中国IT市場はどこに向かうか
政府の強固な支援もあり、中国のIT市場は急速な発展を遂げている。ここでは、「中国政府」「インターネット企業」「ベンチャー企業」「SIer」の各観点から、中国IT市場がどのような方向へ向かっているのかを紹介する。
●中国政府「インターネット強国」建設へ本腰
李克強
首相 中国政府は、IT産業振興に本気の姿勢を示している。2015年の全国人民代表大会で、李克強首相は伝統産業のインターネット化を進める「互聯網+(インターネット+)」行動計画を掲げ、中国経済の成長にあたって、ITを原動力とする方針を示した。今年3月に公表した「第13次5か年計画」では、初めてICT関連の内容として「第6篇 インターネット経済空間の開拓と発展」が盛り込まれ、クラウドやIoT、ビッグデータなどの次世代情報技術を重要プロジェクトに指定。また、今年7月には、「インターネット強国」の建設に向けた国家戦略として「国家信息化発展戦略綱要」を発表した。
中国政府は、クラウドやIoT、ビッグデータなど、各技術分野に対する具体的な発展計画も明確化している。例えば、昨年9月には、国務院が「ビッグデータ発展促進行動要綱」を発表。今年5月には、国家発展改革委員会などが、人工知能(AI)技術を世界水準に引き上げることを目指した「互聯網+人工知能三か年行動実施案」の策定を進めていることが明らかになった。同計画では、18年までに1000億元を人工知能分野の振興に投じる方針だ。
中国政府が発表する指導意見には、往々にして各種産業と次世代情報技術を結びつける旨が記載されているが、とくに政府が重要視しているのが製造業だ。例えば、「『互聯網+』行動の積極的な推進に関する指導意見」では、「新世代情報技術と製造、エネルギー、サービス、農業との融合を促進する」とあり、製造業が筆頭候補に挙がっている。また、製造業の高度化を目指す「中国製造2025」の重大プロジェクトでも、次世代情報技術が指定されている。日系ITベンダーも、こうした政府の方針を機敏に捉えており、例えば日立製作所は昨年11月に工業和信息化部(工信部)傘下の中国電子商会とグリーン製造分野で協力覚書を締結するなど、同国の政府部門などとの連携を強めている。また、IoTビジネスに注力する日系ITベンダーがこの1年で急増しており、セゾン情報システムズやNTTドコモ、東洋ビジネスエンジニアリングなどが提案に力を注いでいる。

特定の地域で、次世代情報技術の先進モデルを確立しようとする政府の動きもみられる。例えば、ビッグデータ産業の振興に力を注ぐ貴州省だ。同省は中国初の「国家ビッグデータ(貴州)総合試験区」に指定され、現在、企業誘致を積極的に行っている。今年5月に開催された「BIG DATA EXPO」には、李克強首相が出席したほか、中国の大手ITベンダーのトップ層が集結し、政府の本気度を感じさせた。
●インターネット企業独特のサービスが続々と 中国のインターネット企業として、まず押さえておかなければならないのがBATだ。これは、検索サービス最大手の百度(Baidu)、EC最大手のアリババグループ(Alibaba)、SNSサービス最大手の騰訊(Tencent)の頭文字をとったもの。この3社が中国のインターネット市場でもつ影響力は甚大で、各社の取り組みが市場の方向性を左右しているといっても過言でない。BATは、それぞれ基幹事業をもちつつ、近年では企業買収などを通じて、事業領域を多角化させている。例えば、アリババだ。同社は、日本では「淘宝(Taobao)」や「天猫(T-mall)」などを運営するEC事業者のイメージが強いが、実際はクラウドや電子決済、旅行や健康、音楽・動画配信、メディアなど、多岐にわたる事業を展開しており、すでに総合インターネット企業へと発展を遂げている。とくに近年では、傘下の螞蟻金融服務集団(Ant Finantials)が手がける電子決済サービス「支付宝(Alipay)」の成長が著しい。すでに4億人超のユーザーを抱える同サービスは、上海や北京の各種店舗では、ほぼどこでも利用でき、POS端末をもたない路面店でも対応しているケースは多い。驚くべきなのは、「支付宝」だけをみても、独特な機能・サービスが続々と提供されていることだ。例えば、第三者個人信用情報サービス「芝麻信用」がそれだ。これは、ユーザーの「淘宝」や「支付宝」の利用データを分析して、300~800点の間で信用度を数値化するもの。数値が高いユーザーは、螞蟻金融服務集団が提携する金融機関からの融資を受けやすくなったり、ホテルやカーレンタルのデポジットが不要となったり、外国ビザを取得しやすくなったりと、優遇したサービスを受けられる。日本にはまだない、ビッグデータを活用した先進的なFinTechサービスだ。
こうした独特なサービスが次々と誕生する背景には、新たなインターネットビジネスに関する規制が十分に整備されていないことがある。規制でがんじがらめにされていないので、新しいサービスを試しやすいのだ。例えば、中国ではここ数年で配車アプリサービスが急速に普及し、8月1日には滴滴出行が米Uberの中国事業の買収を発表して市場を賑わせたが、実はこれまで中国で一般車両などを使った配車サービスは法律が曖昧だった。法整備を経て、正式に合法化されるのは11月の見込みだ。
●ベンチャー企業 起業ブームに沸く 中国では、ベンチャー企業も急増しており、新たなITビジネスを展開する起業家も多い。中国国家工商行政管理総局によると、2014年に新規登録した中国の企業数は前年比45.9%増の約365万社。15年には、さらに21.5%増となる443.9万社が誕生した。毎日1万社以上のベンチャー企業が誕生していることになる。
背景にあるのは、中国政府が推し進めている「大衆創業、万衆創新」政策だ。これは、李克強首相が14年9月に打ち出した概念で、起業家の創出や革新を中国経済の原動力に位置づけるというもの。15年6月には、国務院が指導意見を発表し、起業・イノベーションの促進にあたっての制度や財政、金融、ベンチャー投資などの政策を打ち出した。
これに伴い、ベンチャー企業向けのインキュベーションセンターも急増中だ。中国では「衆創空間」と呼ばれ、中国科学技術部によると、すでに現在、全国に2300か所ほどが存在している。衆創空間では、起業家がオフィスや政策情報、資金援助、パートナー紹介などの一連の支援を受けることができる。北京の中関村エリアなど、IT技術の豊富なエリアでは、「創業カフェ」と呼ばれるオフィス型カフェもみられ、仕事をしたり、情報交換や人員を募集したりする起業家も増えている。
インターネット企業も、ベンチャー企業を自社のポートフォリオに組み込むための施策を講じている。例えば、テンセントは、今後3年間以内にベンチャー企業支援に100億元を投資し、100社以上の企業を成長させる「双百計画」を始動した。すでに自前の衆創空間を全国各地に設置しているほか、クラウドサービスやアプリ開発の資金援助なども実施。オンライン教育サービスを手がける阿凡題には6000万米ドル、ヘルスケアアプリを展開する悦動圈には1億米ドルを投資するなど、大型投資にも積極的だ。
各地域の開発区などでも、こうした企業支援は活発に行われている。例えば、ビッグデータ産業の振興に力を注ぐ貴州省貴安新区では、起業家支援を目的とした「貴安創客連盟」を15年6月に設立。起業家に求められる能力の研修やマーケティング支援、無料のスタジオオフィス、投資・融資機構や資本家との商談機会などを提供している。王克総武秘書長は、「3年間で1万の革新的な創業プロジェクトを育成し、10万の創業者を支援したい」との目標を掲げる。
もちろん、こうしたベンチャー企業すべてが成功するわけではない。ほとんどの企業は自然淘汰され、生き残るのはほんの数%だろう。だが、こうした支援が実を結び、BATのようなIT企業が登場すれば、中国IT市場の発展に大きく寄与することになる。
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