物理サーバーの能力をフルに生かしつつ、仮想サーバー並みのフットワークのよさを実現する「ベアメタルクラウドサービス」。IBMの「SoftLayer」を旗頭に、国産IaaSベンダーもベアメタルクラウドに参入するなど、IaaSの新たな選択肢として期待が高まる。(取材・文/安藤章司)
●“AWS価格”を強く意識 
日本IBM
西村淳一
営業部長 「ベアメタル」とは物理サーバーのことであり、「ベアメタルクラウドサービス」とは物理サーバーを直接扱えるクラウドサービスを指す。パブリッククラウドに属し、なかでもAmazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureに代表されるIaaSにカテゴライズされる。ただし、AWSやAzureが主に仮想サーバーを貸し出すサービスであるのに対して、ベアメタルクラウドは物理サーバーを貸し出すサービスであるところが大きく異なる点だ。
では、ベアメタルにすることのメリットはどこにあるのか。キーワードは“リソース”である。
従来の仮想サーバーを前提としたクラウドサービスは、特定の仮想サーバーの負荷が高まると、同じハードウェアリソースを共有する仮想サーバーの処理能力が落ちる“道連れ現象”が起きやすい。これは、仮想サーバーの弱点の一つである。ベアメタルクラウドはハードウェアそのものを借りるため、他のユーザーの仮想サーバーにリソースを食われることはない。

リンク
内木場健太郎
at+link事業部長 また、仮想サーバーを駆動するには、「ハイパーバイザー」と呼ばれる制御プログラムが必要になる。ハイパーバイザーを動かすために消費されるリソースは、ユーザーが利用する際の処理能力には貢献しない。この部分がオーバーヘッドロスになってしまい、ハードウェア本来の力を発揮できないという構造的な問題がある。ベアメタルクラウドでは物理サーバーを提供するので、ハイパーバイザー由来のオーバーヘッドロスは発生しない。
パブリッククラウドである以上、価格もいわゆる“AWS価格”が基準になる。世界市場でベアメタルクラウドサービスをリードするIBMの「SoftLayer」事業を担当する日本IBMの西村淳一・クラウド・サービス事業部SoftLayer営業部部長は、「ライバルよりも大幅に高くなることはない」と語っている。国内同業他社に先駆けてベアメタルクラウドサービスを始めたリンクの内木場健太郎・at+link事業部事業部長も、「価格帯は常に意識している」というように、先行するパブリッククラウドの価格を強く意識している。
●フットワークもAWS基準 メリットが認められるベアメタルクラウドだが、克服すべき課題もある。それは「フットワーク」だ。仮想サーバーに前述の問題があるとしても、世界中に普及した背景には、一にも二にもすばやくサーバーを調達できるというフットワークのよさが挙げられる。コントロールパネルからのオンライン操作で、ものの数分で、24時間いつでも仮想サーバーが手に入るサービスは、これまでの情報サービス業界の歴史になかったものだ。実際、多くのSIerやユーザー企業が、フットワークのよさを評価して、AWSをはじめとするパブリッククラウドを積極的に活用するようになった。
IBM SoftLayerは、AWSと同じとはいかなくても、あらかじめ仕様が決まった物理サーバーなら、オンラインで指示してから1時間ほどで稼働する。契約は1時間単位で「必要なときに、必要なだけ物理サーバーを借りることができる」(日本IBMの西村営業部長)ようにした。
SoftLayerでは、ユーザーがCPUやメモリ、記憶装置などのカスタマイズにも対応する「セミオーダー」型のサービスも用意している。こちらは数時間で稼働し、最短1か月から借りられるものだ。AWSほどではないが、それでもAWSの調達スピードを物理サーバーで実現しようとしている点に注目したい。
以上を整理すると、ベアメタルクラウドサービスとは(1)物理サーバーを(2)AWSと同等の価格で利用できる(3)AWSと同等のフットワークをもつパブリッククラウドサービスということになる。
これを実現するには、ユーザーの要求に対して、すばやく物理サーバーを用意する必要があることから、ベンダー側の技術革新が不可欠となる。同時にパフォーマンスあたりのコストでAWSに負けない体制が必要になる。
ここで誤解してはならないのは、ベアメタル(物理サーバー)そのものは、仮想サーバーと同様、決して新しい存在ではないという点だ。物理サーバーの貸し出しはホスティングサービスそのものだし、仮想化技術はメインフレーム時代から存在していた。ただし、メインフレームの仮想化技術とAWSがまったく別物であるように、ホスティングとベアメタルクラウドも“クラウド”であることで、似て非なるものなのは明白である。
ベアメタルの裏側 作業員の手作業に依存 自動化が今後の課題に
ベアメタルクラウドの舞台裏はどうなっているのか──。ベアメタルクラウドサービスでは、ユーザーからオンラインで指示を受けると、サービスベンダー側が手作業で物理サーバーを準備する。
仮想サーバーなら、サーバーのイメージをロード(起動)させるだけなので、完全に自動化されている。一方のベアメタルクラウドは、いかんせん物理サーバーを用意しなければならないために、現時点では人手が介在せざるを得ないのが実状だ。セミオーダーのカスタマイズが入る場合は、さらに人力に依存することになる。
SoftLayerの場合は、データセンター(DC)に詰めている作業員が数時間以内にセミオーダーに対応すべくサーバーを組み合わせ、OSを流し込んで起動するところまでの作業になる。リンクでも同様である。DCで作業員がせわしなく働く姿が目に浮かぶ。
サーバー起動までの時間短縮が競争力の向上を大きく左右するだけに、ベアメタルクラウドを大きく飛躍させるためには、こうした作業をいかに自動化できるかがカギとなりそうだ。
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