AWSの独走は許さない!
急拡大する大手ITベンダー各社の包囲網
「AWSとはレイヤーが違う」「AWSと比較しても意味がない」と、大手ITベンダー各社は口を揃える。確かに大手ITベンダーにとって、IaaS/PaaSは数あるサービスの一つに過ぎない。一部分だけ切り取って比較されるのは本望ではないというわけだ。とはいえ、シェアトップのAWSを無視できるはずはなく、対抗意識も強い。そして何より、各社はサービスの一部分だとしつつ「AWSより勝っている」と一歩も譲る気配はない。
●AWSとの価格勝負 
日本IBM
スマーター・クラウド事業統括 スマーター・クラウド事業部 SoftLayer営業部
西村淳一部長 「AWSからの移行案件が出てきている」と、システムの運用保守を手がけるITベンダーの担当者が言う。理由の一つは価格にあるとのこと。
マイクロソフトのクラウドサービス「Windows Azure」では、AWSが提供する機能を網羅したサービスを提供しているが、価格はAWSよりも安い。「機能では、AWSとまったく遜色がない。しかも、価格はAWSよりも同じかそれ以下と公言している。AWSが値下げすれば、マイクロソフトも価格体系を見直す」と、日本マイクロソフト サーバープラットフォームビジネス本部 クラウドプラットフォーム製品部 大谷健エグゼクティブプロダクトマネージャーは、価格競争力に自信をもっている。

富士通
サービスビジネス本部
クラウドビジネス推進統括部
クラウドサービス推進部
三原康介氏 AWS互換のAPIも提供しているNTTコミュニケーションズのクラウドサービス「Cloudn」では、サービス価格ではもちろん、運用でも料金の差が出るという。その理由をNTTコミュニケーションズ クラウドサービス部 販売推進部門 森田泰正担当課長は次のように語る。
「AWSではデータを預けるのは無料だが、取り出すには料金が発生する。例えば、ウェブシステムでアクセスが集中すると、利用料金が急激に高くなってしまう。当社はデータの取り出しも無料なので、運用で差が出てくる」。通信事業者であることのメリットを生かしてAWSに対抗する。
IBMのクラウドサービス「SoftLayer」では、世界に13か所あるデータセンター(DC)間の通信を無料にしている。AWSでは、DC間のデータ移行に料金が発生する。価格だけではない。「DC間が10Gbpsという高速回線で結ばれているので、DCをまたいだシステムを構築できる。従来とまったく違う発想のシステムが生まれてくるのではないか」と、日本IBM スマーター・クラウド事業統括 スマーター・クラウド事業部 SoftLayer営業部 西村淳一部長はクラウドを活用したイノベーションに期待している。
一方、富士通は価格勝負に挑むつもりはないとしている。「AWSとの比較では、見た目の価格は高い。2倍くらいではないか。ただ、使い勝手やサービスの内容が違う。単純に価格だけでは比較できない」と、富士通 サービスビジネス本部 クラウドビジネス推進統括部 クラウドサービス推進部の三原康介氏は言う。とくにミッションクリティカルなシステムでの利用に自信をもっており、そこに価格差が出ているともいえる。富士通のクラウドは、SLA(Service Level Agreement)が99.99%と高いレベルを誇っている。

NTTコミュニケーションズ クラウドサービス部 ホスティング&プラットフォーム部門 パブリッククラウド担当 奥平進担当部長(写真中)、販売推進部門 森田泰正担当課長(写真右)、販売推進部門 大住泰三担当課長(写真左) ●独自路線による差異化 IBMのSoftLayerでは、サーバーに仮想サーバーのほかに物理サーバーを指定できる。画面上で指定すると、遅くとも4時間でDC上に指定したスペックのサーバー環境が、作業担当者の手作業により構築される。BTO(Build to Order)をクラウド上で実現するイメージである。
「トランザクション量が読めない初期導入時に仮想サーバーを採用し、安定したら物理サーバーに切り替えるという使い方ができる」と西村部長。仮想サーバーのパフォーマンスを心配するユーザーの利用も多いという。
NTTコミュニケーションズは、クラウドサービスを2種類用意することにより、AWSに対抗する。一つは、低価格路線でAWS互換APIを提供する「BizホスティングCloudn」。もう一つは、基幹システムでの採用を想定した「BizホスティングEnterprise Cloud」。信頼性とグローバルの展開力を重視している。「ネットワークの数と太さは負けない。どこで何が起こったかも把握しやすい」と、NTTコミュニケーションズ クラウドサービス部 販売推進部門 大住泰三担当課長は、通信事業者としての強みを主張する。
●ハイブリッドの強み クラウドファーストが根づいたといわれる一方で、オンプレミスも残るとの見方も根強い。また、基幹系などの既存システムは、いずれオンプレミスに残すか、クラウドに移行するかの判断が求められる。そのため、オンプレミスでの対応がAWSとの差異化ポイントとなる。
「ITの世界は、すべてがクラウドに移るわけではない。オンプレミスは必ず残る。ただし、モバイルやソーシャルといった新しい分野は、トランザクション量の急激な変化やシステム構築のスピードを考慮すると、クラウドが向いている。ニーズに合わせてどちらも提供できるのは強みとなる」と、日本IBMの西村部長は自社の優位点を語る。
日本マイクロソフトもオンプレミスとクラウドのハイブリッドで提供できることを強みと考えている。「基幹システムをクラウド上で稼働させることができるとはいえ、従来のシステムは償却期間もあるので、今すぐクラウドにとはいかない。そこでまず手始めとして、テスト環境としてクラウドを活用していただいている。Windows Azureでもオンプレミスのシステムが問題なく稼働することがわかるので、既存システムの償却期間後にクラウドへ移行するという決断がしやすくなる」と、デベロッパー&プラットフォーム統括本部 パートナービジネス推進部の平野和順業務執行役員は語る。
富士通も同様の考えだ。「当社からみればサーバーがクラウドに変わったに過ぎない」と三原氏。既存環境の移行には自信をもっている。
また、各社ともSaaSを含むクラウド全般に対応しているという総合力も、IaaS/PaaSに特化したAWSに対するアドバンテージだとしている。

日本マイクロソフト デベロッパー&プラットフォーム統括本部 パートナービジネス推進部 平野和順業務執行役員(写真右)と、サーバープラットフォームビジネス本部 クラウドプラットフォーム製品部 大谷健エグゼクティブプロダクトマネージャー ●国内データセンターの優劣 AWSが日本国内に保有するDCは、1か所。一方、日本マイクロソフトは、2月26日、東日本と西日本の2か所でWindows AzureのDCを稼働させた。「3重にデータを複製するので、東日本と西日本をあわせて6重のレプリケーションができる」と、大谷エグゼクティブプロダクトマネージャーは胸を張る。
日本IBMは一歩遅れて、年内にSoftLayer向けのDCを構築する予定だ。パートナー向けの説明会では、国内に2か所のDCを用意するとの発表もあったという。
NTTコミュニケーションズのBizホスティングEnterprise Cloudでは、国内に2拠点のほか、海外7か国8拠点のDCを保有している。年内には、中国とドイツに新たなDCを稼働させる予定だ。富士通は100か所を超えるDCを世界各地に展開している。
●展開のスピード サービスの展開スピードはどうか。大手ITベンダーほど、AWSの新規機能の展開スピードは脅威になるはず。この点についてはIBMの見解が興味深い。
「昨年買収したSoftLayerは、IBMから独立させたままにして、緩やかに統合していく。今はSoftLayerの柔軟性やスピードを生かしたい」と西村部長。IBMは現在もクラウド関連の企業買収を積極的に行っており、必要に応じてSoftLayer方式の合併が行われることになりそうだ。
●IaaS/PaaSもコモディティ化する IaaS/PaaSは、いずれコモディティ化し、差異化が難しくなるのではないか――この意見に賛同する声は多い。NTTコミュニケーションズ クラウドサービス部 ホスティング&プラットフォーム部門 パブリッククラウド担当 奥平進担当部長が「IaaS/PaaSだけでは勝負しない」と語るのも、将来を見据えてIaaS/PaaS以外を含めた総合力で闘うとの考えからだ。
AWS取り巻く都市伝説
快進撃を続けるAWSだが、IaaS/PaaS市場のパイオニアでもあることから、“都市伝説”とも呼ぶべき噂は尽きない。それは強さの裏返しなのか。AWSの都市伝説を検証してみたい。
●ロックインされてしまう
「AWSを使うとロックインされてしまう」。AWSはオープンではないということだが、玉川本部長は次のように反論する。「AWSは10種類以上のOS、Javaを始めとする複数の言語に対応することで、ベンダーにロックインされたくないという顧客ニーズに応えている。データも自由に取り出すことができるなど、ロックインはしない」。ただし、AWSはさまざまな機能を提供しており、それらを活用することによって、結果としてロックインになるケースも考えられる。「今はイノベーションに投資している。サービスを標準化する取り組みはまだ早い」と玉川本部長。それをロックインというなら仕方がないという考えだ。
●基幹システムには向かない
一部には「SAP ERPはテスト環境のみで、本番環境での実績はない」というAWSに対する噂がある。実際には、AWSでSAP ERPの本番環境が稼働している。
●営業が来てくれない
AWSに営業部隊はある。「営業と対面で契約したい」とのニーズには、対応できる体制にはある。また、コンサルティング部隊によるプロフェッショナルサービスも提供されている。
●クレジットカード決済しかない
AWSは請求書にも対応している。クレジットカード決済は、国内大手ユーザー企業が嫌がるとされる。ただ、クレジットカード決済にはメリットが多い。そのため、多くの国内大手ユーザー企業を顧客に抱える富士通も、今後はクレジットカード決済に対応することを予定している。
●AWSなら安い
安いとは限らない。「他社との価格比較はしていない」と玉川本部長。一方で競合各社はAWSの動向をチェックしていることから、AWSよりも安い可能性は十分にある。なかでも対AWSを公言しているマイクロソフトのWindows Azureは、確実に優勢な状況にあるといえそうだ。記者の眼
この特集は、当初、AWSと競合他社のサービスを比較することを主旨として取材を進めた。結果をいえば、明確な差を見出せなかった。そこでAWSがシェアトップの座についている理由を探ったが、最大の要因は、やはり競合他社に先駆けてサービスを開始しているところにあると思う。そしてもう一つ挙げておきたいのが、開発者の“異様”なほどの盛り上がりである。
その象徴がAWS開発者のユーザー会「JAWS-UG」だ。全国に40以上の支部が活動している。3月開催のイベント「JAWS DAY 2014」では、前日に各支部でイベントを開催し、その延長で東京に集結するという盛り上がりようだ。東京支部の開発者はいう。「AWSはインターネット以来の衝撃だった」と。システム開発者が自在にサーバーなどを構成できるところに魅せられたそうだ。それが次々とリリースされる新機能を使いこなしたいという意欲へと変わっていく。AWSと競合する各社は、価格やサービスだけでなく、こうした見えない敵とも戦わなければならない。
一方、熱はいつかは冷める。IT業界で経験の浅いAWSは、EC出身をアドバンテージとする一方で、本来なら不利となる部分も多いはず。各社が経験の違いを挙げるのは、そこをにらんでのことだ。経験と総合力の違いから「5年後には逆転している」とする日本マイクロソフトの平野業務執行役員の言葉は、確信ともいえるほど強い口調だった。可能性は十分にある。5年後の市場がどうなっているのか。覇権争いは始まったばかりだ。