2020年の東京五輪開催が決まり、高い経済効果を期待する声が各方面から聞こえてくる。IT産業も間違いなく恩恵を受けるだろう。ただし、受託型のソフト開発など、経済環境がよくても縮小は否めない分野もある。オリンピックイヤーのITビジネスはどんな姿になるのだろうか。専門家の観測をもとに未来図を描いた。(取材・文/木村剛士・本多和幸・谷畑良胤)
「失われた20年」からの反転攻勢
「失われた20年」──。なんとうんざりする響きだろう。バブル崩壊後の日本経済は、新興国の急速な成長との相対的な比較も相まって、停滞の色合いを年々濃くしてきた。しかし、2020年の東京五輪開催決定は、日本が反転攻勢し、新しい時代の成長モデルを展開していくためのマイルストーンとなるポテンシャルをもつ。
東京都によれば、東京五輪の経済効果は約3兆円。これだけでも、IT産業を含む経済界の期待は高まるが、加えて、今年発表された政府の新たなIT戦略「世界最先端IT国家創造宣言」も、達成目標年は2020年。まさに、東京五輪という国家的イベントに向けて、ITで日本という国の有り様を進化させ、新たな成長のスキームに移行するという、コンセンサスが形成されたといえそうだ。
こうした事情から、IT産業界のプレーヤーにとっては、千載一遇のビジネスチャンスが巡ってくるとみられる。現に、東京五輪の開催決定以降、多くの関係者が同様の期待を口にする。しかし、ここでいったん立ち止まってよく考えてみよう。「具体的に、わが社にはどんなビジネスチャンスがあって、成長のためのどんな案件を手がけることできるようになるのだろうか」。この疑問に対する明確な答えは、当然、まだ誰ももち得ていない。ムードに浮かれることなく、冷静に将来を展望しようとしても、2020年というのは、ITの分野では少し遠すぎる未来だ。
そんなときは、スペシャリストの力を借りよう。『週刊BCN』では、毎号「視点」というオピニオン欄を設け、識者の意見を寄せてもらっている。この特集では、「視点」執筆陣に、「モバイル&クラウド」「システムインテグレーション(SI)」「IT人材」「地方のIT産業」「ITサービス」という5項目のテーマで、2020年のIT産業の姿を展望してもらった。
「モバイル&クラウド」はこう変わる!
ビジネスパーソンは今より多くのIT機器を持ち歩く
デロイトトーマツコンサルティング
パートナー
八子知礼 氏 1971年生まれ。松下電工(現・パナソニック電工)や外資系コンサルティング会社などを経て現職。IT関連の新規事業戦略立案などを手がける経営コンサルタント。執筆、講演活動にも精力的に取り組み、講演は、IT関連のイベントなどで年間40回は行う
モバイルデバイスに強い八子知礼氏が描く2020年の姿はどんなものか。モバイルデバイスは「今はスマートフォンが何でもこなしている。今後はそのスマートフォンが機能ごとに細分化されて、複数のデバイスが生まれる。デジタルペンを使った文字、音声やジェスチャーを感知するなどして情報をデバイスに伝達する『入力機器』、映像や画像を表示する『出力機器』、この二つをコントロールする『制御機器』の三つに分かれて、それぞれが進化する」という予想だ。そうなれば、「2020年のビジネスマンは、今よりも多くのモバイルデバイスを持ち歩くようになる」と八子氏はみる。
そして、クラウド。「情報システムのインフラ(基盤)は、かなりの部分がクラウドになり大半が仮想化されている。アプリケーションの領域でもクラウドは着実に浸透し、企業が使うアプリケーションの半分はSaaSになっている」と予想する。
小型化された複数のモバイルデバイスから、クラウドにあるアプリケーションやデータを呼び出して利用する──。そんな世界が2020年のメインストリームというわけだ。
東京五輪が開催されることによるIT産業の隆盛は「確実にある」ときっぱり。「五輪開催直前の3年間、2017~2019年は前年比5~10%増で国内のIT産業は成長を続ける可能性がある」と期待を込めて話している。他の先進国に比べて整備されていない公衆Wi-Fi網の整備など、社会インフラのIT化を進めるためのスマートシティ需要がIT産業をけん引するという見立てだ。
2020年に引く手あまたのIT人材としては「データサイエンティストの進化系」とみる。センサが自動収集するデータなど、人間が生成しないデータが増えて、ビッグデータはもっとビッグになる。データを分析してそれを業務の改善に生かすことができる人材をどの企業もほしがる。分析だけでなく業務に生かすことができる提案を行うかどうかがポイント」と話している。

2020年、勝ち組ビジネスパーソンが装備するデバイス
出典:デロイトトーマツコンサルティン「SI」はこう変わる!
ウォーターフォール型の開発は消滅する
ネットコマース
代表取締役
斎藤昌義 氏 1958年生まれ。日本IBMで営業を担当した後、アウトドアショップの経営を経験したのちネットコマースを設立し代表取締役に就任。ユーザー企業には適切なITソリューションの選び方を提案し、ITベンダーには効果的な営業手法などをトレーニングする
「システムを一から開発するウォーターフォール型のプロジェクトはなくなる」──。ネットコマース代表取締役の斎藤昌義氏は、未来をこう語る。
単純なプログラムの生成は、人件費の安い海外に任せるITベンダーやユーザー企業が増えて、日本のSIerやソフト開発会社に任せる仕事が減る。そして、クラウドの定着が既存ビジネスを破壊する。「ユーザーはクラウドを使うことで、システムを迅速・簡単に利用することができるようになった。クラウドは、SIerがこれまで請け負っていた仕事を奪うので、従来型のSIに固執していたら、SIerの従業員は減るだろう」と厳しい意見を口にする。
そのうえで、斎藤氏はこう考えている。「システムをインテグレーションする」のではなく「クラウドをインテグレーションするサービスにチャンスがある」。複数の異なるクラウドを利用するユーザー企業が増え、利用や管理に課題を抱くケースが増加する。異なるクラウドサ―ビスを、あたかも一つのサービスで利用できるようにインテグレーションするサービスが、今後は伸びるだろうという予測だ。斎藤氏はクラウドサービスベンダーを3つに区分しているが、クラウドインテグレータはSIerが最も手がけやすい分野だとみている。
そうしたクラウドインテグレータになるためには、「アジャイル開発やオープンソースソフトウェア(OSS)を活用した開発技術のレベルアップと、ビジネスモデルの転換が欠かせない」と説く。「新しい技術をキャッチアップすることに、もっと貪欲になって、長期間のプロジェクトで大金を稼ぐビジネスモデルから脱しなければならない。簡単なことではないが、やらなければ生き残りは難しいだろう。技術者も単純にシステムをつくることができればいいわけではない。ユーザーの業務を知らなくてはいけなくなる」と未来に求められる人材のイメージを話す。
一見すると、IT産業の先行きは暗いと感じさせるコメントが多い斎藤氏だが、「国内IT市場は拡大する」とみる。「既存のビジネスは減る。ただ、ITの活用範囲は広がり新しい技術を生かした安価なサービスはきっと受け入れられる」と話した。

斎藤氏の考えるクラウドプレイヤー
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