話題が先行する3Dプリンタ。取り扱うIT企業はまだそれほど多くはないが、ものづくりに革新をもたらすツールとして、注目を浴びている。3Dプリンタは、IT企業にとって有力商材となり得るのか、どのような価値を付加して提供すればいいのかを探った。(取材・文/真鍋武)
3Dプリンタでものづくり革新
広がる活用領域
●高性能・低価格化で注目が集まる 3Dプリンタが、わずか数年の間に、ものづくりに革新をもたらすツールとして注目を浴びるようになった。新聞などでは3Dプリンタに関する記事が飛び交い、大手メディアは加熱報道といえるほどの熱狂ぶりである。なぜ、これほど注目されるようになったのか。
3Dプリンタ自体は、実は1980年代から製品化されている。当時は、価格が高かったこともあり、製造業や研究機関などの限られたユーザーの間だけでしか利用が広がらなかった。しかし、2007年に3Dプリンタの主要な造形手法である熱溶解積層法(FDM)の特許が切れたことによって、同手法を採用した高性能の製品が低価格で提供されるようになった。個人向けでは、10万円台を切る製品も発売されている。こうした低価格製品の登場によって、近年、急激に市場が拡大してきたのだ。
また、3DCADや3DCGが普及したことも大きく影響している。これによって、3Dプリンタに出力できる3次元(3D)データを作成できる人の数が大幅に増えた。最近では、有料版だけでなく、無料の3DCADソフトも提供されており、3Dがより身近な存在となってきていることも大きな要因になっている。
こうした背景に加えて、3Dプリンタの活用領域が広がったことが、ものづくりの革新ツールとしての注目度を高めている。従来、3Dプリンタは、製造業で製品の金型をつくる工程を短縮したり、コストを削減したりすることを目的とした試作品としての活用が中心だった。しかし、最近は建設や医療、教育、エンタテインメントなど、多様な分野での活用が始まっている。例えば、食品メーカーの企画・マーケティング部隊が、販促ツールとして提供するための独自スマートフォンカバーのサンプルをつくったり、個人ユーザーが、フィギュアやアクセサリをつくったりといった具合だ。直近では、本物のお菓子を造形できる3Dプリンタも発売されており、活用領域がこの先どこまで広がるか予測できないほどだ。
●国内メーカーは海外勢に出遅れ 3Dプリンタは、海外メーカーの3Dシステムズとストラタシスの2社が市場シェアの大半を占めている。両社は、競合企業の買収を繰り返しており、3Dプリンタ市場で他社の追随を許さない。日本国内では、キーエンスやローランド ディー.ジー.など、独自に3Dプリンタを開発している企業はあるものの、販売台数が多いとはいえず、海外メーカーと比べれば日本メーカーが出遅れている感は否めない。
しかし、海外勢に比べて乗り遅れている状況には、日本政府も危機感を抱いている。経済産業省は、14年度から40億円の予算を投入して、「三次元造形技術を核としたものづくり革命プログラム(次世代型産業用3Dプリンタ技術開発および超精密三次元造形システム技術開発)」を開始する予定としている。今年2月には、レーザー焼結法(SLS)と呼ばれる、耐久性の高い造形物を出力できる造形手法の特許が切れるので、この技術を採用した高品質で安価な3Dプリンタの開発に、国内メーカーには大きなチャンスが残されている。
●3Dプリンタはストックビジネス 
イグアス
矢花達也社長 メーカーの観点でみれば日本は出遅れているものの、国内の3Dプリンタ市場は順調に拡大しており、IT企業にとっては販売面でのビジネスチャンスは大きいはずだ。調査会社のシード・プランニングによると、2013年の国内3Dプリンタ市場規模は前年比約2倍となる3295台の見込み。今後は安価な3Dプリンタを中心に市場が拡大し、2020年には4万台規模になると予測している。
実際に、3Dシステムズのディストリビュータであるイグアスの矢花達也社長は、「2012年から3Dが注目されてきて、13年度(14年3月期)には、前年度比で販売台数が倍増する見通しだ。販売を開始した09年度と比べれば、およそ11倍に伸びている。売り上げ規模も2ケタ億円を超える」と好調ぶりを語る。
また、3Dプリンタビジネスのメリットについて、「IT企業にとっては、コンピュータを販売する以上に収益率が高い」と説明する。3Dプリンタでは、造形物をつくるための素材が消耗品なので、IT企業としてはストックビジネスを手がけることができる。しかも、素材は単価が高く、「高いものでは、2kgで6万円ほどする。ユーザーにたくさん造形物をつくってもらえば、それだけ収益が高まる」(矢花社長)という仕組みだ。
IT企業にとっておいしいビジネスになりそうな3Dプリンタ。しかし、現状をみると、IT企業の3Dプリンタへの取り組みは、まだ沸騰していないように思える。製造業に強い商社や、計測器メーカーなどは、3Dプリンタの販売を手がけている企業も多いが、IT企業ではまだ少ない。実際、今回の特集の取材をもちかけたところ、「興味はあるし、3Dプリンタ関連事業の検討や調査はしているが、現時点で具体的に話せる内容がない」というIT企業が複数あった。IT企業が3Dプリンタ事業を手がけるには、何か高いハードルがあるに違いない。そこで、IT企業にとって3Dプリンタが有望商材となるのかを測るために、次頁からは3Dプリンタビジネスを展開しているIT企業の販売戦略や、彼らが感じている課題について紹介しよう。
3Dプリンタって何?
コンピュータで設計した3次元(3D)データをもとに、立体物を造形する装置。樹脂などの素材を階層状に積み上げていくことで、立体物を造形する。造形手法も多様で、代表的なものとしては、樹脂を熱で溶かして土台上に積み上げていく熱溶解積層法(FDM)や、紫外線を照射すると硬化する樹脂を槽に満たし、レーザー照射によって階層的に造形していく光造形法などがある。素材の種類は、ABS樹脂やアクリル、ナイロン、石膏などが主流で、3Dプリンタによっては、セラミックや銅などでも立体物を造形することができる。3Dプリンタの代表的なメーカーとしては、3Dシステムズとストラタシスが知られており、2社でシェアの大半を占めている。

産業用の高性能・高価なモデル(写真上)。個人向けの小型・安価なモデル(中)。アクリルやナイロン、石膏など、多様な素材で造形できる(下)
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