顧客体験(Customer experience、CX)が注目されて久しい。消費者との接点を持つ小売業や金融業を中心に、EC、アプリ、SNSなどといったタッチポイントの拡充は重要な命題となっている。しかし、消費者は企業の「手段のデジタル化」に対して一定の評価をしつつも「イミ消費」や「コト消費」といった「商品に付随した体験」を高めるための支援にニーズが移りつつあるように伺える。そこで、この連載ではこれまでの顧客体験を振り返りつつ、いまの消費者はどのような顧客体験を求めており、実現に向けてどのような課題やアクションがあるのかについて解説していく。
顧客体験に対する企業の取り組み
ガートナージャパンによると、2020年の国内企業におけるCXプロジェクトの取り組み状況は「必要だが未検討/進捗が遅い」と回答した割合が2割強、「必要なし」「知らない/分からない」も含めると8割弱である。
日本におけるCXプロジェクトの状況(2018年~2020年)
(出典:Gartner)
これは、CXの必要性は理解しつつも、具体的にどのような取り組みを指すのか、どのような効果を生むのかがイメージしづらいことに加え、「全社的な戦略案件」であるはずのCXプロジェクトが「CRM関連のシステム導入案件」として誤解されたまま投資対効果の試算が行われてしまい、適切な効果を算出できずに社内合意に至れないといったケースも少なくないと推察する。
CXの具体的なソリューションや事例とは
次に、消費者と触れる「フロントサイド」にフォーカスして具体的なソリューションや事例を確認していこう。なお、ここでは企業のための業務効率化関連(MA、CRMなど)の「バックサイド」は割愛する。
顧客体験を支援するCXソリューション(例)
「認知」においては、WebやSNSでのマス向け広告、メールやアプリでの個別配信が主流だ。最近では、オフラインでリアル店舗でのARプロモーションなども注目を集めている。「選択」におけるオフラインの分野では店頭でのサイネージや計測ツールなどを通じた商品訴求などがある。例えば、カネボウ化粧品では、AI技術によりパーソナライズされた4色のアイシャドウが自動販売機のように出てくる「KATE iCON BOX」を提供している。
KATE iCON BOX
またオンラインでは、消費者にとって重要な参考情報となるUGC(User Generated Content、一般ユーザーによって作られたコンテンツを指す)を多く集めるため、SNSでのタグ付け投稿を促すだけでなく会員間のコミュニティサイトを開設する企業もある。
「購入」では、オフラインでの進歩が特に進んでおり、リアル店舗での無人レジやキャッシュレス化に留まらず、次のステージへと進み始めている。例えば、過去には大丸有協議会において、丸の内で遠隔注文したコーヒーをロボットが配送する実証実験が実施されている。
遠隔注文&ロボット走行による商品配送の実証実験
「サポート」は、FAQやチャットボットなど、自己解決の支援を目的としたツールが豊富だ。
顧客心理の理解が今後の課題
「デジタル化による顧客行動のサポート」は、あくまで企業目線での改善に過ぎないため、顧客にとって望ましいタッチポイント改善になっているとは限らない。また、この手段のデジタル化を加速したとしても、「顧客が何を求めて自社の商品を購入したのか」という競争力の特定には至れない。そこで重要になるのが「顧客心理の理解」である。
昨今、購買データやアクセスログなどといった「定量データ」の分析事例は散見されるが、それはあくまで「履歴」であり、それだけでは具体的なニーズまで把握することは難しい。そのため、今後は顧客の声(Voice of Customer、VoC)である「定性データ」をコールセンター、HP、アンケート、SNSなどから多面的に収集・分析し、顧客の声の奥に潜む「カスタマージャーニーでどのような改善を期待しているのか」「どのような価値を感じてその商品を選択したのか」また「どのように改善してほしいのか」を5W1Hレベルで特定していくことが重要になっていくだろう。
■執筆者プロフィール
岩澤信一郎(イワサワ シンイチロウ)
NTTデータ経営研究所
ビジネスストラテジーコンサルティングユニット マネージャー
通信業や小売業を中心にBtoC商材における、セールス・マーケティング・カスタマーサポートなどの顧客接点におけるデジタルトランスフォーメーション、新規事業立案、消費者インサイト分析に従事。