アイデア次第で新しい決済需要を開拓できる
前ページでは、VISAやMasterCardなど国際ブランドのデビット/プリペイドへの取り組みと、電子マネー系との違いを主に紹介してきた。両者の最大の違いは国際ブランドのほうが利用できる店舗数が多いことと、国内外で使えることだ。とくにプリペイドは、手続きさえすれば誰でも発行できる商品券のようなもので、利用者にとってのリスクが少なく、従来のクレジットカードと同様の利便性が得られるだけに、ITベンダーは大きなビジネスチャンスとみて市場開拓に力を入れている。
●日本人は「現金」が好き? 国内の5000円以下の消費市場は約100兆円で、うち9割を現金が占めると、ビザ・ワールドワイド・ジャパンではみている。百貨店で高級品を買う場合は、クレジットカードを使う人も、少額の商品なら現金で支払うというケースが多いからだ。消費市場全体でみてもクレジットカードの比率は2割弱で、少子高齢化が進む国内では、「クレジットカードが、今後、大幅に伸びることは考えにくい」(ビザ・ワールドワイド・ジャパンの外山正志・プロダクト統括部長)とみられる。 つまり、消費市場では、非現金決済の伸びしろはまだ大きい反面、従来型のクレジットカードはこれ以上は大きく伸びないということだ。さらにインターネット上で商品やコンテンツ、サービスなどを購入する場合は、基本的に現金は使えないので、非現金決済の手段が必須となる。そこで、VISAやMasterCardなどの国際ブランドは、これまで培ってきたクレジットカードのインフラを応用するかたちで、日本国内でもデビット/プリペイドの決済を伸ばそうとしている。
前ページで触れたように、Suica/PASMO、WAONのなどの電子マネー系や、AmazonやApple iTunesのようなネット系商品券がシェアを伸ばしているが、Suicaを使ってAmazonで買い物はできないし、Amazonの商品券でイオンのスーパーでの買い物をすることはできない。ただ、クレジットカードのインフラなら、少なくともクレジットカードが使える店であれば、リアル、ネット、国内外を問わず使える利便性があるというわけだ。
金融決済系のシステム構築に強いITホールディングスグループのTISが国際ブランド活用型プリペイドカード事業の支援サービス「Prepaid Cube+(プリペイドキューブプラス)」を投入したのに続き、NTTデータは次世代型プリペイドサービス「PaySpreme(ペイスプリーム)」を立ち上げた。
●「公共」という“新市場”
ビザ・ワールドワイド・ジャパン
外山正志
プロダクト統括部長 TISは、今年に入って消費市場での決済システムの統合ブランド「PAYCIERGE(ペイシェルジュ)」をつくり、この傘下に同社が強みとするクレジットカードの「CreditCube(後払い方式)」、デビットカードの「DebitCube+(即時払い)」、プリペイドカードの「PrepaidCube+(先払い)」のそれぞれのモジュールを包含させた。なかでもプリペイドカードは、「これからの市場」であると位置づけて、例えば「ギフト」「旅行」「未成年用」「ネット専用(バーチャルカード)」「送金」など、幅広い用途開拓を目指す。
NTTデータも、TISと同様、民需向けの新規需要の開拓を進めるとともに、同社の強みである「公共分野でも活用の幅が広がる」(NTTデータの清水裕巳・カード&ペイメント事業部営業統括部ソリューション営業担当部長)とみている。例えば給付金や保険金、福利厚生などの分野で応用が可能だとみる。具体的には生活保護などの給付金を現金で渡すのではなく、プリペイドカードで渡すことで、給付にかかる送金コストを削減するとともに、ある程度、使途を把握する効果も期待できる。米国では一部の州で国際ブランド型プリペイドカードを活用した福利厚生関連の給付金制度が始まっているそうで、「国内の公共市場でも、その可能性はある」(NTTデータの嶋本渉・同部ソリューション営業担当課長)と、これまでクレジットカードインフラとは縁が薄かった政府・自治体も新たなビジネスターゲットとして視野に入れる。
現金で渡してしまうと、使途はまったくわからない。なかには賭博や飲酒など悪しき習慣に費やしてしまい、本来、必要な社会復帰にお金が回らなくなる人も一定数いると考えるべきだろう。個々人の使途は人権の観点から伏せるとしても、「給付金を支給している人全体の傾向を分析することは有意義」(ビザ・ワールドワイド・ジャパンの外山統括部長)だと考えられている。食費や養育費の割合や、ふさわしくない支出割合などの傾向を可視化することで、課題や対策を立てやすくする狙いだ。
●「B2B」や「海外」も有望 もう一つの有望市場は、企業間取引(B2B)の領域である。B2B取引のほとんどが銀行振り込みなので、クレジットカードのインフラを活用する決済は稀だ。この背景には、例えば商品が届く前に決済されてしまう可能性があるなどクレジットカードがB2B取引になじまない部分があるからだとされる。
現に、卸問屋がクレジットカードに対応している割合は低く、企業の購買部が社用クレジットカードで日常的に購入するケースも少ない。しかし、これだけネット通販が普及し、しかもクレジットカードのインフラを活用したデビット/プリペイドカードも使えるようになれば、「B2Bのすべてとは言わないが、カード決済の活用の幅が広がるのは間違いない」(ビザの外山統括部長)と予測する。
だからこそTISは、決済システムの統合ブランド「PAYCIERGE」を立ち上げて、幅広い領域でのSI案件の受注を目指している。決済はシステムの信頼性が極めて重要で、参入障壁が高い。TISは「カードのTIS」と呼ばれるほど、過去40年余りにわたってカード決済のシステム構築を手がけてきた。ミッションクリティカルな決済システムは同社の強みであるとともに、「例えばカーナビにプリペイド機能を組み込んで、情報コンテンツの購入やドライブスルー、サービスエリアなどでの決済で使えるようにする」(TISの西田副社長)というように、SIと決済サービスとの複合的な提案に力を入れていく。
海外では、ASEANで非現金決済のニーズが急速に拡大しており、地場のSIerと組んで「PAYCIERGE」の仕組みをサービス方式で提供することを視野に入れるなど、「安心・安全の決済サービスとして『PAYCIERGE』の国際的な認知度、ブランド力を高める」と、海外展開に強い意欲を示しており、この先5年で国内外200億円規模のビジネス規模にすることを目指している。
決済サービスで先行するNTTデータは、独自に開発したプリペイドサービス「PaySpreme」によって、三井住友カードとVISAの提携プリペイドカードや、ガソリンスタンドやスーパーマーケットのハウスプリペイドカードなどを受注しており、プリペイド関連でこの先5年で累計100億円のビジネスに拡大することを見込んでいる。TISの西田副社長は、「国際ブランドクレジットカードを活用したデビット/プリペイドサービスが本格化して、非現金決済の割合は今後5年で倍増する」と、受注拡大に手応えを感じている。

NTTデータの清水裕巳部長(左)と嶋本渉課長記者の眼
拡大し続ける電子決済 2017年度に66兆円の市場に
クレジットカードの情報流失事件・事故は、枚挙にいとまがない。利用者はそのたびにカードを再発行してもらわなければならないし、不正に使用されるのではないかと不安にかられる。便利な反面、つい使いすぎてしまい、「クレサラ地獄」に陥る危険性がないわけではない。さらに未成年やリタイアした高齢者、失業者はクレジットカードの審査のハードルがあるので、クレジットの利用率は国内では20%弱にとどまる。
この点、SuicaやWAONなどの電子マネーは、チャージした分しか使えないので、使いすぎる心配は無用だ。しかし、今や市民生活に欠かせないネットでの購買に電子マネーは使えないので、クレジットカードを使うか、AmazonやAppleなどのネット系商品券を代用するしかないし、海外でも使えない。どれも一長一短であることから考え出されたのがクレジットカードのインフラをプリペイドやデビットでも使うという発想だ。クレジットカードの加盟店なら、追加のシステム投資は不要で、プリペイドカードの発行者に向けてはTISやNTTデータが月額料金方式でシステムを貸し出す。
もちろん既存のクレジットや電子マネー、商品券がなくなるわけではない。ひょっとすると、電子マネーや商品券にVISAやMasterCardなど国際ブランドのプリペイド機能が付加される可能性もある。「クレジットカードは、怖い」という利用者に向けても、プリペイド機能の付加であれば心理的な抵抗は格段に下がるし、利便性は大幅に高まる。電子マネーや商品券の発行者からみれば、「顧客を囲い込みたい」という意思が強く働くが、利用者からみれば「何種類ものカードを持つよりも、数枚ですべて片づくほうが利便性が高い」のは明らかだ。
調査会社の矢野経済研究所は、2013年度の電子決済市場は前年度比9.3%増の約48兆8000億円と推計しており、2017年度には約66兆4000億円に拡大するとみている。東京五輪に向けて、消費市場での決済サービスの国際化対応や、ネット通販が一段と拡大することが背景として挙げられる。クレジットカードという既存のインフラをうまく活用し、さまざまな事業者が多彩なアイデアで決済サービスを展開する時代の到来といえそうだ。