2016年のIT業界はどう動くか。2020年の東京五輪開催までは、IT業界は好調との見方が強く、関連の製品・サービス導入のニーズがますます高まると期待されている。一方で東京五輪後に一気に需要が激減するという見方も強い。予想されるIT不況まで、残された時間は約4年。IT業界の今後の発展は海外にあるのか、国内の新規分野にあるのか、それとも……。ERP/業務ソフトベンダー、SIer、NIer(ネットワークインテグレータ)、ディストリビュータ、中国の日系ITベンダーなど、IT関連企業のトップインタビューから、2016年におけるIT業界の動向を占う。(取材・文/本多和幸、安藤章司、日高 彰、佐相彰彦、真鍋 武)
ERP/業務ソフトベンダー編
SoEとの融合が本格的に進む年に
基幹系のデータを活用して新たな価値を提供する
●象徴的なトップベンダーの戦略 2015年を振り返ると、ERP/業務ソフト市場の非常に重要なエポックの一つが、ERP最大手である独SAPの次世代ビジネススイート製品「SAP Business Suite for SAP HANA(S/4HANA)」の登場といえよう。インメモリデータベース技術を採用したSAPのプラットフォーム「SAP HANA」上に構築することを前提に、イチからつくり直した。主力のビジネススイート製品としては、23年ぶりの全面刷新である。HANAによって、トランザクション処理、データ分析の両方を従来と比べて大幅に高速化し、経営の意思決定をサポートする情報をリアルタイムで提供することを可能にしたほか、UIも個々のユーザー単位の役割カットで柔軟に構築できるようにしたという。
ただし、SAPがS/4HANAで訴求する価値は、基幹システムとしての進化だけではない。従来のERPよりもユーザーのビジネスを広範囲で支援し、収益の向上に直結するような“攻め”のITソリューションを構成するコア製品と位置づけているのだ。SAPジャパンの福田譲社長は、「基幹系システムとフロント系のアプリケーションを、HANAという統一の基盤上でシームレスに連携させることで、ユーザー企業はコンシューマに対して、パーソナライズしたマーケティング施策をリアルタイムに実行することが可能になる。こうしたITシステムを、世の中の変化のスピードに負けないアジリティをもちつつ、現実的なコストで構築できるようになった」と話す。例えば、リテールの店頭で、来店した個人の過去の購買行動データと、在庫管理、生産管理といったバックエンドシステムのデータを紐づけて最適なレコメンドやクーポンをリアルタイムに生成してスマートフォンにプッシュで提供するといったことも可能になるわけだ。
●エンタープライズだけのトレンドではない 近年、クラウドのインフラやプラットフォームのレイヤでビジネスを展開している総合ITベンダーの多くが、基幹系システムを指す「Systems of Record(SoR)」とコラボレーション、コミュニケーションのためのフロントアプリケーションを指す「Systems of Engagement(SoE)」の融合による新しい価値をユーザーに提供するというコンセプトを掲げるようになっている。SAPのS/4HANAは、まさにそうした価値を世に問う新商材といえるが、16年は、基幹系システムの領域全般で、こうしたトレンドが具体的な案件に昇華される事例が増えてくると考えられる。ERP市場でのSAPのライバルであるオラクルは、SoRを強く意識したPaaSを国内でもリリースした一方で、買収によってSoE領域のSaaSの品揃えも充実させてきた。国産ベンダーでも、富士通の新しいパブリッククラウドIaaS/PaaSの「K5」は、同社のSIのノウハウを注入したうえで、クラウド上での基幹系システム構築とSoEとのシームレスな連携を意識したサービスに仕上げている。ERPパッケージのメーカーではないものの、OSS「Cloud Foundry」をベースにしたPaaS「Bluemix」でSoEアプリ開発のエコシステム形成を促進し、もともと得意領域としてきたSoRを融合したソリューションの提案を強化しているIBMの戦略も象徴的だ。
注目すべきは、このトレンドがエンタープライズITの世界だけのものではないという点だ。SMB向け業務ソフトベンダーのPCAとサイボウズは、クラウド業務ソフト「PCAクラウド」とSoEアプリ(あえて分類すれば)のためのPaaS「kintone」をウェブAPIで連携させることを明らかにし、今春、サービスインする。少し古い言葉でいえば、基幹系と情報系の連携による価値を、SMBでも現実的なコストで追求できる環境がクラウドによって整いつつあるといえよう。
ただし、こうした新しい価値が真に市場に受け入れられるかは、ユーザー企業に実際にソリューションをデリバリするSIer、IT販社にかかっている。市場が大きく動こうとしているからこそ、販社側にも大きなチャンスがあるはずだ。
SIer編
重点3分野に投資意欲高まる
2020年までに勝ち残りを決める
情報サービス業は、2016年も引き続き安定的に利益を確保できる事業環境が続く見通しだ。SIer経営者の多くは2020年まで良好な事業環境が続くとみているが、その裏を返せば、景気の後退期に入っても勝ち残れるよう、自社のどの分野に投資をするかが経営手腕のみせどころといえそうだ。
主要SIerの投資先をみると(1)人材確保・育成(2)IT基盤の整備や新商材の開発(3)M&A(企業の合併と買収)の三つに集約される。
(1)の人材確保・育成については、2020年までの事業環境の見通しが明るいことから、ここで一気に人材を確保して育てようとするマインドが強まっている。富士ソフトもそのうちの1社で、13年まで新卒・中途を含めて年間200人前後の採用が続いていたが、段階的に増加させ、15年は1000人規模へと拡大した。16年も引き続き1000人程度の獲得を目指している。
(2)のIT基盤の整備や新商材の開発では、「データセンター(DC)」「(パッケージ)ソフト開発」「BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)」に投資する傾向が顕著だ。DCは、クラウド型サービスを自社でコントロールしやすい環境下で展開するのに不可欠。ソフト開発では、IoTやAI(人工知能)などを活用した新商材の開発に継続的な投資が求められる。また、アウトソーシングもDC同様の設備依存度が高い領域であり、情報セキュリティを担保できる施設の拡充に取り組む動きが目立っている。
ITホールディングス(ITHD)では、140億円の巨費を投じて古いDCの改修や統廃合に取り組んでいる。エネルギー効率で劣る旧式のDCは、どうしてもコスト高になってしまう。というものの、ユーザーのシステムが稼働している状態でDC設備を閉じることもできないため、システム更改のタイミングで、新DCへの移行をユーザーに促していく方針だ。
(3)のM&Aについては、海外ビジネスを伸ばすため、主に海外のSIerを買収するケースが一段と増えそうだ。NTTデータは、直近で約3割の海外売上比率を将来的に5割に伸ばそうとしている。野村総合研究所(NRI)も、海外売上高を直近の4倍程度に相当する1000億円をシンボリックな目標としている。自社拠点だけで、海外の売り上げを劇的に伸ばすのは困難であることが過去の経験から判明しており、手元の資金に余裕があるときにM&Aを活発化させる局面も増える見通しだ。
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