一筋縄ではいかず
期待と現実にギャップあり
電子カルテの需要拡大を見越して、有力ITベンダーが相次いで医療ITビジネスの強化に乗り出す。一方で、電子カルテなどの診療情報を外部のデータセンター(DC)などに移せないなど制約もあり、一筋縄ではいかないのも事実。需要の波が大きい医療ITビジネスに直面し、業績見通しの下方修正を余儀なくされるベンダーもある。「e-Japan戦略以来の盛り上がり」(大手ITベンダー)と大きな期待を寄せる声も聞こえてくるなか、期待と現実のギャップをどう埋めるのかが課題となる。
再編で医療ITを大幅強化 キヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)は、今年1月、グループ会社のFMSとキヤノンITSの医療IT系のSI部隊を統合。キヤノンITSメディカルとして新スタートを切った。旧FMSは診療所向けの電子カルテの販売に強く、主に富士通製を扱う。キヤノンITSは日本IBMの医療分野における有力ビジネスパートナーであり、この部分を引き継いだことで、大規模病院向けのSI事業も手がけられる実力を備えることとなった。さらに、中小規模向けにはキヤノンITSメディカルが独自でビジネスを展開する方針を示していることから、「診療所から規模の大きい病院まで幅広く手がける」(達脇正雄社長)体制を構築した。
旧FMSは旧藤沢薬品工業系のベンダーで、2006年にキヤノンマーケティングジャパン(MJ)グループに加わった。旧FMSは「富士通の診療所向けの電子カルテの販売ではトップクラス」(同)であり、この頃から医療ITビジネスの拡大に向けた準備を着々と進めてきた。旧FMSとキヤノンITSの旧医療IT部門の売上高の単純合算値は約50億円。向こう数年で売上高の倍増を狙う。電子カルテの普及率の低さや、キヤノンITSグループが着実に医療ITで実績を積んできたことを踏まえて、達脇社長は「年商100億円は十分に射程圏内にある。そのくらいの勝算がなければ、M&Aやグループ再編などやらない」と鼻息が荒い。
IT武器に軟骨再生に進出 富士ソフトも、医療IT分野で積極的に可能性を探っている。筆頭に挙げられるのが、近年注目を集める再生医療分野への進出である。08年12月に、東京大学などの協力によってヒトの軟骨を生産する拠点「細胞プロセッシングセンター」を開設。一人ひとりのDNAが異なることから、再生医療では他人の細胞との取り間違いが許されない徹底した管理体制が求められる。これをICタグと生産管理システムを組み合わせることで個々の軟骨を厳密に管理する仕組みを構築した。薬事法の基準をクリアする目標が2015年とまだ少し先の話になるが、大手SIer自身が本格的な再生医療に進出したのは富士ソフトが初めて。
電子カルテなどの分野は、受託ソフト開発で30年近い実績があるものの、プライム(元請け)での受注を本格的に始めたのは05年頃からと後発。だが、この4年でプライム受注の額をゼロから09年3月期でおよそ13億円まで成長させてきた。
同社では、病院の情報システム部のぜい弱さに着目する。病院は、産業や金融などと異なり、IT化によって売り上げ(診療報酬)や利益が大幅に改善できるわけではない。投資対効果(ROI)が見込みにくく、結果として情報システム部の体制も弱い。この部分を富士ソフトが肩代わりするビジネスプロセス・アウトソーシング(BPO)的な切り口で受注を伸ばしている。自身では電子カルテなどの商材を持たないため、「中立の立場でユーザーにとって最適な商材を選択。さらにアウトソーシングなどのサービスにつなげる」(富士ソフトの木村宏之・ソリューション事業本部長)方針だ。
ASP/SaaS化に困難伴う 介護・福祉事業者向け業務システムの分野でトップクラスのシェアを誇るワイズマンは、2000年頃から電子カルテ領域へ本格参入した。福祉・介護は中小規模の事業所が多いため、ワイズマンは業界に先駆けてシステムのASP(アプリケーションの期間貸し)化を推進。急成長してきた。08年10月には新日鉄ソリューションズの最新鋭のクラウド型データセンター(DC)サービス「absonne(アブソンヌ)」の採用を発表するなど、コスト削減に取り組む。販売チャネルは、直販のほか、大塚商会やキヤノンシステムアンドサポート、リコーグループなど有力ビジネスパートナーを抱えている。
ただ、電子カルテ分野では今年1月、同分野の09年3月期売り上げ見通しがほぼ半減するという下方修正を発表。これまで順調に拡大してきたが、ここへきて、踊り場に差しかかった状態となった。南舘伸和社長は、「電子カルテの市場は大きいが、事業計画と実際の需要動向の時間軸がなかなか合わない」と、普及スピードに波があることに苛立ちを隠さない。また、電子カルテはオーダリングや医事会計など複雑なシステムとリンクすることや、センシティブな個人情報を扱うことから、現時点ではDCなど外部施設へデータを持ち出せない実質的な規制がある。このためワイズマンが得意とするASP/SaaS化のハードルが高いことなどもマイナスに影響する。同社では需要拡大のタイミングを見極めながら、自社製品の改善・改良を地道に行っていくことで商機をものにしようとしている。
連携ネットワークを前面に 医療ITビジネスの難しさは、医療機関自身のIT化への動機づけの弱さにある。医師・看護師不足に直面する医療危機、相次ぐ診療報酬の改定で厳しさを増す病院経営──。「電子カルテどころではない病院も少なくない」(大手ベンダー幹部)のが実状だ。ではどうすればいいのか? 医療ITビジネスで最大のポイントは、IT化によって人手不足が緩和され、経営が改善されるなど、分かりやすい投資対効果を示すことにある。
その答えの一つが、前述の国の方針にも合致する“ネットワーク化”だ。ただし、現時点ではデータの外部持ち出しは難しい。そこでNECが考え出したのが、連携サーバーを仲介させる“情報共有サービス”である。連携サーバーは職員ID、患者ID、データ保管場所情報の3点を関連づけることで、医療機関からデータを持ち出さずに共有できる仕組みだ。病院の負担を軽減するには、全国に約10万ある診療所や、病状が快復したあとのリハビリや介護を担う療養施設と連携を深めるのが効果的だ。こうしたいわゆる“病診連携”は以前から提唱されてきたが、肝心のITを活用した情報共有の仕組みがなかった。
病院と診療所、療養施設で情報を密に共有できれば、検査や診察で二度手間、三度手間が発生せずに済む。また、予防・健康維持は診療所で行い、病院は診療報酬の高いガンや循環器系の治療に経営資源を集中することで収益改善が見込める。NECでは、こうした取り組みを通じて「医療ITビジネスを拡大させる」(齋藤直和・医療ソリューション事業部事業推進部長)。ITを活用した情報共有・連携の投資対効果が高いことを実証していくことで、主力の電子カルテのシェア拡大を目指す。
国の新しい施策などの後押しもあることから、現在約4000億円ある医療ITビジネスの市場規模が、向こう数年の間に5000億円規模まで拡大する可能性があるとNECではみる。「市場の成長率を上回るペースで売り上げを伸ばす」と意気込む。最大のライバルである富士通は、09年3月期の国内医療分野の売上高は900億円前後の見込みだが、2010年度には同1000億円を射程内に入れるなど、こちらも強気だ。
販売系SIerのアプローチ手法 製造や流通業などの中堅・中小企業(SMB)に強い日本ビジネスコンピュター(JBCC)は、5年ほど前に医療機関向け事業を立ち上げた。後発の弱みを補うために、医療機関向け事業に強いISVやSIerとの協業体制を構築した。自社だけでなく他社の力を活用することで、医療市場に割って入ったのだ。約40人体制で専門チームの「医療ソリューション事業部」を組織化、同部署が医療向けビジネスを仕切る。
医療界には、新参ベンダーを受け入れる風土が一般的な民間企業に比べて希薄で、新規参入は敷居が高いと言われる。だが、JBCCの医療ITビジネスは好調だ。「景気後退の影響で金融や製造、流通などの業務向けビジネスは厳しいが、医療向けビジネスはプラス成長を果たしている」(三星義明・理事医療ソリューション事業部事業部長)。これまで約120病院のシステム構築を手がけ、売上高は昨年度(09年3月期)17億円に達した模様だ。来年度に30億円の突破を目指す。
JBCCのターゲットは、ベッド数50~300床の中堅以下病院。診療所も含めた全体の約6割がこの層に位置するという。医療機関のIT化は、「一般的な業種よりも約10年遅れている」(三星事業部長)が、今はIT利用による生産性向上とコスト削減を図る動きがようやく出てきたという。医療機関は経営が厳しく、毎年100病院のペースで減少しているのが実状だ。生き残りをかけてITに活路を見出しており、とくにJBCCがターゲットとする中堅以下病院で活発化してきた。JBCCはこの流れをうまく掴まえたのだ。
JBCCの好調の要因は、まず他社との協業体制にある。多様なニーズを総合的にカバーするために、コンソーシアムを作ったメンバー企業と共同で提案。JBCCはシステムのインフラ系構築に強く、その分野で顧客を増やしてきた。そして、もう一つが営業手法だ。三星事業部長は、「地方の、しかも拠点から1時間半はかかるような場所にある病院を狙えと営業担当者には指示している」と説明する。「辺鄙な場所にある病院は、他社も頻繁に通っていないからサービスレベルに不満を抱えているケースが多い。医療機関は一度選んだIT業者を変更しない傾向が強いが、立地条件が悪い病院は、乗り換えを促進しやすい」とその理由を話している。障壁が高いといわれる医療市場だが、協業体制と、手間を惜しまない姿勢を前面に打ち出して着々と顧客を開拓している。