文教分野へのICT導入をリードする内田洋行(柏原孝社長)は、児童一人ひとりが1台ずつタブレット端末を活用することを前提とした新たな授業スタイルの開発に、筑波大学附属小学校(窪田眞二学校長)と協同で取り組む。政府は新たなIT戦略案のなかで、2020年までに児童生徒一人につき1台の情報端末を整備する方針を示している。同社はその動きを先取りするとともに、国内で最も教育研究が盛んで、教育界に大きな影響力をもつ筑波大学附属小学校と連携することで教育ICTのモデルケースをつくり、市場創出にまでつなげたいと考えている。また、教育現場の稼働ICT資産規模は向こう5年で1兆円に達し、単年度投資も2000億~2500億円規模になると試算。その4分の1のシェアを狙う。(本多和幸)

フューチャークラスルーム(東京)で取材に応じる大久保昇・取締役専務執行役員 日本は、教育分野のICT利活用が遅れている。児童・生徒が一人1台の情報端末を活用する授業を推進する施策は、2010年にスタートした総務省の「フューチャースクール推進事業」でようやく具体的なかたちになった。また、同年、文部科学省の「学びのイノベーション事業」も立ち上がり、デジタル教科書・教材の開発や、授業での活用方法に関する研究が本格的に動きだした。
しかし、北欧諸国やシンガポール、韓国などICT活用の先進国では、すでにこの種の検討は2000年代中盤から始まっていた。例えば韓国では、2007年から130校をモデル校としてICTを利活用した「スマートスクール」の研究を進めている。対して、日本の「フューチャースクール推進事業」の実証校は20校。文教分野に強い内田洋行の大久保昇・取締役専務執行役員は、「まず予算が不足していて、ICTのハード、ソフトともインフラ整備も遅れているし、そもそも児童・生徒にPCを一人1台ずつ使わせる指導方法が未開拓のまま。教育や行政の指導者層が、情報化、ICTの利活用について理解不足だった」と危機感を表明する。
2020年までに児童生徒一人につき1台の情報端末を整備するという国のIT戦略によって、予算上の問題はクリアできそうな見通しが出てきた。今回、内田洋行が筑波大学附属小学校と協同で行う実証実験は、この予算以外の課題を解決する大きなポテンシャルを秘めている。要するに、「教育現場で必要・有効なICT技術とは何か」とか「先端ICTを活用した教育カリキュラム・指導方法のあり方」といった命題に対して、具体的な回答を提示することができる可能性があるということだ。

内田洋行の本社にあるフューチャークラスルームのモデル その最大の理由は、筑波大学附属小学校の教育界における特殊な立ち位置にある。筑波大学附属小学校は、全国の国立大学附属小学校のなかでも、教育研究校としての色彩がとりわけ濃い学校だ。教科担任制を敷き、ほぼすべての教員が教育研究者として「5年後、10年後の教育のあり方を研究する使命感をもっている」(大久保専務)という。
一方で、内田洋行は最先端のICTを活用した多様な学習形態を実現する教室空間コンセプト「フューチャークラスルーム」を開発し、モデルルームを都内の本社ビルや大阪支店に設置。教室内の全員が一人1台のタブレット端末を使い、複数の電子黒板などと連動して、教師と児童、あるいは児童同士が双方向でしかも多様な形態で意見・情報をやり取りできる。教育研究機関や教職員に一般公開し、教育の現場でのICT利活用方策を独自に研究してきた。
筑波大学附属小学校は、今年3月に「フューチャークラスルーム」の導入を決め、これを契機に今回の協業が加速した。実証実験の成果は毎年2回、筑波大学附属小学校が教育研究事例として発表するとともに、その内容を内田洋行が自社ソリューションにフィードバックする。大久保専務は「ICTの技術と教育カリキュラムについて、最高峰のノウハウをもつ両者が、まとめて実務的な環境で検証することができる意義は大きい」と話す。また、筑波大学附属小学校の細水保宏副校長も、内田洋行との協同実証実験によって「日本の教育そのものを進歩させることができれば」と意欲を示している。
国のIT戦略が現実のものになれば、文教分野のICT投資もかなりの規模になる。現在、国の予算では、地方交付税の内数というかたちだが、実際は単年度1650億円程度が教育情報化予算として計上されている。大久保専務は、「実際に執行されているのは、1000億~1200億円。これでは、既存設備の更新分にしかならない。本来は2000億~2500億円程度の予算執行が必要だ。2017年、2018年頃にはその規模の市場になって、稼働資産は1兆円規模になる」とみている。内田洋行は、そのうち25%のシェア獲得を目指す。筑波大学附属小学校との協同実証実験は、その素地をつくるうえでも重要な戦略的意味をもっている。
表層深層
「1兆円市場となるといろいろなITベンダーが集まってくるだろうが、現実はそんなに甘くはない」と大久保専務は苦笑する。筑波大学附属小学校の教員は、教育指導要領の改訂などでも大きな影響力を発揮することが多い。内田洋行の取り組みは、「教育制度を構築する側」とタッグを組んで、ICTソリューションとその利活用方策、教育カリキュラムまでセットで研究・提案するわけで、将来的な市場における優位性を大きく高めるものといえそうだ。
協同実証実験には、日本マイクロソフトと富士通も協力企業として参加する。日本マイクロソフトは、Officeなど各種アプリケーションを、富士通はタブレット端末を提供する。実証実験の成果については、両社も大きな期待を寄せている。
新政権発足後に新たに策定された、IT戦略案における教育情報化の具体的な目標設定もあり、これまでは単なるエキシビションに近かった「フューチャークラスルーム」が、現実的な普及の足がかりを得た印象だ。
未来の日本を担う子どもたちの教育という視点でも、早くからICTに親しみ、リテラシーを身につけることは重要なことだ。社会的意義とビジネスとしてのポテンシャルの両面を備える文教市場で大きな一手を打った内田洋行に、他のベンダーがどう対抗するのか、要注目だ。(本多和幸)