中小企業CIOの挑戦
システム刷新を一人で成功に導く
事業縮小でシステム担当者が退職 経理担当者が、突然、情報システム部門も任されてCIOに……。四苦八苦しながらも、大規模なシステム刷新プロジェクトを成功に導いたケースがある。それを仕切ったCIOは、茨城県つくばみらい市の磯野製作所にいる。
磯野製作所は、自動車や精密機器に使う部品などを開発・製造するメーカーで、2011年に設立60周年を迎えた。工場を本社近隣と福島県二本松市の2か所に置き、約130人の従業員を抱えている。
部品の開発・製造のなかでも、「切削」を得意にしているが、以前は「成型」や「金型製作」「組立」といった業務も手がけていた。最盛期には、七つもの工場を設置していたという。しかし、10年ほど前から受注が減り、厳しい状況に陥って、4年ほど前に再び「切削」業務に集中する方針を打ち出した。工場の閉鎖とともに、縮小したのが情報システムだった。そこで、経理担当者だった荒井貞行マネージャーが、システムの刷新プロジェクトを担当することになる。
「事業縮小とともに、その当時いたシステム担当者が辞めた。経理業務でコンピュータに触れる機会が多かった私に、プロジェクトをまとめろという指示が出た」。荒井マネージャーは、当時を振り返ってこう話している。
システムをフルアウトソーシング  |
| 磯野製作所のCIOである荒井貞行マネージャー。元は経理業務の専任担当者だった |
磯野製作所は、古くからの日本IBM製品のユーザーで、オフコン「AS/400」を20年以上愛用していた。メインとなるITベンダーもいて、日本IBMのビジネスパートナーが磯野製作所のシステム運用を支えていた。
今回のシステム再構築プロジェクトで主なポイントになったのは、業容拡大で肥大化した生産管理システムの刷新と、各工場と本社をつなぎあわせていたネットワークの見直しによるコスト削減だった。荒井マネージャーは、古くからつき合いのある、日本IBMのビジネスパートナーに相談した。そして、CADソフトのライセンス販売だけで取引のあった大塚商会の営業担当者にも、悩みを打ち明ける。2社から提案してもらい、最終決定する方法を取った。
決定するまでのプロセスで荒井マネージャーがとったユニークな手法が、2社のプレゼンテーションの場に、経営者やマネージャー、現場スタッフなど異なる役職の従業員と、製造や営業担当者など、さまざまな職種の従業員を10人集めて、参加させたことだった。「私だけが使うシステムではないので、多くの人の意見を聞いて決めたかった」と荒井マネージャーは話している。
2社の提案は、「偶然にもほぼ同じ内容で、価格も同等だった」が、プレゼンの内容を聞いた10人のうち9人が大塚商会を選んだという。荒井マネージャーは、「ほかのみんながどのようなポイントで大塚商会を選んだのか、詳しい部分はわからない。私が大塚商会を選んだのは、同じ目線で話をしてくれること。『中小企業の現状を把握している。私の立場と気持ちを理解してくれている』と感じたことが大きなポイントだった」。
このシステム刷新は、極めて大規模なものだった。「AS/400」に変わるシステムをx86サーバーで構築し、自社固有の生産管理ソフトを捨て、OSKの生産管理パッケージ「遉(さすが)」を新たに導入。自社運用をやめて、システムをすべて大塚商会のデータセンターに預けている。端末にはシンクライアントも導入した。かなりの投資になったが、「既存システムの運用と、システム管理者を社内に置いていた時に比べたら、安い」と荒井マネージャーは語っている。
「お世辞を言いたくはないが、大塚商会抜きでは、成功しなかったと思う。いろいろな要望はあるが、大塚商会の提案を選んだことに100%満足している」。IT製品・サービスの売り込みではなく、同じ目線で解決策(ソリューション)を提案した大塚商会を高く評価し、貴重なパートナーであることを強調した。

磯野製作所の本社ビル・工場と荒井マネージャーのオフィス環境。数台のデスクが周りにあるが、情報システム担当者は一人。隣りは社長と副社長のデスクだ
ITベンダーが果たす役割
真のワンストップパートナーに
松永建設の須釜課長と磯野製作所の荒井マネージャーに、ITベンダーに求めることをたずねると、頻繁に口にしたのは「ワンストップ」という言葉だった。松永建設の須釜課長は、「どの製品であってもシステム全体をまるごと面倒みてくれる会社がありがたい」と言う。荒井マネージャーは「可能であれば、すぐにトラブルが起きる面倒なITなんて、使いたくはない。しかし、今はIT化しないと仕事にならないから、仕方なく使っているだけ。トラブル対応は本当に大変で、何かあった時に『たらい回し』にしない会社がベスト」と話す。
ともに言っていることは同じで、複数の機器とサービスで構成されていても、「一つの窓口に問い合わせれば、解決してくれる」というベンダーを求めているわけだ。ノークリサーチの伊嶋社長は、「中小企業の情報システム部門が求めているのは、『ヘルプデスク』。トラブルが起きた時に、すぐに解決してくれるヘルプデスクのような存在を欲しがっている」。システムの維持と運用を支援するサービスは、中小企業には喜んで受け入れられるだろう。
また、独立行政法人中小企業基盤整備機構の業務統括役(兼)情報システム基盤センター長(兼)CIOを務める畑幸宏氏は言う。「海外諸国に比べて日本の中小企業のIT化は、確かに遅れている。技術に明るく率先してIT化をリードする人がいないから当然だ。しかし、だからこそITベンダーの入り込む余地があるということ」と強調。むしろビジネスチャンスであると説く。
須釜課長は、「私が求めているITベンダーは、私が要望したことに何の付加価値もないかたちで提案する“御用聞き”ではない。価格もITベンダーを選ぶ大切な判断基準ではあるが、私には思いつかないアイデアで新しいソリューションを提供してくれる企業には、高価でも稟議をあげる」とITベンダーに期待している。