アベノミクス効果でSIerのビジネスがにわかに活気づいてきた。国内は「日本再興戦略」や「マイナンバー制度」が動き出し、海外は「中国/ASEAN」ビジネスの深耕が進む。しかし、中国の地場向けITビジネスは依然として厳しく、再興戦略やマイナンバーも緒についたばかり。成長路線はこのまま持続するのか。国内SIerの将来像を探った。(取材・文/安藤章司 データ作成/真鍋 武)
住基ネットの失敗は繰り返さない

JISA
浜口友一会長 「ようやくITらしい政策が出てきた」と満足げに話すのは、情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長(NTTデータシニアアドバイザー)だ。安倍政権の「三本の矢(アベノミクス)」の一つとして、この6月に打ち出された「日本再興戦略─JAPAN is BACK─」アクションプランのなかに、「世界最高水準のIT社会の実現」や「医療関連産業の活性化」が含まれていることや、「社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)」が、ITシステムとしては、早ければ2015年中にも稼働を始めることを受けての発言である。
国内の民需・産業セグメントのIT投資が依然として厳しい状態にあるなか、ようやく国が重い腰を上げたかたちで、「JISAとしても国の政策に全面的に協力して取り組んでいく」(浜口会長)と、なかばしびれを切らしていただけに期待を膨らませる。浜口会長はマイナンバー制度について、「住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)の失敗は繰り返さない」と言い切る。単なる役所の業務効率の改善だけでなく、「一般市民、ユーザーに『ものすごく便利になった』と実感してもらえるサービスの実現」に向けて、JISAとして提言し、提案活動を一段と活発化しようとしている。
国が打ち出すIT関連施策は、情報サービス業全体にとって、成長への起爆剤になる。それだけに、「起爆」だけで終わらせることなく、本格的な「市場の拡大」へとつながるよう、官民挙げて政策を推進していくことを浜口会長は重視している。
例えば、「マイナンバー制度」が年金や税金だけに閉じたシステムになるのではなく、民間でも広く活用できるようになれば、その波及効果は大きい。医療ITの分野で進む「地域医療連携ネットワークシステム」にしても、ただ単に「診察券が1枚で済みます」というだけでなく、個々人の健康管理に向けた民間の多様なサービスを利用できてこそ利便性が高まる。ITビジネスでみれば、民間へのすそ野が広がることでビジネスチャンスが増える。
かつてのITベンダーは「つくるだけ」だった
SIerのビジネス領域を、国内と海外、イノベーションによる新規領域の大きく三つに分けて考えてみよう。国内情報サービス産業約1万7000社、91万人規模の雇用を念頭に置くと、海外ビジネスは当然ながら国内での雇用創出効果は限定的で、イノベーションも米国のベンチャー企業のようにはいかないのが実際のところだ。
今の国内情報サービス業界の状況からみて、最も現実的なのは、国の大きな施策の柱としてIT戦略を位置づけ、官民挙げて取り組んでいく仕組みをつくることだ。JISAの浜口会長が「ようやくITらしい政策が出てきた」と期待を込めるのは、まさに国の政策の大きな潮流に乗ることで成長への糸口をつかむことにある。
ITはオープンであればあるほど、あるいはユーザーが増えれば増えるほど、ビジネスのすそ野が広がる。住基ネットの失敗は、ひと言で言えば、発注者である省庁や自治体が制度を設計し、ITベンダーは仕様書に基づいて唯々諾々とつくるだけであったことにある。発注者が「考える人」でITベンダーは「つくる人」と乖離していたため、ITベンダーの存在感は希薄で、結果としてサービスを利用する最終ユーザーである「市民」の利便性は蚊帳の外に置かれてしまった。
「マイナンバー制度」では、最終ユーザーである「市民」の利便性を第一に、ITベンダーも発注者とともに考え、最終ユーザーがほんとうに「便利になった」と思える仕組みをつくらなければ、ビジネスとしてのすそ野も広がらない。現時点でそのような体制になっているかといえば、残念ながら「住基ネットの失敗」がデジャブのように脳裏に浮かぶというしかない。
海外にしても、「日本再興戦略」のなかで「日・ASEAN 友好協力40周年の節目」と謳われているように、国としてもASEANとの連携を積極的に進めている。一方、オフショアソフト開発などで日本の情報サービス業と最もつながりの深い中国との関係は、ぎくしゃくしたまま。JISAと中国の情報サービス業界団体の中国軟件行業協会(CSIA)が中心となって毎年開催してきた「日中情報サービス産業懇談会」も、2012年は尖閣諸島を巡る政治摩擦のあおりで中止を余儀なくされた。今年の再開に向けて「ぎりぎりの交渉を進めている」(JISA幹部)というが、「日中首脳会談が開かれるまでは厳しい」(別のJISA幹部)という声も聞こえてくる。以下、SIerが展開する海外ビジネスを中心にレポートする。
アジアビジネスに異変! ASEANで合弁やM&Aが相次ぐ
情報サービス業にとっても国内市場の成熟化の影響は避けがたいものがある。マイナンバー制度や医療などの公共系や、メガバンクのシステム更改など、一部の成長余地はあるものの、総じて大きく伸びるとはいい難い。ITのユーザー企業でも成熟度が増す国内市場だけをみるのではなく、世界やアジア全体の市場を視野に入れたIT戦略を重視する傾向がみられる。
欧米外資ユーザーへの売り上げ3倍へ

NTTデータ中国
神田文男
中国総代表 主要SIerのアジアビジネスに大きな変化が起きている。まず、日系SIerが早い段階で進出した中国では、中国地場のSI案件の受注が伸び悩む一方、日系ユーザー企業や欧米外資ユーザー企業からの受注は堅調に推移。SIer最大手のNTTデータは、中国における欧米外資ユーザー向けの今年度(2013年1~12月期)の売り上げ見通しは、「前年度比で3倍の勢いで伸びている」(NTTデータ中国の神田文男中国総代表)ことを明らかにしている。ITホールディングスグループのTISも日系ユーザー企業向けのビジネスがけん引するかたちで「今年度は前年度比2割ほど売り上げが増える見込み」(TIS北京代表処の宮下昌平首席代表)だという。
NTTデータは、グループの欧州法人の有力顧客のなかに欧州系自動車メーカーが含まれており、こうした顧客が中国でのIT投資を増やしていることが、結果的にNTTデータ中国法人の売り上げ拡大に大きく貢献している。NTTデータ欧州法人やオフショアソフト開発先のNTTデータインド法人の技術者も中国に結集しており、「世界のグループ会社の連携によって、これまで受注できなかったような欧米外資ユーザーの受注が急増中」(神田中国総代表)と、顔をほころばせる。

TIS北京代表処
宮下昌平
首席代表 TISは、日系の金融業ユーザー向けのビジネスが好調で、「上海を中心に日系ユーザー企業のIT投資はこれからも増加が見込まれる。上海地区では向こう3年で売り上げを倍増させる」(宮下首席代表)と、鼻息が荒い。日系の自動車メーカーをはじめとする製造業ユーザーは、中国ビジネスが好調とはいえないまでも、着実に回復しつつある。日系ユーザー全体をみるとIT投資は着実に続いており、「中国で新しいことにチャレンジしようという動きが活発化している」とみる。
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