「IT詳しいんでしょう。なんかシステム創ってDXやってよ。任せるよ」とデジタルネイティブの若い社員に丸投げしてしまう社長が多く見られる。しかし、それではDXはうまくいかない。DXを行うにあたって、欠かせないのはITリテラシーではないからだ。ITをはじめとするさまざまなツールは“手段”でしかない。それらを使ってどう変わっていきたいのか。達成したい“ゴール(ビジョン)”を示さなければ、“手段”を生かしようがない。ビジョンを設定できなければ、どんなに優秀な社員がいたとしても、DX人材にはなり得ないのである。
会社のビジョンを決めるのは、社員ではなく、社長である。「何のために会社はあるのか?」「会社がどんな状態となるためにDXを行うのか?」「ただ売り上げや利益を上げたいだけならBPRではだめなのか?」「どんな会社にトランスフォーム(変化)したいのか?」などを社員に浸透させなければ、社員にとっては面倒ごとが増えるだけでDXを起こすことはできない。そのため、DXを行う上でビジョンは欠かせない。
ビジョンとは、「最後はどうありたいか」という状態を指す。動作ではなく、状態であるということは忘れずにいてほしい。例えば、Honda(本田技研工業)のビジョンは「環境と安全の領域でのナンバーワンを目指して、さらに資源を投入し、カーボンフリー社会と、交通事故ゼロ社会の実現をリードする存在となる」で、これを実現するためにミッションや戦略などの行動や動作が生まれてくる。
DXは長期的ビジョンに沿う必要があるが、トランスフォーム自体は短期的なのでDXを用いることで、会社をどのような状態にしたいのかを明確にし、社長は説明できなければならない。長期的なビジョンからのロードマップを分解して、小さなビジョンをDXのビジョンと定めて段階的に達成していくことになる。
DXはトランスフォームなので、前後の違いがあるはずである。その違いをどうしていきたいかをはっきりさせることが重要である。何年間でいくらお金を使ってDXを行い、その結果、会社がどうなるのか、次のステップは何年間で新しいDXを行い、その結果、会社がどうなるのかを社長に明らかにしてもらう必要がある。
ただし、単に「こうした方が良いだろう」「売り上げを上げるためには・・・」「システムを導入することで、人口減少の社会で生き抜けるよう人手を減らそう」というだけでは、社員の共感を得ることはできない。まして、株主にDXと言っておきながら変化を示せないのであれば虚偽である。
「Vision」はラテン語の「videre(見る)」という言葉から生まれ、意味は未来を見通す先見性である。社長自身がワクワクしイメージするビジョンは、目に見える、五感を通じてイメージできるまで鮮明に描けるほど、より社員への共感効果を発揮しやすく、実現への歩みを始める。単に「世の中がそうだから」では、社員もなぜやるのかが見えない。
システムインテグレーターは、顧客の社長が語る計画に対して、社員がビジョンにワクワクしているかを確認すると良い。「そのDXを行うことで、どうなりたいのか?」に注目して、ワクワクしていない様子であれば、積極的に掘り下げて聞いてほしい。「本当にそのビジョンを達成したいと考えているのか」「そのビジョンを達成したときに社員は嬉しいのか」「会社の存在意義に叶うのか」など。社員が煮え切らない態度のときはシステムインテグレーターにとって、その仕事は終わりのない仕様変更だらけのデスマーチと化すかもしれない。
トランスフォームを必要としないのであれば、無理にDXをする必要はない。社長のビジョンは、会社の経営ビジョンである。要らぬDXを行わせてはならない。小さな直近のビジョンが“目標”であり、DXは“手段”だということを忘れてはならない。手段を目標としてしまわないようにするためには、ビジョンを常に意識させることがシステムインテグレーターとして重要な役割である。でなければ、システムを導入したところで喜んではもらえない。
ましてやビジョンなくして手段を講じるというのは、どこに向かっていくのかを決めないまま、舵を切るようなものだ。ビジョンが定まらなければ、必要なリソースも経営戦略も決まらない。だからこそ、ビジョンを知らないITリテラシーが高いだけの若手社員に任せるなんてもってのほかなのだ。DXでは、社長のビジョンが絶対的に欠かせない。社長が任期中に目指す姿(ビジョン)はどのようなものかを今一度、確認する必要があるだろう。
■執筆者プロフィール

並木将央(ナミキ マサオ)
ロードフロンティア 代表取締役社長 ITコーディネータ
1975年12月31日生まれ。経営と技術の両面の知識でDXに精通、現在の世情や人間観をも背景としたマーケティング、経営手法や理論の活用方法で、企業や各大学で講演や講義を行っている。さまざまな分野で経営やビジネスのコンサルティングを実施している。電気工学修士、MBA、中小企業診断士、AI・IoT普及推進協会AIMC、日本コンサルタント協会認定MBCなどの資格も持つ。