衛星をセンサとするIoTが
宇宙×ITビジネスの再有望株
●宇宙は衛星ビジネスではなく
データビジネス 宇宙に関する業務というと、ロケットや人工衛星の開発と運用、科学実験や探査といったミッションがイメージされることだろう。もちろん、宇宙の利用がこれからさらに活発になれば、そのような仕事もますます忙しくなるといえる。しかし、ITビジネスとの関係でいえば、宇宙へ行くことや宇宙を研究すること自体よりも、「宇宙で取れるデータ」にこそ大きな価値がある。
例えば14年、グーグルは小型人工衛星の開発を行う米スカイボックス・イメージングを買収した。グーグルが「イメージング」と名の付く衛星の会社を取得したというと、グーグルマップ用の衛星写真データを自前で撮影するための投資と思われるかもしれない。しかし、それは買収目的の半分も言いあてていないようだ。グーグル傘下となったスカイボックスはこの3月、社名を変更(新社名はテラベラ)するとともに、今後はグーグルがすでにもつ地理データや機械学習技術などを取り入れ、データ分析事業に力を入れる方針を発表した。具体的にどんなサービスを提供するのかは明らかになっていないが、スカイボックスの衛星は宇宙から高解像度の動画を撮影している。地滑りなどの災害を観測・予測したり、人がセンサを置きに行けない奥地の気象や植生を調査するといった用途が思い浮かぶが、おそらく、そのような従来の衛星でも行われていた用途は本命ではないだろう。例えば、店舗の駐車場に出入りする車の台数や、工場の輸送機械の動きを継続的に分析することで、産業のパフォーマンスを計測することもできる(かもしれない)。
サンフランシスコに本拠地を置き、シンガポールと英グラスゴーにもオフィスを構える米スパイア・グローバルも、小型衛星の開発と、それを使ったビジネスを展開している。同社は13年、クラウドファンディングサービスのキックスターターを通じて実証用衛星の打ち上げ資金を集めたことで話題になったが、現在は船舶情報を監視し、国際物流や保険業界向けに提供するサービスなどを提供している。
興味深いのは、同社は衛星開発の会社とは名乗らず、あくまで「衛星データをベースとした、データ分析の会社」であると位置づけていることだ。同社では、衛星が撮影する画像データに、自動船舶識別装置(AIS)から発せられる信号や、気象情報などのデータをかけあわせて分析する。さらに、衛星データにAPI経由でアクセス可能とすることで、海賊による被害を減らしたり、港湾オペレーション効率を改善したりと、海運業界にとって有用な付加価値の高い情報の提供が可能だという。衛星を開発・運用する技術は確かに大事だが、衛星はあくまでデータを取得するためのセンサであり、得たデータをどう集約・分析し、顧客のビジネスに活用するかがより重要となっている。宇宙ビジネスの勘所は、いま地上のさまざまな産業で活用法が試行錯誤されているIoTと、まったく同じところにあるといえるだろう。
●社用車ならぬ
“社用衛星”がもてる時代 人工衛星をデータソースとして活用するビジネスに取り組むのは、米国企業ばかりではない。08年に東京で創業した超小型(100キログラム以下)衛星開発会社のアクセルスペースは昨年、50機の超小型衛星を飛ばし毎日地球を撮影する地球観測網「AxelGlobe」に取り組むことを発表した。

アクセルスペース
中村友哉
代表取締役 同社は、民生用部品の使用や、少人数での開発といったスタートアップ企業ならではのアプローチで、一般に数百億円かかる商用衛星の開発・打ち上げコストを、100分の1に抑えることを掲げている。代表取締役の中村友哉氏は「数億円というと、ヘリコプターと同じくらいの値段。ヘリコプターを所有している企業は少なくないように、これからは自社の衛星を所有する一般企業が出てきてもおかしくない」と話す。アクセルスペースは実際に、気象サービス会社のウェザーニューズから受注した同社専用の衛星「WNISAT-1」を開発し、13年に打ち上げている。
WNISAT-1の目的は、北極海の氷の観測だ。氷の動きや解け具合がわかれば、安全に北極海を通航できる。海運会社はアジアとヨーロッパを最短ルートで結ぶことができ、輸送コストの大幅な削減が可能になる。北極海を撮影できる衛星はほかにも存在したが、この海域だけを常に高頻度で観測できるわけではない。北極海専用の衛星をもつことで、ウェザーニューズは海運会社に対して高精度の運航支援サービスを提供できるようになった。
しかし、ウェザーニューズに続いて「うちでも“社用衛星”を導入しよう」という企業はなかなか現れない。そこでアクセルスペースは、個別の顧客のための衛星開発から、地球観測データのプラットフォームを提供することへ事業の軸足を移す決断をした。地球を撮影する超小型衛星「GRUS(グルース)」を22年までに50機打ち上げ、地球上で人間が活動している場所のほぼ全域を毎日撮影するという構想だ。投資家からもいい反応を得られ、最初の3機を打ち上げるのに必要となる約19億円の資金を調達することに成功した。
●衛星画像に求められる
“時間方向”の解像度 地球全域の観測・撮影を行う衛星や、それらの画像を販売する事業者はすでに存在するが、一つ大きな問題がある。衛星の機数が少ないため、ある地点を撮影してから次に同じ地点を撮影するまでの間隔が長いことだ。つまり、特定の場所の画像がほしいと思っても、希望のタイミングで撮影されているとは限らないのだ。しかも、1枚あたりの価格は高額。必要なときに必要なデータを取得する、というIoTのコンセプトからはほど遠い。
アクセルスペースでは、衛星の性能を“ほどほど”にする代わり、従来の大型衛星に比べ1機あたりのコストを抑え、その分たくさんの衛星を打ち上げる。ほどほど、とはいっても、カメラの地上分解能は白黒で2.5メートル、カラーで5メートルと、車1台を識別できる性能だ。中村氏は、「これより高精細な画像は、今後ドローンによる撮影でまかなわれると考えている。より広範囲を一度に撮影できるようにし、“時間分解能”を高めたほうが衛星のよさが生きる」と説明。分解能と撮影範囲はトレードオフの関係にあるので、より広範囲を効率よくカバーできるようにしたほうが、同一地点を高頻度で観測できる。データ分析技術が高度になったことで、1枚の高精細な画像よりも、蓄積した画像の変化のほうに高い価値が生まれるようになったといえるだろう。
GRUS衛星は17年中に3機を打ち上げる予定。3機あると、地球上のある特定地点を毎日ほぼ1回撮影できるということで、最初にどのような軌道をとるかは初期の顧客次第になりそうだ。
中村氏は、AxelGlobeプラットフォームの適用先として、いま最も見込みがある業種は農業とみている。これまでも農業の分野で衛星データが活用されることはあったが、作付面積の調査といった統計や、保険料額決定のための収穫量予測などが中心で、肝心の生産者が使える情報は少なかった。先に述べたように、現在の衛星データでは観測頻度が足りないからだ。高頻度での観測が可能になれば、作物の生育や病害虫の発生などを日次の変化として記録し、肥料や農薬を散布する場所や量の判断材料として役立てられると考えている。また、長距離パイプラインやプラントなどのインフラ管理や、公共向けに違法な森林伐採の監視などでも応用が可能だ。
まずは3機の衛星を打ち上げることが同社にとって最大の課題だが、大量のデータの蓄積・分析をいかに行うか、顧客の業務システムとの連携をどのように行うか、データをどんな値付け・形態で販売するかといった、ソリューション構築にも並行して取り組んでいく必要がある。この点で中村氏は、従来の限られた宇宙業界のなかだけではなく、“宇宙村の外”のビジネスと組んでいく必要性を感じているという。
●宇宙IoT時代を支える
サービス市場も拡大 スタートアップ企業による超小型衛星のほとんどは、他の衛星を打ち上げるロケットへの“相乗り”で宇宙空間を目指す。これによって打ち上げコストを抑えられる代わり、ロケットに搭載される主衛星の都合に打ち上げ時期が左右されてしまったり、理想的な軌道に衛星を投入できなかったりという問題がある。その一方、小型の衛星の打ち上げ需要は拡大しているため、超小型衛星に特化した低コストなロケットを開発しようという動きも出ている。
北海道・十勝平野の大樹町に本社を置くインターステラテクノロジズは、“ホリエモン”こと堀江貴文氏が創業したことで知られるが、超小型衛星打上げ用のロケットの開発に注力している。この3月には、高度100キロメートルへの弾道飛行に必要なロケットエンジンの燃焼試験に成功するなど、着実に技術を積み重ねている。ここでも民間宇宙開発ならではのポイントは、かつての国家プロジェクトのようにハイスペックを追求するのではなく、100キログラム以下の超小型衛星打ち上げをターゲットとすることで、従来数十億~100億円と言われていたロケットの打ち上げ費用を、数億円に抑えようとしていることだ。
さまざまな企業が多数の衛星を運用する時代を見越して、宇宙ビジネスを始める企業もある。シンガポールに本社、東京に開発拠点を構えるアストロスケールは、地球の周囲を回り続けるスペースデブリ(宇宙ゴミ)の回収サービスの事業化を目指している。デブリの多くは退役・故障した人工衛星や、使用済みのロケットなどで、他の人工衛星や宇宙ステーションなどに衝突するとそれらを破壊する可能性があることから問題視されている。アストロスケールは、粘着剤のついた小さな人工衛星を打ち上げ、デブリに貼り付けて大気圏に引きずり混むことで、デブリを燃やしてしまうアイデアを発表。産業革新機構などから総額約40億円の資金調達を完了した。

アストロスケール
伊藤美樹
社長 ただ、現在のところ「デブリを発生させた衛星の所有者は責任をもって処理すること」といった法令や、国際的な取り決めは存在しない。コストを負担してまでデブリ処理を依頼してくれる顧客の獲得は難しいと考えられる。この点についてアストロスケールの伊藤美樹社長は、「車のロードサービスのような、宇宙空間での衛星のトラブル解決がビジネスになると考えている」と話す。例えば、衛星が故障して外部からは制御不能となった場合、同じ位置に代替の衛星を投入するには、何らかの方法で故障機をどけてやる必要がある。このとき、同社の技術を利用して、故障機を大気圏内に引き込んで処分するといった解決法が考えられる。ほかにも、軌道からずれた衛星を押し戻す、通信性能が低下した衛星に接近して通信を仲介するといったサービスを検討しているという。
宇宙でデータを取得し活用するビジネスでは、かつての国家プロジェクトのような大型衛星ではなく、多数の小型衛星の存在を前提としたものが多い。「宇宙IoT」が普及した暁には、衛星というITインフラの運用支援サービスもニーズの拡大が期待される。
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