海外での対日オフショアソフト開発が岐路に立たされている。円安傾向が続くとともに、対日オフショア開発のおよそ8割(金額ベース)を占める中国の人件費が高騰。単純に日中のコスト差のみを当てにしたオフショアソフト開発は、すでに間尺に合わなくなっている。主要SIerは新たな発注先を模索すると同時に、「オフショアソフト開発そのもののあり方、存在意義」を定義し直す根本的な開発体制の転換も視野に入れている。(取材・文/安藤章司)
2年ほど前からの既定路線
中国など人件費の安い国に委託するという従来型のオフショアソフト開発は、もうなくなるのではないか――。ここ半年余り、大手SIer幹部らは海外に委託するソフト開発が岐路に立たされているとの見方を示してきた。「アベノミクス」に端を発する円安の流れで、コストメリットが急速に色褪せてきたことが、オフショアソフト開発の行き詰まりの直接のきっかけではある。しかし、問題の本質は日本の情報サービス業の構造部分に根ざす深いものとみるのが正しいだろう。
日本のオフショアソフト開発の約8割は中国に発注している。調査会社のガートナー ジャパンは、過去およそ20年にわたって培ってきた対日オフショア開発に関わったことのある技術者層は、大連で約7万人、北京で約4万人、上海で約3万人とみる。国内の地方都市のなかで比較的大きい札幌や福岡でもSE人材は3万~4万人とされているのと比較すれば、中国は遜色のない規模であって、大連ではむしろ日本の地方都市よりもSEの動員可能数が上回っている。
だが、この日中間のオフショアソフト開発に転機をもたらしたのが、第2次安倍内閣が発足して以来の円安傾向である。2010年9月、情報サービス産業協会(JISA)と中国ソフトウェア産業協会(CSIA)などが開催した「第14回日中情報サービス産業懇談会」を記者が取材した際には、複数の中国SIer幹部から「今は円高だからなんとかなるが、この先、もし円安に振れたら、とたんに採算が合わなくなる」との声を聞いた。つまり、従来型の対日オフショア開発が成り立ちにくくなることは、すでに2年も前から既定路線となっていたわけだ。
対日オフショアの主役は中国
オフショアソフト開発の主要部分を依存している中国での対日ITビジネスに異変が起きているなか、日本の主要SIerは新たなオフショアソフト開発先の確保に努めている。この最有力候補に挙げられるのがASEANのミャンマーとベトナムだ。両国はASEAN地域のなかで政情が比較的安定していて、しかも人件費が安いという共通点がある。
しかし、中国は現在のような日本の情報サービス産業にとって欠かせないビジネスパートナーになるまでにおよそ20年の期間を要しており、初期のうちは日中双方がオフショアソフト開発に不慣れなこともあって、苦労を積み重ねてきた経緯がある。こうしたことから類推すると、ミャンマーやベトナムが中国級のパートナーになるまで「5~10年はかかる」(野村総合研究所の嶋本正社長)とみられる。ミャンマーやベトナムの技術水準が満足できるレベルに到達するまでは、中国の既存のビジネスパートナーと生産性を高める手立てを講じたり、発注先を絞り込んで規模拡大によるコストメリットを出したりなどの方法で、今の中国メインのオフショアソフト開発体制が維持される見込みだ。
課題はこれだけではない。従来型のオフショアソフト開発は、要件定義と設計書を先に完成させて、製造工程を海外に発注する「ウォーターフォール型」が主流だったが、そもそもこの方式が「アジャイル開発」や「反復型開発」に押されるかたちで、メジャーではなくなってくる可能性が出てきていることを見逃してはならない。さらには、国内情報サービス市場の成熟度の高まりや業務パッケージソフト、クラウドサービス型への移行によって、ソフト開発そのもののボリュームが伸び悩む可能性が高い。ソフト開発の自動化技術の進展も無視できない存在になりつつある。
日本の大手SIerは、むやみに従来型の対日オフショアソフト開発の拠点を確保しても、きちんと活用しきれないうちにビジネスモデルそのものが変化してしまう、つまり従来型の「オフショアソフト開発が消滅する」可能性があるのだ。
以下、先行きが見通しにくい従来型オフショアソフト開発に、主要SIerがどのように取り組もうとしているのかをレポートする。
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