日本IBMは、パブリッククラウドサービス「SoftLayer(ソフトレイヤー)」の日本市場への本格進出を着々と進めている。年内には国内初のデータセンター(DC)を開設し、2015年には日本を含む世界主要40都市へとDC網を拡げる予定だ。原動力になっているのは、クラウドの使い勝手を維持したまま物理サーバーを直接使えるベアメタルクラウドサービス。「Amazon Web Services(AWS)」と「Microsoft Azure」を合わせた、いわゆる“世界三大パブリッククラウドサービス”のなかで、SoftLayerが最もベアメタル型のクラウドに力を入れており、「いわゆるAWS型の仮想サーバーと、従来型のホスティングサービスの間に食い込んでシェアを広げるのが狙いではないか」(大手ITベンダー幹部)とみられている。(安藤章司)
クラウドに地殻変動起こす

日本IBM
西村淳一
部長 「ベアメタル」とは「物理サーバー」のことで、クラウドサービスの代名詞でもある「仮想サーバー」の対義語として使われている。AWSは仮想サーバーの使い勝手のよさを存分に生かし、パブリッククラウドという市場を率先して切り拓いてきた。しかし、仮想サーバーは使い勝手がよい反面、どうしても仮想化機構(ハイパーバイザー)を駆動させなければならないためオーバーヘッドロスが発生してしまう。その点、SoftLayerは仮想サーバーの使い勝手を保ったまま、物理サーバーをクラウド方式で貸し出すベアメタルクラウドサービスを最大の強みとしている。
米IBMが米ソフトレイヤーを買収して今年7月で1年がたった。もともとSoftLayerは、AWSやAzureに比べると、日本での知名度はそれほど高くなかった。だが、ここへきて販売力のある日本IBMが「日本国内でのSoftLayer事業の本格的な拡大に挑む」(西村淳一・クラウド事業統括クラウド・サービス事業部SoftLayer営業部部長)としていることから、パブリッククラウド市場に大きな地殻変動が起きる可能性が高い。
では、どのようにしてSoftLayerは、既存のパブリッククラウド市場にくさびを打ち込むのか──。
現在、データセンター(DC)を活用したITリソースの調達方法は、(1)ユーザーがサーバーを購入してDCに持ち込んで運用するハウジング型、(2)DC事業者が所有するサーバーを借りるホスティング型、(3)ITリソースをサービスとして利用するクラウド型の主に3種類。SoftLayerは(2)と(3)の中間をベアメタルクラウドによってこじ開けようとしているのだ。
ホスティングとパブリッククラウドの両方を手がける、ある大手ITベンダー幹部は、「今はホスティングやクラウドをハイブリッド化し、両方のニーズを満たすよう努めているが、このハイブリッドの間隙を突かれることになればやっかいだ」と、警戒感をあらわにする。

年内に国内にもDCを開設へ
SoftLayerが打ち出すベアメタルクラウドサービスとは、いったいどのようなものなのか。現時点では大きく分けて「既製品型」と「セミオーダー型」の2種類がある。前者はオンラインでオーダーして1時間ほどで稼働でき、後者は数時間で稼働可能だ。契約形態は既製品型が1時間単位から借りられるのに対し、セミオーダー型は最短1か月からという制約はあるものの、「ベアメタルを求めるユーザーは、そもそもハードウェアの性能を重視する割合が高い」(西村部長)ため、CPUやメモリ、記憶装置などの構成をカスタマイズできる後者のニーズも大きいという。
これまで、物理サーバーを借りたり、購入したりする場合は、ベンダーの営業担当を呼び、相見積もりを取り寄せ、設置・稼働させるまでに数営業日から数週間はかかった。ましてやカスタマイズしたサーバーを借りるとなれば、「最低2年間は契約してほしい」などと、携帯電話ばりの“縛り”が入ることも珍しくない。これが24時間、好きなときに、わずか数時間でお目当ての物理サーバーを手に入れられ、いらなくなったらいつでも解約できるパブリッククラウド方式の緩い契約で済むようになるわけだ。
また、SIerがITインフラに対して最も気にかける点は、要求仕様どおりのパフォーマンス(処理速度)が出せるかどうかだ。仮想サーバーを使ったパブリッククラウドでは、一つのハードウェアを複数のユーザー、仮想サーバーでシェアしているため、パフォーマンスが予測しにくい。したがって、SIerにはパフォーマンスが予測しやすいプライベートクラウド(=ユーザー専用のクラウド環境)やホスティング/ハウジングをユーザーに勧めたくなる心理が働く。これではパブリッククラウドよりもコスト高となり、ユーザーの満足度は下がってしまう。SoftLayerならパフォーマンスを予測しやすいベアメタルをパブリッククラウドと同様の手軽さで使えることから、「SIerやISVなどベンダーからも支持を取りつけやすい」(西村部長)とみている。
2014年中には、日本国内にもSoftLayerのDCを開設させ、2015年には世界主要40都市への展開を目指す。日本IBMは、このタイミングでSoftLayerの販売パートナー向けの施策も一段と充実を図る。例えば、SoftLayerは裏方に回り、パートナー独自のサービス名称で提供することも可能だ。すでに国内のパートナーは100社規模に達しているものの、金額ベースでみれば日本IBMによる直販比率がまだ大きい。西村部長は「今後はパートナー経由での販売額の増加を推し進める」とパートナーとの協業を重視する。
次世代のハード商材か「IBMだからやっかい」
IBMはパソコンやx86サーバーなどのハードウェアから距離を置く印象を受ける。しかし、実際はハードウェアの塊であるSoftLayerを取り込み、将来は「IBM POWER」プロセッサ搭載サーバーも選択できるようにするという。POWERでは、一世を風靡した旧AS/400の系譜である「IBM i」、UNIX系の「IBM AIX」などが稼働する。このIBM独自のプラットフォームがSoftLayer上でも稼働するなら、「かなりやっかいなことになる」と大手コンピュータメーカー幹部は吐露する。
メインフレームの「IBM System z」シリーズや、POWER搭載の「IBM Power Systems」シリーズなどを除き、IBMはハードウェア単体の販売を見限ったかのような動きをみせている。ところが、ベアメタルを強みとするクラウド基盤に注力していることから、IBMは“パソコンやx86サーバーに取って代わる次世代型の主力ハードウェア商材”として、SoftLayerを位置づけている可能性がある。
IBMは、AWSやAzure、さらにはホスティングやハウジングを強みとするDC専業事業者との価格競争には挑まない。ベアメタルで仮想サーバーとホスティングの間にくさびを打ち込みつつ、同時進行でPOWERをはじめとするIBM独自の付加価値をSoftLayerに移植していくことで「垂直統合型を巧みに取り込んだ囲い込み」(別のITベンダー幹部)を狙うと、ライバル他社は分析している。単なるホスティングやクラウドの延長線上ではなく、IBMのハードウェア商材がSoftLayerに形を変えてユーザーに提供されるものと捉えるべきだろう。