大きく変化をしつつある情報サービス市場で、主要SIerはビジネスモデルの変革を積極的に推し進めている。2012年を振り返り、成果を上げた点、いまだ道半ばである点はどこか、何がネックになっているのかを検証した。(取材・文/安藤章司 データ作成/真鍋 武)
資本集約型へシフト
再編や海外展開は遅れ気味
情報サービス業界にとっての2012年は、資本集約型のビジネスモデルにより一段とシフトした年だった。有力SIerは巨費を投じたデータセンター(DC)を首都圏に相次いで竣工し、関西地区においてもBCP(事業継続計画)やDR(災害復旧)の観点からDCを拡充するSIerが相次いだ。一方、中堅・中小SIerの再編は遅れ気味で、一部のトップグループに属するSIerを除けば、海外市場における実績づくりは積み残した課題といえそうだ。
●DCの整備は大きく進展 2012年、情報サービス業界におけるDCの整備は長足の進歩を遂げた。クラウド/SaaS方式によるサービス型ビジネスへの対応を促進するには、DC基盤の整備が不可欠。首都圏の主要SIerだけをみても、ラック換算で野村総合研究所(NRI)の約2500ラック、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の約2300ラック、新日鉄住金ソリューションズの約1300ラックと、2012年だけで計6000ラック超の大規模な設備投資となった。
今年竣工なった最新鋭の第3世代DCは、ラックあたりの標準電源が6kVA余りで、第2世代の古いDCに比べておよそ3倍。電力供給量が多ければ多いほどIT機器の集積度を高められるので、3倍以上の処理能力を発揮できる計算だ。つまり、第3世代DCの6000ラックは、第2世代に換算すると単純計算で1万8000ラック相当の処理能力を発揮することになり、2000ラック相当の第2世代大型DCの処理能力換算で実に9施設分という規模になる。主要SIerがこれだけの先行投資を行う理由は、クラウドコンピューティングに代表される、高集積で安価な情報サービスを提供することによって、国内情報サービス市場でのシェア拡大を狙うことにある。
2012年の情報サービス業界を総括するにあたって、この異例といえるほどの大規模な先行的な設備投資は特筆すべきだ。業界に先駆けて国内外で第3世代DCを開設してきたITホールディングスの前西規夫副社長が「情報サービスビジネスはますます先行投資型、資本集約型のビジネスモデルにシフトしている」と話すように、クラウド環境にネイティブ対応したDCへの投資は、SIerのクラウドを軸としたサービスビジネスへのシフトが、もはや「構想レベル」の話ではなく、現実のビジネスとして本格的に拡大しつつあることを示している。
NRIで金融事業を担当する石橋慶一専務は、「自社の第3世代DCを活用した金融業界向けITアウトソーシング『金融クラウド』サービスでは、ユーザーのIT基盤にかかるコストを4割削減できる」と、このサービスのメインターゲットである金融業界のユーザーにアピールする。
見方を変えれば、投資余地が限られる中堅・中小のSIerは、大手SIerの規模のメリットを前面に打ち出した攻勢を前に、難しい舵取りを求められる局面にぶつかりそうだ。
●年率1~2%成長を期待
DTS
西田公一社長 クラウド対応の強化は、情報サービス業界が2012年に成し遂げた成果の一つであるが、課題として残ったのは、将来に向けた成長戦略がまだ十分に描き切れていない点である。足下の国内情報サービス市場をみると、2011年度の下半期以降、回復基調で推移している。経済産業省の特定サービス産業動態統計調査をもとに情報サービス産業協会(JISA)がまとめた「国内情報サービス業売上高の前年同月比推移」(図1)によれば、2011年10月以降、1年余りにわたって緩やかながらも市場は確実に好転している。IT調査会社のガートナーの予測でも2015年までは年率1~2%の成長が見込めるという。

首都圏コンピュータ技術者
齋藤光仁社長 とくに金融分野では、みずほフィナンシャルグループの次期基幹業務システムの構築プロジェクトがスタートするなど、底堅いものがある。金融分野に強い大手SIerのDTSは「大きな山が動いた」(西田公一社長)と表現するほど、金融分野におけるビジネス活性化のインパクトがある。約2000人の個人事業主から構成されるSIerの首都圏コンピュータ技術者(MCEA)は、開発・運用人員の稼働率の向上によって昨年度(2012年8月期)通期で増収増益を達成。MCEAの齋藤光仁社長は「一部で人材の不足感も強まっている」といい、人材の確保と育成が当面の課題だと話す。リーマン・ショック以降、人員過剰に苦しんできた情報サービス業界だが、ここへきて解消に向かっていることを示している。

TIS
桑野徹社長 一方で、今後の3年を見通したとき、持続的な成長が見込めるかといえば、「楽観はできない」(ITホールディングスグループTISの桑野徹社長)と、依然として不透明な状況にあるとみる。市場の伸びと同程度の成長では、しょせんは1~2%の成長でしかないわけで、国内市場が再びダウントレンドの局面に入ったときのマイナス影響は避けられない。DTSの西田社長は、「成長をより確実にしていくためには、国内シェアの拡大とM&A(合併と買収)、グローバル展開が必要」と、三つのポイントを挙げる。
つまり、M&Aによって国内における業界再編を通じたシェア拡大、海外では地場有力SIerのグループ化で足場づくりを進めるべきだという見方だが、2012年だけをみると、国内の業界再編は限定的で、海外でのM&Aも業界トップのNTTデータやNRIなどを除いて大きな動きはみられなかった。海外M&Aは円高のほうが有利に働くことから、NTTデータはこの円高の局面を最大限活用して欧米でのM&Aを積極的に進めてきた。国内業界再編については、NTTデータが今年3月に日本電子計算(JIP)をグループ化したり、兼松エレクトロニクスが11月に日本オフィス・システム(NOS)を連結子会社化するなどの動きはあるものの、依然として限定的といわざるを得ない。

日本オフィス・システム
尾嶋直哉社長 ●業界再編は依然道半ば NTTデータは、金融分野でも強みを発揮するSIerではあるものの、証券業の分野ではライバルのNRIに比べて弱かった。証券業に強みをもつJIPをグループ化することで弱点を補う。商社系の兼松エレクトロニクスは業務アプリケーション開発に強いNOSを連結子会社化することで、業務アプリケーションの補強を図るとともに、年商100億円規模のNOSでは難しかったグローバルサポートの面で、「海外ビジネスの経験が豊富な兼松グループの一員として連携を図る」(NOSの尾嶋直哉社長)ことで足がかりを掴む考えだ。

日立ソリューションズ
林雅博社長 個々のSIerでみると、DCを活用したクラウド/SaaS方式によるサービス型ビジネスへのシフトや、M&Aによる業界再編を通じて成長することは十分に可能だが、国内情報サービス市場全体でみると、伸びしろは限られている。全体のパイが大きくならない以上、再編によって成長を持続することが求められる。
日立ソリューションズは、今年3月、上場会社だった日立ビジネスソリューションを完全子会社化し、さらに、4月には仙台と広島、福岡の地域SI会社3社をグループ傘下に組み入れるなど、再編を急ピッチで進めている。日立ソリューションズ自身も2010年に日立系大手SIer2社が合併して発足したSIerであり、日立製作所グループの情報・通信システム事業における中核グループ会社として、「グループ経営を最適化していく」(日立ソリューションズの林雅博社長)という観点から、グループ体制の強化を推し進める。
図2はガートナーが調べた国内システム構築・実装分野における市場シェアだが、大手寡占が進んでいることが読み取れる。内訳はパッケージソフトの活用が約6割、従来型の手組みによるカスタムアプリケーションの受託開発が約3割、クラウド/SaaS方式によるサービス型のシステム開発が約1割で、今後はクラウド/SaaS方式の比率が増えていくものとみられる。サービス型の構成比が増えれば、当然、これを支えるデータセンター設備への先行投資が求められる構図が浮かび上がってくる。
市場全体は緩やかに伸びることが期待されてはいるものの、一方で、個々のSIerからみるビジネス環境は、グループ経営の総合力が求められることに間違いはない。市場の伸びの2~3倍で売り上げを伸ばすSIerが増える一方で、経営体力が限られているためにアップトレンドを掴みきれず、業績が伸び悩むSIerが増えることも懸念される。こうした市場の要求に耐えられる再編がより一段と進むのは、2013年度以降に持ち越されることになりそうだ。
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