中国には、数百社の日系ITベンダーが進出している。最近では、従来の日本向けオフショア開発だけでなく、中国国内に向けたITビジネスに力を注ぐようになってきている。しかし、日系ITベンダーの現地ビジネスは、顧客の大半が日系企業であって、中国ローカル企業の開拓に成功している例は見当たらない。上海を中心とする現地での取材を通して、ローカル市場の開拓に立ちはだかる壁は何か、どうすれば道が開けるのかを探った。(取材・文/上海支局 真鍋武)
巨大な中国ローカル市場 中国の“日系市場”は頭打ち
●対日オフショア市場は低迷 中国の人口は約13億人。10年前の2004年、名目GDPは日本の2分の1に満たなかったが、急速に成長していき、その6年後には日本を超えた。13年時点で、中国の名目GDPは約9兆USドル。すでに日本の2倍近くに膨れ上がっている。
IT市場も急速に成長している。IDC中国によると、14年に中国のIT市場は、前年比14.2%増の2048億USドルに拡大する見込みだ。一方、IDC Japanは、日本の14年のIT市場規模を前年比横ばいの約14兆円と予測。単純に1ドル100円の為替レートで計算すると約1400億USドルなので、中国のIT市場は、規模・成長率ともに日本を凌駕していることになる。
この巨大市場を開拓しようと、中国に進出する日系ITベンダーは、2000年以降、急速に増えてきた。正確な統計はないが、BCNが把握しているだけでも、数百社の日系ITベンダーが進出している。かつては、日本向けオフショア開発を主な事業としていたが、最近では、対日オフショア市場の低迷を受けて、中国国内向けのITビジネスを重視する日系ITベンダーが増加傾向にある。
●日系市場にとどまる日系ITベンダー しかし、日系ITベンダーの中国現地ビジネスは、顧客の大半を日系企業が占めている。理由は簡単だ。日系ITベンダーの現地ビジネスのきっかけが、日本の既存顧客がもつ中国拠点のサポートというケースが多いからだ。
日系企業向けビジネスは、日系ITベンダーにとって手堅い。既存顧客をサポートするだけで、ある程度の売り上げを確保できるうえ、新規営業でも、日本で培ってきたブランド力をマーケティングに活用したり、業務ノウハウをそのまま応用したりできる。
しかし、こうした中国での「日系市場」は規模が小さい。帝国データバンクによると、12年8月時点で、中国に進出している日系企業の数は約1万4400社。中国全体では、民間企業が1000万社を超えている。NEC(中国)の日下清文総裁は、「中国IT市場のなかで、日系企業向けの市場規模は3%程度」とみる。ターゲットを日系企業に限るようでは、宝の山を見過ごすことになってしまう。
中国商務省によると、14年1~6月の日本の対中直接投資額は、前年同期比48.8%減の24億USドル(約2400億円)。昨今の日中政治摩擦や、中国国内の人件費の高騰が原因で、日系企業の投資は急激に落ち込んでいる。これが、IT投資意欲にも影響をもたらすことは想像に難くない。日系ITベンダーの総経理のなかには、「全体の投資額は減っているが、ITの投資額が大きく抑えられているわけではない」という意見もあるが、日系市場が大きく成長することはないだろう。日系ITベンダーが中国ビジネスを大きく成長させるには、巨大なローカル市場の開拓が不可欠といえそうだ。
●従前とは異質のローカルビジネス 「日系ITベンダーは、日系市場に甘んじるのではなく、巨大な中国ローカル市場の開拓を急ぐべきだ」と理解していても、それは簡単なことではない。日系ITベンダーの顧客に日系企業が多いのは、日系市場に固執しているからではなく、ローカル企業の開拓が、遅々として進んでいないことも要因となっている。
ではなぜ、日系ITベンダーは中国ローカル企業を開拓できないのか。「日中の政治関係が足かせになっているのでは」と想像する読者もいるだろう。しかし、それが主な原因ではない。原因は、日系企業向けと中国ローカル企業向けでは、ビジネスのやり方が違うことにある。とくに、中国の独特な文化・商慣習への対応に頭を悩ませているケースが多い。
現地の総経理の多くは、「本社が望むような大きな成長を成し遂げるのは簡単ではない」と考えている。ある日系SIerの総経理は、「売上高は2ケタで成長しているし、利益も出ている。ただ、売上規模はまだ数億円程度。これに対して、本社の役員は、その倍以上の業績を要求してくる。建前では『頑張ります』と答えるが、『自分でやってみろ』と言いたいのが本音」と不満を漏らした。
ローカル市場の開拓には、日本の常識は通用しないと考えたほうがいい。別の日系SIerの総経理は、赴任以前に本社で海外事業部を統括していた経験から、「以前、思うように成長しない中国法人の総経理を帰任させたことがある。しかし、自身が中国に来てみてわかった。この市場は、簡単には攻略できない」と吐露した。
ローカル市場の開拓に立ちはだかる壁とは何か。どうすればうまく攻略できるのか。シミュレーションしよう。
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