業務効率の向上やBCP、人材確保といった観点で「ワークスタイル変革」が注目されている。市場には、その実現をうたう製品が溢れる一方、多くの企業では、導入規模の拡大や全社的な採用に至っていないというのが実感ではないだろうか。時間と場所に縛られない働き方を、企業規模で実現するためのポイントはどこにあるのか。実践企業の事例から考えてみたい。(取材・文/柴田克己)
●関心高まる一方で導入の現実は? 「時間」や「場所」に強く依存する働き方を、「可能な時間に」「好きな場所で」「効率よく」働けるかたちに変えていこうとする「ワークスタイル変革」の取り組みが注目を集めて久しい。当初は、労働者の業務効率向上や出張時の業務遂行を可能にするといった観点で検討されることが多かったテーマだが、2011年の東日本大震災以降は、震災を含む自然災害時の事業継続計画(BCP)の一環として、また「育児」や「介護」といった従業員のライフイベントに対応した人材確保や雇用創出の手段として、在宅勤務を含む、より幅の広い概念として関心が高まっている。
コミュニケーションインフラとしてのインターネットや、ネットを通じて提供される各種のクラウドサービス、接続のためのデバイスもコモデティ化しており、多くのベンダーが企業向けに「ワークスタイル変革」をうたったソリューションを開発。規模や用途、必要なセキュリティレベルなどに応じて、製品やサービスを容易に調達できる環境が整っている。
市場的な環境、社会的な要請の双方が整っている一方で、大半の企業では、時間や場所に縛られない「新しいワークスタイル」がいまだ取り入れられていないという実感もあるのではないだろうか。
総務省は、平成26年(2014年)版の「情報通信白書」において、「ICTの利活用による社会構造の変革と、労働生産力向上」を実現するための重点テーマの一つとして「テレワーク」(一時的、あるいは定常的にオフィス以外の遠隔地で勤務を行う形態。在宅勤務や在宅自営業も含む)を挙げている。
同省の調査によれば、「企業におけるテレワーク勤務制度導入率」は、2009年末の約19%をピークとして、13年末には約9.3%となっている(図1)。同省では「10%前後で推移しており、増加傾向にはあるものの、インターネット普及率やクラウド導入率と比較しても低い状況にある」とコメントしている。
●トップダウン型での推進がカギに 多くの企業で「ワークスタイル変革」が進まない理由の一つとして、遠隔地での業務(在宅勤務やモバイルワーク)を正式な勤務として認める社内ルールや人事規程が整っていないことが挙げられる。
スマートデバイスやインターネット、クラウドを活用した働き方は、「直行直帰が可能」「オフィス以外で仕事ができる」といった、その便利さに注目するかたちで、現場が先行してスタートさせるケースも多い。一方で、会社がそうした働き方に対応した職務規程や運用ルールを用意していなければ、あくまでも「規程に合わない例外」として扱われ、導入範囲が広がることもない。逆に、特定の部門だけでそのような「例外」的な勤務が日常化すれば、社内の他の部門に「不公平感」が生まれてしまう。結果的に、現場レベルの「ボトムアップ型」でスタートする「ワークスタイル変革」は、会社に根づかせることが難しくなる。
すでに「ワークスタイル変革」の実現に取り組んで成果を出している企業では、多くの場合、社長や経営陣が強くコミットする「トップダウン型」で導入を進めた点が共通する特徴となっている。企業の掲げる中長期的な「経営目標」の実現に貢献する要素の一部として「ワークスタイル変革」を位置づけ、社内横断的な権限と責任をもった組織の下でプロジェクトを進めるというわけだ。
プロジェクトチームは、具体的なスケジュールにもとづいて「現状の把握」「必要な要素の検討」「トライアル」「効果測定」といったプロセスを遂行し、最終的に新しい働き方を人事制度や勤務規程などの「ルール」に反映させ、定着させる役割を担う。こうした過程を進めていくためには、経営者側の強力なコミットが必要になる。
また、導入企業で合わせて考慮されているのは、新たな働き方に対応した「社内風土」の醸成だ。例えば「業務に関する連絡事項は、口頭で話したものもグループウェアなどに書き込んで関係者で共有する」「メールやチャットツールによる連絡や報告をこまめに行う」「社外で行う業務については、あらかじめ時間の見積もりを立てておく」といった「運用ルール」は、いわゆる勤務規程のような、正式に社内文書化された「ルール」とは性質が異なる。しかし「新しい働き方を社内に定着させ、生産性を高めていく」ためには必要なものの一つであり、各企業とも従業員それぞれの業務内容や勤務特性に応じて、内容を工夫し、社内に周知している。こうした「運用ルール」を中間管理職を含む社員全体に定着させるにあたっても、経営者のコミットにもとづいた「トップダウン」は重要な意味をもつ。
総務省では、企業への調査をもとに「テレワークの主な課題」として「適した業務がない」「セキュリティ・情報漏えいなどへの懸念」「導入のメリットがわからない」「勤怠管理・業績評価」「コミュニケーション」の5項目を挙げている(図2)。企業が本格的に「ワークスタイル変革」を進めていくにあたっては、こうした「経営者」と「社員」双方の懸念を段階的に払拭しつつプロジェクトを進めていくリーダーシップと、その成果としての「ルール」が必要になる。デバイスやアプリケーション、セキュリティ製品といった「ITツール」は、企業における「新たなルール」の枠組みの上で運用されてこそ、その力を発揮できるというわけだ。「ワークスタイル変革」というテーマにおいては、個々の製品や技術に限らず、ユーザー企業の経営課題に密接に結びついた「組織としての課題」を洗い出し、解決していくプロジェクトを支援する体制までを視野に入れることで、より価値の高い提案が可能になる。

第15回テレワーク推進賞の受賞企業決まる

比嘉邦彦
東京工業大学大学院
イノベーション
マネジメント
研究科教授 一般社団法人日本テレワーク協会による「テレワーク推進賞」の受賞企業が発表され、その表彰式が2月12日に東京都内で開催された。同賞は日本テレワーク協会がテレワークの取り組み実践事例を通じて、企業間の相互啓発と普及促進を目的に開催しているもの。今回は2014年7月から10月にかけて公募が行われ、6名の審査委員による投票と合議にもとづいて、計19社の各賞受賞企業が選出された。
審査にあたっては、テレワークに取り組む「目的」の明確さ、目的に合わせた取り組み内容の「具体性」や「独自性」「新規性」、取り組みによる具体的な「成果」、体制や運用制度を含む「継続的な取り組み」が行われているかなどが考慮されたという。審査委員長を務めた東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科の比嘉邦彦教授は、テレワークへの関心の高まりに合わせて応募企業が増え、そのレベルが全体に向上している点に触れつつ、今回の講評として「トップダウン型」の導入が、テレワークの拡大にあたって重要であるとした。
「導入が進まない企業の状況をみると、とくに中間管理職層の理解が得られていないケースが多い。評価や勤務管理が難しくなるといった考えが根底にある。これは、一般社員に対しても影響があり、目の前で働いている姿を見せなければ、管理職からの評価につながらないのではないかという不安を感じてしまう。この状況を変えるためにはトップの強いコミットメントが必要になる」(比嘉教授)
そうした実態を踏まえたうえで、導入推進にあたっては、テレワークやモバイルワークそのものを目的とするのではなく、「経営課題」を主体に据え、その解決策の一部としてテレワークを位置づける。それによって経営者の後ろ盾を得て、強いリーダーシップをもって導入することがポイントになると指摘した。
第15回テレワーク推進賞・受賞企業優秀賞・会長特別賞(1社):シーエーシー
優秀賞(6社):サイボウズ、ダンクソフト、日産自動車、日立ソリューションズ、富士通コミュニケーションサービス、リクルート マネジメント ソリューションズ
奨励賞(12社):カルビー、ジェーシーアイ・テレワーカーズ・ネットワーク、情報サービス産業協会、テレワークマネジメント、東京コロニー 東京都葛飾福祉工場、トロシステムズ、日本コカ・コーラ、ネットワンシステムズ、ミサワホーム総合研究所、三菱ふそうトラック・バス、ランサーズ、リクルート マーケティング パートナーズ
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