パブリッククラウドを活用したシステム構築(SI)やソフトサービスが本格的に立ち上がり始めている。Amazon Web Services(AWS)を活用したSIサービスを手がけるサーバーワークスは、前期(2012年9月期)、AWS上でのSI案件の売り上げが前年度比で約8倍に伸びた。ネクストスケープはWindows Azure上でのビジネスを伸ばしたとして、この9月、日本マイクロソフトの「Windows Azure パートナー アワード」を受賞。ハングリードはニフティクラウドのインフラ上でネット通販店舗向け在庫管理サービスなどを展開し、向こう3年で直近の10倍に当たる1万社へのサービス提供を目指す。(安藤章司)
サーバーワークスは、業界に先駆けてAWSに目をつけたベンダーだ。社内で使う業務システムをすべてAWSへ移行した2008年以来、「サーバーは1台も購入していない」(大石良代表取締役)という徹底ぶり。だが、AWSビジネスを始めて2年ほどは鳴かず飛ばずの状態が続いた。まとまった注文が来たのは09年12月、年末の業務処理が間に合わず、サーバーを買っている時間もないというユーザーの緊急案件にAWSを活用して以来、徐々に注文が増えてきたが、本格化したのは東日本大震災で災害に強いとして注目度が一気に高まってからのことだ。「今では引き合いをこなすだけで手一杯」と、前年度比約8倍の伸びを示すAWS関連ビジネスにうれしい悲鳴を上げる。
ITサービスのネクストスケープは、日本マイクロソフトが優秀ビジネスパートナーを表彰する制度のなかのパブリッククラウド活用部門「Windows Azureパートナーアワード」を9月に受賞。「Windows Azure」を活用したビジネスで、最も成功を収めたパートナーだと日本マイクロソフトに認められた。ユーザー企業ごとにシステムの構成プランを立てて、「Azure上にシステムを再構築するサービスが伸びている」と、ネクストスケープの小杉智社長は自信満々だ。
安価で使い勝手のいいパブリッククラウドを業務用途で活用するビジネスは、IT業界ではすでにコモディティ化しているような印象だが、実は広大な未開拓市場がそのまま残されたままになっている。IT調査会社のノークリサーチが今年6月、全国の年商500億円未満の中堅・中小企業を対象に調査を行ったところ(有効回答数は約1000社)、実に79%ものユーザー企業が「基幹業務の分野ではクラウドを活用しない」と回答している。
ネクストスケープの小杉社長は、「パブリッククラウドは使いやすいものの、すべてのユーザーが導入してすぐに使えるようになるとはいえない」と、ユーザーとAzureやAWSなどのクラウドベンダーの間に入り、最適なクラウド活用型システムをつくり上げるベンダーの存在が求められていると指摘。ネクストスケープや先述のサーバーワークスは、まさにこうした間隙を突くかたちでビジネスチャンスをものにしているのだ。
パブリッククラウドは、何も外資ばかりではない。ハングリードは、ネット通販会社を対象とした日本最速級の在庫検索ロボットサービスのITインフラを、従来のホスティング会社から「ニフティクラウド」へ2011年末に移した。ソーシャルメディアの誰かのつぶやき一つで、瞬時に商品の売れ行きが変わるネット通販では、適正在庫の維持は頭の痛い課題。楽天やヤフーなど、複数のショッピングモールに出店している通販会社はなおさらである。ハングリードがニフティクラウドを選んだ背景には、技術的なパフォーマンスが高かったことに加え、「共同でセミナーを開催するといった営業面での支援がありがたい」(吉武修平社長)と、ニフティの手厚いパートナー施策を挙げる。吉武社長は直近の約1000社のユーザーを「向こう3年で10倍に増やす」と鼻息が荒い。
ここで注目すべきは、既存の伝統的なSIベンダーよりも、新興ベンダーのほうがパブリッククラウド活用に積極的であることだ。安価で使いやすいインフラを足がかりに、将来、SIやソフトサービスの勢力図が塗り変わる可能性がある。

中堅・中小企業のクラウドサービス活用実態
表層深層
サーバーワークスのAWS事業が立ち上がったきっかけの一つに東日本大震災があるが、直近のビジネスをみると、「事業継続管理(BCP)や災害復旧(DR)ニーズは意外に少ない」(大石良代表取締役)という。業務システムを運用するためにユーザー事業所内に設置してある物理サーバーなどの運用コスト削減に主眼が置かれているようだ。数十台の物理サーバーをなくし、業務システムをAWSへ移行する案件も決してまれではなくなった。こうしたマイグレーション案件に伴って、クラウド方式にふさわしいデータバックアップの仕組みを新たに構築するという意味では、BCPやDRも含まれるが、本命はやはり運用維持費の削減にある。実際、AWSやAzureを使うことで運用コストを3~4割削減した事例は数多い。
こうなると困るのは、伝統的な客先設置型のSIを手がけているベンダーだろう。パブリッククラウド活用を得意とするベンダーが増えれば、コスト競争力で劣勢になりかねない。ノークリサーチの調査にもあったように、現状では8割近い中堅・中小企業がクラウド環境への移行に踏み切っておらず、見方を変えれば競争のない未開拓市場「ブルーオーシャン」が眼下に広がる。新興ベンダーのサーバーワークスやネクストスケープは、まさにこの未開拓の広大な市場の入り口に立っている。新旧ベンダーが入り乱れてパブリッククラウド活用型のSIサービスビジネスを展開することで、新市場が一段と拡大する兆しがみえてきた。