クラウドサービスベンダーが相次いで「ベアメタルクラウド」サービスの強化に乗り出そうとしている。データセンター(DC)事業者のリンクが「ベアメタル型アプリプラットフォーム」を正式に始めたのに続き、同業の国内クラウドサービスベンダーも、水面下でベアメタルクラウドサービスの拡充や立ち上げに向けた準備を着々と進めているのだ。ベアメタルは、サーバーの仮想化を行わず、物理サーバーを直接利用する方式で、高いパフォーマンスを得られるのが特徴。パブリッククラウドを巡る競争が一段と激しさを増しており、仮想サーバーを貸し出すだけの従来型のクラウドサービスでは差異化が困難になっていることも、ベアメタル化の背景にある。(安藤章司)
物理サーバーに確かなニーズ

リンク
内木場健太郎
at+link事業部長 パブリッククラウドサービスの巨人、Amazon Web Services(AWS)は、主に仮想サーバーを貸し出す方式で急成長した。サーバーリソースが必要なときに、必要なだけ仮想サーバーを生成して使う利便性の高さがユーザーから絶大な支持を得て、パブリッククラウドのデファクトスタンダードの地位まで上り詰めている。同業ベンダーは、AWSのユーザビリティを徹底的に研究し、類似サービスを提供する際に「AWSのような使い勝手のよさ」とか「AWSチックなインターフェース」であることを売り文句にしているほどだ。
だが、AWSも完璧ではない。クラウドインフラの代名詞になった仮想サーバーは、ソフトウェアでできた仮想的なサーバーゆえのオーバーヘッドロスが発生する。ハードウェア本来の性能を犠牲にしても利便性を優先する仮想サーバーに対して、ベアメタルは仮想化せずにハードウェアを直接的に使うのでロスがなく、パフォーマンスが高い。ただし、そのままでは従来のホスティングサービスと同じで、クラウドの利便性がまったく失われてしまう。そこで出てきたのが、「AWSのような使い勝手」で物理サーバーを操作できる「ベアメタルクラウドサービス」だ。
リンクは、この5月末、これまで提供してきた専用物理サーバーサービスを全面的に改良し、「ベアメタル型アプリプラットフォーム」に刷新した。
サーバーの処理速度の速さを求めるユーザーを中心に、専用物理サーバーは根強い人気があり、これまでもユーザーからの指示があれば、DCに詰めている技術スタッフが手作業でサーバーリソースを増減していた。内木場健太郎・at+link事業部事業部長によれば、「いわば 『人力ベアメタルサービス』状態だったものを、およそ1年かがりで改良し、ユーザーがコントロールパネルで仮想サーバーの操作感と同様の自由度の高い操作をできるようにした」と、ベアメタルクラウドの自動化にこぎ着けた。
AWSやIBM SoftLayer、Microsoft Azureの世界三大パブリッククラウドサービスのうち、SoftLayerはもともとホスティングが強かったこともあって、ベアメタルクラウドに力を入れている。世界のクラウドビジネスにくわしいエクイニクス・ジャパンの古田敬社長が「物理サーバーのよさは確実にある」と指摘するように、SoftLayerもこうした物理サーバーのメリットに早くから着目してきたとみられる。
クラウドの常識を覆す存在
国内の有力ベンダーからも、「ベアメタルのニーズは、われわれベンダーが想像する以上に強い」(GMOインターネットの折田尚久・次世代システム研究室アーキテクト)、「ベアメタルのコントローラを含め、ベアメタルの技術開発の優先度は高い」(データホテルの伊勢幸一執行役員)、「ベアメタルの要望を聞く機会は増えている」(IDCフロンティアの大屋誠・技術開発本部副本部長)などという声が相次ぎ、AWSのような操作感でベアメタルを使うニーズが着実に高まっている状況にある。
仮想サーバー特有のオーバーヘッドロスをなくすとともに、仮想サーバーならではの使い勝手のよさはそのまま継承する“いいとこ取り”のベアメタルクラウドは「AWSの一人勝ちを抑える切り札」と期待する業界関係者もいるほどだが、実際にAWS並みの使いやすさに達するまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
例えば、サーバーを1台まるまる借りて、平均的なCPU負荷率が30%だったとしよう。70%は遊んでいるので、もったいない。そこで、そのサーバーの10%の能力をもつ仮想サーバーを三つ借りて、残りのサーバーリソースは他のユーザーへ貸せば、ユーザーあたりの単価を下げられるというのがパブリッククラウドサービスの“低料金化できる秘訣”だ。これをベアメタルに置き換えると、CPU負荷率30%のユーザーはもともとベアメタルにはなじまず、負荷率100%以上を使うユーザーに限られる。もし150%を使うとしても、物理サーバーを半分に割って提供するわけにはいかないので、結局は2台の物理サーバーを借りなければならない。
つまり、リンクの内木場事業部長が「仮想サーバーの運用台数が100台を超えるような規模のユーザーは、ベアメタルへ移行することで大幅なコスト削減になる」と言うように、ある程度のヘビーユーザーをターゲットにせざるを得ない。現段階では「ホスティングより自由度が高く、仮想サーバーほどには微調整がやりにくい」との位置づけではあるものの、技術開発の進展に伴って、「仮想サーバー=クラウド」の常識を覆す存在になり得るのがベアメタルクラウドであることに変わりはない。
強まるベアメタル指向 使い勝手に課題も
仮想サーバーの使い勝手のよさに浮かれてはいられない。FacebookやGoogleなど、世界のトップネットサービスベンダーは、オーバーヘッドロスが発生する仮想サーバーよりも、物理サーバーを重点的に活用している実態が明らかになってきている。Facebookが提唱して発足した次世代のDCを研究するエンジニアコミュニティ「Open Compute Project(OCP)」の活動を通じて、複数のDC事業者がトップネットサービスベンダーがベアメタル指向であることを察知している。
だが、これは50万台ともいわれる潤沢で大規模なサーバー運用台数を誇るFacebookだからこそできるベアメタルクラウドともいえる。日本のユーザーの規模では、とてもこれだけの在庫リスクは抱えられない。だからこそ、リンクのようなDC専業事業者がハードウェアの在庫を肩代わりすることで、ユーザーの投資リスクを軽減するサービスが評価されるわけだ。リンクは、向こう3年以内をめどに2000台を超える規模のベアメタルクラウド用のサーバーファームを構築することで、規模のメリットを生かし、収益力のあるサービスに育てていく方針だ。
もう一つ、見逃せないのが、仮想サーバーの価格競争の激化だ。徹底した価格攻勢をかけてくるAWSに、中堅・中小規模のクラウド・DC事業者は価格面で太刀打ちができない。AWSにはないサービス、あるいは弱いところを積極的に突いたベアメタルクラウドをはじめとする新サービスでリードしなければ、DCサービスの市場で勝ち残ることは難しい。