政府は、昨年、新たなIT戦略「世界最先端IT国家創造宣言」の最終目標年度である2020年度に向けて、生徒・児童一人につき1台の情報端末配備を推進していくことを明らかにした。教育環境のIT化施策は新たなフェーズを迎えて、文教市場にも大きな変革の波がやってこようとしている。国が目指す教育環境IT化の姿と、そこにITベンダーがどんなビジネスチャンスを見出しているのかを探った。(取材・文/本多和幸)
解剖!
国の初等・中等教育情報化施策
「フューチャースクール」が示した市場の可能性と課題
●総務省と文科省の連携事業が端緒に 国が進めている教育環境の情報化施策は、2010年代中に初等・中等教育の現場に、児童・生徒一人につき1台の情報端末を配備することなどを前提としている。これは、昨年6月に閣議決定された「日本再興戦略」や、国の新たなIT戦略「世界最先端IT国家創造宣言」にも盛り込まれた。当然、ITベンダーにとっては大きなビジネスチャンスが生まれる。単純に情報端末を売るというだけでなく、ITインフラの整備から関連機器、教育向けソリューションの展開など、波及効果が期待できるといえるだろう。
こうした動きの呼び水となった具体的な事業が、2010年度にスタートした総務省の「フューチャースクール推進事業」だ。全国の小中学校と特別支援学校を合わせて20校で、全児童・生徒に一人1台のタブレットPC、全普通教室に1台のインタラクティブ・ホワイトボード(電子黒板)、無線LAN環境の通信ネットワークなどを整備。授業を中心に日常的に活用するなかで、IT技術面の課題を抽出し、得られた知見を全国の小中学校のIT化を進める際のガイドラインとしてまとめた。初年度からの3年間は全国の公立小学校10校で、中学校8校と特別支援学校2校は、1年遅れて2011年度から2013年度までの3年間で実証研究を行った。これと連動して、2011年度からの3年間、文部科学省も同一の実証校20校で、ITを活用した教育コンテンツや指導方法の開発などを行う「学びのイノベーション事業」を進めてきた。
●効果を実感して現場がやる気になった この二つの事業は、2013年度末に終了し、その成果は総務省のホームページ(
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/kyouiku_joho-ka/future_school.html)、文部科学省ホームページ(
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/030/toushin/1346504.htm)で公開されている。

柳迫泰宏
課長補佐 施策を担当した総務省の柳迫泰宏・情報流通行政局情報通信利用促進課課長補佐は、「授業では、クラスの全員がいっせいにネットワークにアクセスすることになる。無線LAN環境でそうした使い方をするのは、一般的な企業のオフィスよりも負荷が大きくなるが、それでも安定して稼働するシステムにするためにはどんなことに留意してICT(情報通信技術)インフラを構築すればいいのか、実証を通してモデルを示すことができた」と、手応えを語る。また、文科省の降籏友宏・生涯学習政策局情報教育課課長補佐も、「IT化を進めることで、個々の児童・生徒の習熟度に応じて理解を深めることができるような指導方法が実現できることを確認した。また、グループや個人の考えを電子黒板で共有することで、従来の授業と比べて時間のロスも少なくなり、グループ学習を進化させることにもつながる」と、事業の成果を強調する。
実証校20校のうち、中学校は公募し、小学校については、東日本がNTTコミュニケーションズ、西日本は富士通総研が請負業者として実証研究を担当し、それぞれ5校を選定した。この計20校は、IT導入が進んでいる学校を選んだわけではない。児童数や校舎の形状、地理的条件などを踏まえて、全国の学校でIT化が進むために、より普遍性のある知見を得るためだ。
標準学力検査の結果を2011年度と2012年度で比べてみると、全国平均比で、低い評定に属する生徒の割合が下がり、高い評定に属する生徒の割合が上がるという傾向が明確にみられた。両事業の実施後に、明らかな学力の向上効果が認められたわけで、教師、児童・生徒ともに、ITを活用した授業を肯定的に評価する割合が高まった。日本の文教分野は、他の先進国と比べてITの活用が進んでいるとはいえず、保守的な印象がある。しかし、もともと「普通」の学校であったこれらの実証校でも、教育の現場レベルでITを導入した効果を実感したことで、さらに活用を推進する気運が高まっているという。教育環境IT化の促進という観点では、ITベンダーにとっても朗報といえそうだ。
●クラウドで全国への普及を狙う 
降籏友宏
課長補佐 もちろん、解決すべき課題もある。両事業を通じて鮮明になったのは、やはりコストの問題だ。柳迫課長補佐は、「ある程度財政力があったり、首長がトップダウンで教育のICT化に取り組んでいる自治体は問題ないが、ほとんどの自治体はそうではない。サーバーを自前で保有して、保守したり教材を端末にダウンロードしたりして適宜バージョンアップしていくようなやり方には限界がある」と説明する。一方、降籏課長補佐は、「一教室内だけでなく、学校内、学校間、家庭と学校などが連携して新しい学びのあり方を検討すべき」と指摘する。そこで両省は、今年度から新たな事業として、「先導的教育システム実証事業」(総務省)と「先導的な教育体制構築事業」(文科省)を立ち上げた。マルチOSで幅広い端末で使えるように、HTML5ベースのコンテンツを前提としたクラウドの教育・学習プラットフォームを総務省が開発し、その標準化も進める。学習履歴などの学習記録データをクラウドに集約し、教師が子どもたち一人ひとりの強みと弱みを把握できるようにするとともに、児童・生徒、保護者自身もこうしたデータに自由にアクセスできる環境づくりを目指す。文科省は、このプラットフォームを活用した学習方法や指導方法、教員の研修体制構築などに取り組む。
実は総務省は、この事業を、単に学校教育のIT化促進にとどまらず、ビッグデータ活用の新しい市場創出につなげたいと考えている。「公教育に縛られず、教育ICT市場をもっと広げたい。塾や通信教育事業者などとも連携して、保護者向けに、自分の子どもに最適な教材や塾、通信教育のコースが示されるようなサービスをつくるなど、可能性はさまざま。ビジネスとしてのポテンシャルは高い」と、柳迫課長補佐は力を込める。そのための阻害要因と解決策についても検討していく方針だ。ITベンダーにも参画を呼びかけて、アイデアを求めていく。
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