SIerやユーザーの動きを追う
Amazon軸に目まぐるしく変化 国内クラウドサービスベンダーの最大の天敵は、AWSだ。Amazonの先行を許せば、国内におけるIaaS/PaaS型のクラウドサービスの多くを奪われかねない。AWSの現状や売り手であるSIerの動き、ユーザーニーズなどの要素を踏まえ、目まぐるしく変化するクラウドビジネスの最前線を追った。
AWSをもとに“星取り表”も
AWSが一目置かれる理由として、一つにはグローバル展開していることが挙げられる。二つ目にはIaaS/PaaS型のクラウドサービスで必要な要素をひと通り揃えていることである。
直近のAWSのデータセンター(DC)は東京と北米3か所、南米、シンガポール、西欧の計7か所で、ユーザーがどこにいても、自分の好きなDCをオンラインで選べるようになっている。さらに仔細にみると、1リージョン(地域)のなかでも複数のDCに分けた冗長化を実施。リージョン内のどこかのDCに物理的な障害が起きても、すぐに同一リージョンの他のDCでバックアップできる仕組みだ。
残念ながら、国内の一般的なクラウドサービスベンダーの多くはドメスティックな仕様になっており、「将来の拡張性を考えるとAWSを選択せざるを得ない」(大手SIer幹部)という声も聞こえてくる。ユーザーがアジア市場や欧米市場へ進出する際にも対応できる拡張性をクラウドに求められたとき、これに応じられるのはAWSなどのグローバルクラウドベンダーしかないという現実があり、SIerは将来に向けた拡張性を担保するという意味でもAWSを選ぶケースが依然として多い。
また、AWSは、仮想サーバーの「EC2」、ストレージの「S3」、データベース「RDS」の三大インフラの上に、ロードバランサーやオートスケーリング(自動拡張)、モニタリング(監視)、認証課金、VPN接続、各種APIの公開といった、クラウド系のサービスに必要な機能をひと通り揃えているのが強みだ。ユーザーはAWSの機能をベースに“星取り表”をつくって、他社クラウドと比較するとまでいわれているほとで、多くのSIerはこぞってAWSを研究し、顧客の要望に応えようとしている。
SIerは本来的にシステム構築(SI)サービスを本業としているので、ハードウェアにはこだわりが薄かった。一般的なSIerからみれば、これまで仕入れて販売していたサーバーやストレージがAWSに変わっただけで、本来業務であるSIサービスは変わらない。むしろ、新しいプラットフォームで、かつ「見方によっては技術的にクセのある」(前出の大手SIer幹部)というAWSに精通していなければ、SIサービスビジネスそのものが揺らぐ恐れさえある。
“中国問題”を逆手にとる
ITホールディングスグループのTISは、AWSの初期からのビジネスパートナーであり、サービスメニューの「TISクラウドインテグレーションサービス for AWS」を今年2月に整備した。ユーザー企業がアジア市場に相次いで進出している現状を踏まえて、AWS向けのサービスメニューを強化。事業を展開したい地域のDCへすばやくシステムを移動してネットワークの遅延を抑えたりするなど、拡張性にすぐれたシステム構築サービスなどを柱としている。
ただ、AWSも完璧ではない。大きなネックの一つが“中国問題”である。アジアの最大市場である中国では、GoogleやFacebook、Twitterといった海外のサービスが一部制限されており、自由に使うことは難しい。Amazonのサービスもその制限に含まれており、「うちだけでなく、どうしようもない」(アマゾンデータサービスジャパンの玉川憲エバンジェリスト)と肩を落とす。AWSにとっては不都合なことではあるものの、裏を返せば、この“中国問題”は、SIerにとってビジネスチャンスとなり得る可能性がある。
TISはアジア最大の有望市場である中国でAWSが十分な威力を発揮できないことを受けて、中国・天津で運営している自社DCに、TISが自前で開発したクラウドサービス「TIS Enterprise Ondemand Service(T.E.O.S.)」を順次移植する作業を進めている。天津DCではスパコンメーカーとして有名な曙光信息産業と組んでクラウドサービス「翔雲」をスタートしており、これと「T.E.O.S.」とを連携したうえで、さらにAWSとも連携させる。こうしたクラウドインテグレーションを行うことで中国問題を解決し、「グローバル規模での独自のクラウドサービスを展開していく」(TISの内藤稔・プラットフォームサービス推進部主査)という構想を実現しようとしている。
[次のページ]