内閣府の科学技術・イノベーション推進事務局は今年4月に「AI戦略2022の概要」を発表し、「社会実装の充実」を注力すべき項目として明記した。では、具体的に社会実装に向けてどのような取り組みが求められるのか。多数のAIベンチャーを輩出する東京大学の鳥海研究室でアカデミックとビジネスの両面から日本のAI研究が直面している状況について話を聞いた。
(取材・文/大蔵大輔)
左からoneroots 西口真央 代表取締役社長/CEO、
東京大学 大学院工学系研究科システム創成学専攻 鳥海不二夫教授、
Lightblue Technology 園田亜斗夢 代表取締役社長
勝てる馬にしか賭けない
日本は先進諸国と比較してAIの利活用で遅れを指摘されがちだ。一例ではあるが、米Oracle(オラクル)の「職場におけるAI調査」によると、職場でAIを活用しているとの回答は日本が対象11カ国中で最下位。社会実装を加速しなければならないという切迫感はAI戦略2022の概要の文中からも感じられる。
鳥海不二夫 教授
東京大学 大学院工学系研究科システム創成学専攻。
計算社会科学に基づく社会システムの設計と人工知能技術の社会応用などの研究に取り組んでいる。
研究室から多数のスタートアップを輩出している。
しかし、研究においても同じ状況というわけではない。鳥海教授は「米中が異様に進んでいるだけで、世界全体からすると日本の研究は遅れていない。そもそも米中は投資している金額が圧倒的なので、差があるのは当然だ」と語る。
問題視するのは研究の質ではなく環境だ。日本のAI研究は成果が期待できる分野に的を絞る「選択と集中」の戦略をとっており、その結果、研究の裾野が広がらないという状況が生まれている。
鳥海教授は「競馬なら『勝てる馬にしか賭けない』という状態。米中はどの馬が勝つか分からないからいろいろな馬に投資しているのに、日本は賭ける馬を絞っている。どの分野が強いのか、どの分野に投資を注力すべきか、という議論はあまり意味を持たない。面白い研究をやっている人がいるから、そこに投資してみようというくらいのスタンスでなければイノベーションが生まれるのは難しいのではないか」と懸念する。
ソリューションありきのAI活用
日本企業のAIに対する姿勢はどうなのか。西口社長はベンチャーとして大企業と接してきた経験から「どうやってAIを活用する仕組みをつくればいいのか分からないという段階は過ぎた」と感じているそうだ。現在は「仕組みはつくれるようにはなったが、それをどのように事業化するか模索している段階」と捉えている。
oneroots 西口真央 社長/CEO
鳥海研究室に特務研究員として在籍しながら、
onerootsの代表取締役社長/CEOを務める。
SNS上での未成年者の誘い出しを検知・防止するための仕組みを研究。
現在、大学と民間企業と協業し、製品化を目指している。
ただ、その段階を乗り越えるのためにはまだ多くの障壁がある。「課題があって、それにデータやAIを活用していくというのが本来のあるべき姿。しかし、データはあるけど何かできないか、というソリューションありきになっている」。旧来的な組織構造も事業化にブレーキをかける要因だ。例えば、いざデータを活用しようとしても、データを保有している部署と活用したい部署が異なり、横の連携がとれないという事態が発生している。
ソリューションありきゆえの葛藤は園田社長も経験していた。「ある企業のコンペでかなり精度の高い画像解析の開発に成功したが、企業側がそのソリューションを活用するのは年間で2000~3000枚程度しかなかった」という。「もったいないと思い、ほかの活用方法を提案したが、実際に決めるのはプロジェクトを動かしている企業であって自分たちではない」。これは珍しい例ではなく、同様の宝の持ち腐れ状態はベンチャー界隈でよく耳にするそうだ。
Lightblue Technology 園田亜斗夢 社長
鳥海研究室ではニュースメディアのデータを活用してユーザー動向を研究。
自身が社長を務めるLightblue Technologyでは、
建設業界やインフラ業界を対象に人にフォーカスした映像解析ツールを開発している。
経営者自身がAI人材に
AI戦略2022の概要には「社会実装の充実」のために五つの目標が設定されている。その一つが「人材確保などの環境整備」だ。鳥海教授は「AIはすでに社会に普及しており、これからはどう使うかを議論していくことが重要だ」と語る。AI人材は「AIを使える」から一歩踏み込んだ「AIをどのようなことに使えるのか」を理解している人材であるべきだという考えのもと、「意思決定権を持つ経営者がAI人材になることで、組織構造の問題をクリアできる」と問題の解決策を提示した。
ベンチャー企業の立場からも大企業の組織変革は重要だ。優れたソリューションを開発したとしても、有効に活用されるかどうかは大企業の動向に左右されるからだ。SNS上のリスクという社会課題の解決に取り組んでいる西口社長は「社会課題の解決という側面でみるなら、AI人材が活躍する環境はまだ整っていない。ただ悲観的ではなく、改善に向けて取り組んでいかなければいけないという空気はある」と語る。園田社長も先述したプロジェクトのような問題点はあるとしつつも、「成功の可否が技術的課題だけに左右されないことは経営レベルでも認識されてきている」と状況を分析する。AI人材の確保が先行しているが、そうした人材がくすぶらないための議論も並行して深めていく必要がありそうだ。