好調に推移してきた主要SIerの業績だが、ここへきて「潮目の変化」が感じられるようになってきた。「デジタル」「xTech」に象徴されるような顧客企業の売り上げや利益の拡大に直結するIT需要が増える一方、従来型のIT需要は頭打ちの様相をみせているからだ。SIerの変化適応への取り組みを追った。(取材・文/安藤章司、鄭 麗花)
みえ始めた「変化の兆し」 持続的成長への道筋を探る
主要SIerは、今期(2017年3月期)もおおむね好調な業績見通しを示している。ここ数年、増収増益の基調が続いていることを受けてのことだが、その一方で、SIer幹部からは「今年に入って受注環境に変化の兆しがみえ始めた」と、異変を感じる声もちらほらと聞かれる。景気変動の波が影響しているのか、ユーザーのIT投資の方向性が変化しているのか、主要SIerの見方を探る。
●一時の「中休み」か それとも「息切れ」か
新日鉄住金ソリューションズ
(NSSOL)
謝敷宗敬
社長 情報サービス業界の売り上げは、ここ数年、ほぼ順調に推移してきたが、ここへきて変調の兆候が垣間見られるようになってきた。主要SIerの多くは、少なくとも2020年の東京五輪までは、おおむね好調に推移するとみているなかで、今期は一時の「中休み」となるのか、20年を待たずして早くも「息切れ」状態なのかを見極めていく必要がある。
増収増益で躍進中の新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)の謝敷宗敬社長は、「今年に入って、少しばかり失速感を覚えている」と、事業環境の変化を敏感に感じ取っている。昨年度(16年3月期)も増収増益ではあったが、計画値に対しては若干のマイナス。とくに第4四半期(16年1~3月期)で「失速感」があったという。

野村総合研究所
(NRI)
此本臣吾
社長 野村総合研究所(NRI)は、顧客の業務を効率化するITを「コーポレートIT」、顧客の売り上げや利益を伸ばすITを「ビジネスIT」と位置づけ、後者こそ成長を牽引する役割を担うとみる。NRIといえば金融業界向けの基幹業務システムの開発に突出した強みをもち、金融業界の業務効率化に誰よりも貢献してきたと自負しているSIerであるにもかかわらず、そうした「コーポレートIT」を、半ば自ら否定するかのように「潮目が変わった。ビジネスITに重点をシフトさせる」(NRIの此本臣吾社長)と言い切る。
●SIerが考える 「成長モデル」とは.jpg?v=1490877927)
情報サービス業全体を俯瞰してみると、情報サービス産業協会(JISA)が取りまとめている経済産業省「特定サービス産業動態統計」情報サービス産業の売上高推移は、昨年9月、今年3月と前年同月比でマイナスになるなど、ここ数年続いたプラス一辺倒ではなくなる気配が感じられる(図1参照)。同じくJISAが今年3月時点で調査した第1四半期(4~6月期)の「情報サービス業DI値(景気動向指数)」では、プラス幅が減少する傾向がみて取れる(図2参照)。一方、調査会社のIDC Japanは、2020年に国内IT市場の伸びがマイナスに転じると予測している(図3参照)。
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日本システムウエア
(NSW)
多田尚二
社長 ただ、IDCの調査は情報サービス業だけでなく、パソコンなどのハードウェア販売が含まれているため、2020年1月にサポート期限が切れるWindows 7の更改に伴う反動減が大きな押し下げ要因とされており、こうした一過性の要因を除くと、まだ成長を持続させる余地はあるともいえる。
では、主要SIerは、どのような点を変えることで持続可能な成長を成し遂げようとしているのか。そのヒントが、NRIの此本社長が言う「コーポレートIT」と「ビジネスIT」にみえ隠れしている。実は他のSIerトップも、「顧客のIT投資が『守りのIT』から『攻めのIT』に変わってきている」(日本システムウエア=NSWの多田尚二社長)、「『SIモデル』から『ITパートナーモデル』へ事業モデルを発展させる」(NSSOLの謝敷社長)と、異口同音に話している。
●「顧客のビジネス」を伸ばすモデルへ それぞれ多少のニュアンスは違うものの、「コーポレートIT」「守りのIT」は、基幹業務システムに代表される顧客の業務のIT化、効率化に重点を置いたシステム形態。「ビジネスIT」と「攻めのIT」は、顧客の売り上げや利益を伸ばすことに直結したITシステムを指しており、具体的にはFinTechやIoT/ビッグデータ、AI(人工知能)など新しいデジタル技術を駆使し、顧客のビジネスを変革するデジタル・トランスフォーメーションが代表例として挙げられる。
謝敷社長が言う「SIモデル」と「ITパートナーモデル」は、システムの形態というよりは、NSSOL自身の事業モデルにより焦点をあてている点で、ニュアンスが少し異なる。「SIモデル」は、要件定義から設計、開発といったウォーターフォール型の開発手法をイメージしており、「ITパートナーモデル」は、ITアウトソーシングで顧客と役割を分担したり、顧客と一緒にリスクを負って新しいシステムをつくりあげるビジネス形態をイメージしているという(図4参照)。

結果的にではあるが、先進的なデジタル・トランスフォーメーションを成し遂げようとすれば、顧客と失敗するリスクを共有し、人材交流やシステムの共同開発、成果報酬などのビジネス形態を取り込んでいく必要がある。NSSOLでは、こうした形態を「ITパートナーモデル」と呼んでおり、その中身は「顧客の価値創造」、つまり顧客の売り上げや利益を伸ばし、顧客の企業価値を高めることに他ならない。
●ハードル高い「xTech」の実践 では、どのようにしてデジタル・トランスフォーメーションを実現するのだろうか。注目を集めるFinTechは金融分野だが、他にもTransTech(流通)、GovTech(公共)、ManuTech(製造)、MediTech(医療)、EdTech (教育)など、いわゆる「xTech」は、業種・業態を問わない。SIer単独でこれらxTechを実践し、顧客をリードしていくのは容易なことではない。
まず考えられるのが、自らの強みとする領域で「xTech」を伸ばすこと。金融業に強いNRIでみると、早ければ今期(17年3月期)中にもデジタル・トランスフォーメーションを推進する新会社の設立を目指している。NRIの既存の知財とノウハウを動員することで、金融業界におけるデジタルマーケティングやFinTechで、世界の最先端をリードする道筋も現実味を帯びる。
ただ、NRIが別の切り口でも既存の知財やノウハウを生かすことができるかといえば、一概にそうとはいえない側面も出てくる。たとえ強みとする金融業顧客であっても、一歩、海外へ行けば業法や規制内容も異なるため、国内の仕様のままでは通用しない。国内では毎年のように改正される規制を、NRI側がうまくシステムに吸収させることで金融顧客の業務を効率を落とさず規制対応できたが、それはあくまでも国内での話である。
●協業/M&Aか 自力で創り出すか 二つ目に考えられるのが協業やM&A(企業の合併と買収)だ。IBMを筆頭に欧米の大手ベンダーは、キラリと光る先端的な技術をもったスタートアップ企業に出資したりM&Aすることで、「xTech」への対応を迅速に進めている。国内ではスタートアップ企業に出資/M&Aする商慣習が希薄であることも手伝って、海外のスタートアップに目を向けるケースが目立つ。先のNRIは既存の知財やノウハウだけでは対応できない領域は、欧米発の先端技術やビジネスモデルの取り込みを意欲的に進める。その予算は向こう3年間で500億円規模を想定している。
三つ目が、難易度は高いものの自前でデジタル・トランスフォーメーションを起こしてしまうことだろう。世界がアッと驚くような奇抜なイノベーションを起こさないまでも、クラウド/SaaSやITアウトソーシングといったサービス型の商材や、自社の強みを発展させることで新規事業を立ち上げるだけでも成長の基礎固めはできる。NSSOLの言う「ITパートナーモデル」でいうところの「顧客との役割分担」や「顧客とともに価値を創造する」部分に相当するものだ。顧客から言われたものを受託でつくるのではなく、月額課金型のストック・ビジネスを育てたり、中核となる技術を新事業に転用する方式ならば、多くのSIerが実現可能ではないだろうか。
実際、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、基幹業務システムのクラウド移行を含めたクラウド関連ビジネスの昨年度(16年3月期)の売り上げ165億円を、2年後の18年3月期には2倍近い300億円に増やす目標を掲げている。
また、NSWは持ち前の組み込みソフト開発技術を生かして、新規事業としてIoT関連ビジネスの立ち上げに邁進している。同社では、IoT関連の昨年度の売り上げ約10億円を、向こう3年で40~50億円、将来的には100億円規模に拡大させていく方針を示すとともに「IoTに続く第二、第三の新規事業も立ち上げていく」(多田社長)と持続的成長に強い意欲を示している。
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