「ITはプロに任せる」
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名豊興運 筧浩司取締役 |
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港北出版印刷 沼尾義雄部長 |
では、ユーザー企業はクラウドサービスをどのようにみているのか。愛知県の物流・倉庫業の名豊興運は、自社の倉庫管理システムに日立製作所の「Sherpa/倉庫管理クラウドソリューション」を採用した。これまでは運送事業に主軸を置いていたこともあって、自社で本格的な倉庫管理システムを導入するのは、今回が実質初めて。サーバーをはじめとするIT機材を自社で導入する選択肢もあったが、「事業継続計画(BCP)の観点に立てば、信頼できるベンダーに運営してもらったほうがいい」(名豊興運の筧浩司取締役)として2011年7月、日立製作所が開発・運営するクラウドサービス型の倉庫管理システムの導入に踏み切った。
専門書や帳票、マニュアルなどの出版印刷を手がける港北出版印刷は、金融系大手ユーザー企業向けに電子ブックサービスを2011年5月から始めた。デジタル化の進展でカタログや帳票を印刷する需要が伸び悩むなか、港北出版印刷は自社で電子ブックサービスに踏み出すことを決意。カタログや帳票を電子化して活用してもらうサービスだが、出版印刷が本業である同社は、これらサービスにかかる情報インフラをほとんどもっていなかったため、KDDIウェブコミュニケーションズの専用サーバーサービスを採用した。
港北出版印刷の沼尾義雄・デジタルコンテンツ部長は、「自社でIT機器を導入して管理することは、当初から頭になかった。電子ブックサービスが当社の主戦場であり、IT機器の管理はプロに任せるべき」と話す。今はまだ特定顧客向けのサービスだが、今後複数顧客へと横展開していく段階でコンテンツや処理能力の増減が大きく振れるようなら、「クラウド型サービスの活用も視野に入れる」(沼尾部長)と、少なくとも自社でIT機器を購入・運用する考えはない。
手堅い利益を獲得
ユーザーのこうした考え方の変化は、SIerやITベンダーにとって大きなビジネスチャンスとなる。クラウド化が進むことで、確かにIT機器やAWSに実装されているような基盤系のソフトウェアは売れにくくなる。だが、Visual Basic(VB)とOracleで組まれたクライアント/サーバー時代の遺物ともいえるシステムや、10年超えのNotesアプリケーションが、「ユーザーの手元にはまだ山のようにある」(サイオステクノロジーの栗原傑享執行役員)状況にあって、レガシーシステムをクラウドにマイグレーションする需要はこれからが本番だとみる。名豊興運や港北出版印刷は、新規システムの導入の事例だが、クラウドへのマイグレーション需要まで含めれば、大きな市場が広がっているというわけだ。

冷凍・冷蔵設備が整った名豊興運の最新鋭の倉庫。倉庫と保冷車を接続する気密性の高いバースは計31か所あり、一度に多くの保冷車が接車できる
もう一つ見逃せないのが、クラウドビジネスの収益モデルの手堅さである。クラウドシステムは提供するリソースに応じて、薄く広く利益を乗せることが可能であり、従来型の受託ソフト開発やパッケージメニュー単位で売れるホスティングサービスのように、まとまった収益は期待しにくい。しかし、GMOクラウドの青山満社長は「クラウドサービスそのもので赤字になることはまずない」と言い切る。クラウドインテグレーションを手がけるサイオスの栗原執行役員も、「薄利ではあっても、クラウドビジネスは必ず利益が出るモデル」と、手応えを感じている。
TISのように国内外の自社DCとAWSなどを巧みに連携させてユーザー企業のアジア太平洋全域をカバーする大規模なクラウドビジネスから、VBや10年もののNotesアプリのマイグレーション、中堅・中小ユーザー企業の新規ビジネスのクラウドへの誘導に至るまで、クラウドを巡る商材には事欠かない。クラウドサービス単体では利幅は薄いかもしれないが、こうした変化は新規顧客の開拓や既存顧客の活性化に大きなチャンスをもたらす。これを機に顧客ベースを増やし、さまざまなクラウドベンダーと連携したビジネスへとステップアップすることが将来を見越した事業拡大へとつながる。
Epilogue
二番手の厳しい現実
「競合」ではなく「連携」を
AWSに正面から競合するようなクラウドサービスを打ち出しても、現実的には勝てるかどうかの判断が難しい。インターネットビジネスの経験則からすれば、いったんその分野でトップを獲れば、二番手以降は存続すら危ぶまれるケースが多いからだ。GoogleやSalesforceといった大手ベンダーでも、前者は検索エンジン技術に裏づけられた電子メールやスケジュール管理など独自の路線を進み、後者は営業支援システムで独自性を打ち出すなど、微妙に棲み分けている。
国内のクラウドプレイヤーであれば、例えば世界大手のクラウドサービスベンダーが攻めあぐねている中国への対応を強化したり、販売パートナーであるSIerへの支援施策をとりわけ手厚くするといった新機軸が、クラウドビジネスでシェアを高めていくうえで欠かせない要素となろう。
すでにトップを走っているAWSをはじめとする大手ベンダーや有力SIerとは、「競合」するのではなく、むしろ「連携」してお互いのビジネスを伸ばしていくことが得策と思える。