医療ITビジネスが新たなフェーズに差しかかろうとしている。これまでの電子カルテや医療機関同士の連携を中心とする「地域医療ネットワーク」の商談が一段落して、在宅医療や介護の領域へとビジネスのすそ野が広がりつつあるのだ。大規模病院を中心に需要が一巡した電子カルテ、踊り場を迎えた地域医療ネットワークの現状と、今後、ビジネスの活性化が期待される在宅医療や介護の新市場の可能性を探った。(取材・文/安藤章司)
●地域医療ネットは勝負あった 
富士通
佐藤秀暢
SVP 医療ITビジネスの次の主戦場は、在宅医療や介護の領域へと移りつつある。医療ITの本丸は長年にわたって電子カルテの領域であって、電子カルテを中心に病院内の各種システムや、地域の診療所と情報を共有する地域医療ネットワークへと発展してきた。とりわけ、地域の病院や診療所を結ぶ地域医療ネットワークを巡っては、富士通やNEC、日立グループなど、主要ベンダーの激しいシェア争いが展開され、直近では富士通とNECのツートップに集約されつつある。あるベンダー幹部は「地域医療ネットワークのビジネスは、おおかたの予想どおり、電子カルテに強い富士通とNECで勝負あったの様相だ」と、シェアを覆すことは現状では難しいとみている。
電子カルテでシェアトップの富士通の2014年3月期のヘルスケアビジネスの売り上げは、前年度比20%余り伸びて約1200億円に拡大した。この事業を担当する富士通の佐藤秀暢・ヘルスケア・文教ビジネス担当SVPは、「主力の電子カルテが売上増に貢献した」と打ち明ける。同社の電子カルテは、規模の大きい大学病院で49%のシェア、全病院合わせても34%のシェアをもっている有力商材である。とりわけ大規模病院での電子カルテの大型商談が相次いでまとまったことが、業績を大きく後押しした模様だ。
およそ1年前の13年7月、佐藤SVPにインタビューしたときは「今期(14年3月期)の受注ベースでも前年度比5%前後の伸びにとどまる」との見通しを示していた。だが、蓋を開けてみると、佐藤SVPが予想していたよりも商談の足が大幅に早まり、売上ベースで前年度比20%余りの増加という好成績に結びついた。とはいえ、富士通が強い大規模病院の電子カルテの導入率は、中小病院に比べてすでに高水準にあって、中長期でみるとリプレース需要の割合が大きくなる。その対応策として、病院や診療所などをネットワークで結ぶ地域医療ネットワークで付加価値を高める取り組みを行ってきた。
●大手同士の激しいシェア争い 
NEC
齋藤直和
事業部長代理 地域医療ネットワークは、医療情報を公開する「公開側」と、情報を参照する「参照側」に分かれ、一般的には地域の中核病院が公開サーバーを立てて、医療情報を公開し、これを当該地域の診療所の医師が参照する。これによって、ふだん患者と接している診療所の医師は、自分の患者が大病院でどのような検査や治療を受けてきたかを参照して、診療方針に役立てるという仕組みだ。
NECの地域医療ネットワーク「ID-Link」の参加施設数は、2011年3月の段階で240施設余りにすぎなかったが、2014年5月には3479施設と15倍近くに増えた。うち情報公開側の施設数は279施設である。富士通の地域医療ネットワーク「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」の参照側の数は不明だが、情報公開側の施設数は直近で289施設であることから、ネットワーク全体の参加施設数はおおよそNECと同じ3千数百施設だと推測される。
地域の中核病院となり得る規模と設備をもつ病院は、全国の病院約8000施設のうち、およそ2000施設程度だとみられている。その数字を勘案すれば、情報公開側の地域医療ネットワークの参加率は30%程度、参照側の診療所の母数は約10万であることから参加率は10%弱というのがおおよその普及率である。10か所の診療所のうち地域医療ネットワークに参加している診療所は1施設あるかないかというレベルにとどまるだろう。
数字だけをみると、まだまだ普及に向けての伸びしろはあるようだが、NECの齋藤直和・医療ソリューション事業部事業部長代理が「地域医療ネットを運用していく過程で、いろいろ課題も明らかになってきた」というように、いまのようなペースでは普及はしないとみられる。折しも、これまで地域医療ネットの普及を支えてきた地域医療再生基金による支援が14年3月末で終了した。しかも、かねてからの課題だった地域医療ネットに参加し続ける運用費の負担も曖昧なままだ。費用対効果をどのように測定し、誰が運用費を負担していくのかを明確にしない限り、普及率を大幅に高めるのは難しい。
さらに、医療サービスの利用者の多くを高齢者が占め、この比率は上がることはあっても下がることはない。とても医療施設だけで対応できるものではないので、これからは在宅医療や介護とも連携した、より包括的な情報共有システム「在宅医療・介護情報ネットワーク」が、従来の地域医療ネットとは別に求められていく。厚生労働省も「地域包括ケアシステム」として後押ししており、新領域での主要ベンダーのシェア争いは早くも活発になっている。次ページからは、この新しい動きを詳報する。
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