリソリューション「焼くッチャ君」導入の本命だった店舗は大きな駅の中にあり、商品のクロワッサンは駅ビル内の遠く離れた場所で作り、1日に何度も台車で商品を店舗まで運んでいる。焼くッチャ君が導入できれば、製造現場から店舗の在庫状況が手に取るように分かるはずである。だが、導入は上手くいかなかった。実験的に作ったIoTハカリが分厚すぎたのである。縦横の寸法はしっかり計測したのだが、高さについてはコストの都合で部品の構造がそのまま出ていた。これでは店舗での作業が難しくなると指摘され、この時点での導入は諦めることになった。数年前の実証実験でのことではあるが、苦い経験だ。
重量計測部分で随分高くなってしまったIoTハカリ
筆者が参画したプロジェクトのメンバーは、ソフトウェアに強みを持っている。ビジネスコンテスト「北九州でIoT」の当時から、ソフトウェアはそれなりの形ができていた。IoTハカリで取得したデータは、MQTTでIBMブランドのクラウドサービスにアップロードして、データベースに保持する。リアルタイムのデータと、蓄積したデータはWebブラウザーやAndroid OS搭載タブレット端末のアプリでも表示できるようにした。また、その表示は重さではなく、商品の個数にしているし、個数の変動からおおよその売上個数も分かるようになっている。また、1日の売り上げの傾向線や、前週の同じ曜日の実績線も表示するグラフとしても見ることができる。
リアルタイムの在庫数を表示する画面
ソフトウェアはそれなりのものができていたが、ハードウェアには苦労せざるを得なかった。IoTハカリの厚みについては、同じビジネスコンテストで知り合った歯っぴーの小山昭則氏に協力してもらい、大幅に薄型化することができた。ビジネス的にはIoTハカリを安価に量産しなければならない。北九州市の職員から地元企業を紹介してもらい、量産の検討を進めた。
量産ということで重量センサーの技術を持つメーカーへの開発依頼なども検討したが、そうこうするうちに完成品のIoTハカリが出回るようになってきた。そこで、完成品のIoTハカリを導入することに決めた。
別の店舗で実証実験を進めることも決まった。まずは、二つの商品にIoTハカリを設置。タブレット端末でリアルタイムの商品個数を見ても実数と合っている。問題ないはずだった。
数日後、システムは順調に稼働していたのだが、POSでの売上数と合っていないことが分かった。IoTハカリでの売上数は在庫数の減少から得ていたので、売上数が合わないということは在庫数がうまく取れていないということになる。
データが正しくない理由はいくつか考えられた。ハカリの誤差、プログラム上のバグなどである。いろいろと調べたが、どちらも理由ではなかった。店舗の許可を得て、IoTハカリと店舗内を録画するネットワークカメラを置いた。その動画を眺めて、いくつかのことに気付いた。まず、営業時間中でも少し落ち着いた時間があると陳列棚を清掃していた。その際、IoTハカリ上に計測したい商品とは別の物が置かれていたのである。当然、取得する重量は大きく変動することになる。また、閉店時間が近づくと在庫商品のセット販売の準備で、商品がIoTハカリ上から取り除かれたりしていることも分かった。
最終的には、閾値以上の重量の増減がある場合は商品在庫の増減と見なさないといったプログラムを作ることで解決した。IoTシステムでは、開発中の動作確認と、店舗などの現場できちんと動作するというのは別のことだ。そうした課題も解決しないとシステムは思ったように使えない。これは一般的なITシステムの導入でも同様であるが、IoTではユーザー側に「システムを使っている」という感覚が乏しい。普段の業務をやっている中で、データを手入力に頼らず、自然にデータが取られているというのが理想であり、IoT導入の目的だ。それだけに、より細かな配慮が必要となるのである。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。