台湾スタートアップの特徴は、第一にハードウェア+ソリューションにおける技術力。そして、必ずしもIPOを目指さない出口戦略。さらに、主戦場はグローバル市場。日本のスタートアップと比較した場合、この三つの点が台湾スタートアップの特徴を知る上で重要なポイントとなる。
第一の特徴は「ハードウェア技術を活かしたソリューション開発」
国内外も含めてスタートアップにはさまざまなタイプがある。研究開発型のスタートアップ、ウェブサービスやスマホでソリューションを提供するタイプ、そして台湾で多く見られるような既存のハードウェアを活用し、ソリューションを提供するタイプである。
研究開発型とは、たとえばバイオテクノロジーや医療分野などのスタートアップである。基礎研究分野から製品またはソリューションの試作・開発まで、産業の川上に位置し、特定の技術に特化して、時間をかけて地道な取り組みを行っているといったタイプのスタートアップである。
一方、比較的わかりやすいのはウェブサービスやスマホでソリューションを提供するスタートアップで、身近なところではタクシーアプリやレストランやホテルの予約アプリなど、幅広い分野で目にするスマホアプリとクラウドサービスでソリューションを提供するタイプである。
こうした中で台湾スタートアップはハードウウェア+ソリューションとの組み合わせで強みを発揮する。センサー、入力デバイス、通信設備やサーバーなど、これまで培ってきたハードウェアの技術力や製品開発のノウハウがベースにある。この点は大きな特徴と言えるだろう。
これは農業、教育、医療、福祉、介護、健康、観光など、さまざまな領域に及んでいる。また、製造業や防災、警備、消防、危機管理など、さまざまな分野でハードウェア+ソリューションの提案が注目を集めている。自動車分野では車載センサーや車路協調システムなど、自動運転、交通インフラといった分野にまで広がりを見せている。
ハードウェアの技術を最大限活かしたソリューションとは、たとえば、カメラ、各種のセンサー、POSシステムなど入力デバイスによる情報を「集める」領域における技術の応用。さらに収集した情報を効率よく「送る」「貯める」など、通信やサーバーの領域における技術の応用である。
これらは通信モジュールやセットトップボックスの開発、エッジコンピューティング、AIによる情報の解析などハードウェアとの組み合わせが大きな特徴である。そして、こうしたハードウェアをハイスペック、リーズナブルコストで提供するための量産体制を持っていること。さらにグローバル市場向け販売ネットワーク、供給体制を持っていること。この点が台湾スタートアップの大きな強みとなっている。
第二の特徴は「必ずしもIPOを目指さない出口戦略」
台湾スタートアップの特徴として二つめに挙げたいポイントは「出口戦略」である。台湾スタートアップは必ずしもIPO(株式上場)が最優先の目標ではない。むしろ大手ベンダーが持っている世界中に製品を供給してきた販売ネットワークを活用し、最短距離でグローバル市場を目指そうとする。
台湾にはACER(宏碁)やASUS(華碩)のような世界中に製品を供給してきた大手のパソコンベンダーが数多く存在する。また、ブランドメーカーではないが、Wistron(緯創)やPegatron(和碩)のように欧米のブランドメーカーに製品を供給してきた大手EMSベンダーも数多く存在する。
こうした世界中に販売ルートを持っている大手ベンダーとの提携が台湾スタートアップにとって重要な出口戦略の一つになっている。大手ベンダーと組んでグローバル市場におけるビジネス展開を目指すスタートアップは少なくない。
もちろん、IPOに挑戦するスタートアップもある。しかし、IPOやユニコーン企業を目指すより、現実的に台湾大手ベンダーの販売ネットワークとグローバル市場での経験を最大限活用してビジネス展開を考えたほうが極めて現実的だ。
スタートアップの祭典「InnoVEX2022」のピッチコンテスト授賞式の様子。
InnoVEXはアジア最大のITイベントであるCOMPUTEXと同時開催
第三の特徴は「ターゲットは最初からグローバル市場」
スタートアップにとって台湾大手ベンダーがこれまで築いてきたグローバルな販売ネットワークは魅力的だ。大手ベンダーが持っている販売ネットワークを活用することで、一気にグローバルなビジネス展開を可能にすることができる。
一方、台湾大手ベンダーから見ると、スタートアップとの提携は彼らが持つ革新的なアイデアや技術力を自社に取り込む絶好の機会であるとも言える。台湾大手ベンダーのこうした動きが2017年ごろから顕著になり始めた。
高性能のパソコンを、リーズナブルなコストで、世界中に供給する。台湾大手ベンダーにとってこうしたこれまでのようなビジネスモデルは限界を迎えつつあった。世界中でオープンイノベーションが叫ばれ、ビジネスの現場が多様化し、さまざまなソリューションが求められる中で台湾大手ベンダーはビジネスモデルの転換を余儀なくされた。
毎年6月に台北で開催されているCOMPUTEX TAIPEI(コンピュテクス・タイペイ)を見るとその様子が顕著にわかる。パソコンやその周辺機器、タブレット、サーバーといった出展より、第一の特徴として挙げたハードウェア+ソリューションという形の出展が圧倒的に多くなってきた。
台湾大手ベンダーにとっても高い技術力を持つスタートアップは魅力的な存在であり、同時にスタートアップにとっても大手台湾ベンダーが持っている販売ネットワークやグローバルビジネスでの経験は魅力的だ。こうした組み合わせは今後の新しいトレンドを形作る原動力になっていくだろう。
■執筆者プロフィール

吉村 章(ヨシムラ アキラ)
Taipei Computer Association(TCA)東京事務所/ASIA-NET 代表
台湾のITベンダーで組織された業界団体「Taipei Computer Association」の日本業務の責任者として東京に駐在。台湾IT産業の産業情報、企業情報、製品情報を日本語で情報発信を行っている。中小企業の海外進出を支援する「ASIA-NET」の代表も務める。「中国人とうまくつきあう実践テクニック」(総合法令出版)など著書多数。