日本と比べ、市場変化のスピードが非常に早いことで知られる中国。この1年間だけでも、IT市場は大きく動いた。「第13次5ヵ年計画」が本格的な実行段階に突入する2017年は、さらなる変動が予想される。3月に開催された全国人民代表大会(全人代=国会に相当)で今年の政策方針も固まり、すでに現地企業は商機獲得に向けて動き出した。本特集では、連載「Asian News」の拡大版として、駐在記者の現地取材・体験をもとに、中国IT市場における最新のトレンドを紹介するとともに、2017年を展望する。(取材・文/真鍋 武)
2017年のホットワードはAI 各社が取り組みを加速 百度が先陣を切るか
間違いなく、人工知能(AI)は2017年のホットワードになる──。3月5日、筆者は確信した。中国政府が、今年の重要な新興産業の一つとして、AIを指定したからだ。
この日、中国では全人代が開幕。目玉となる李克強首相の政府活動報告では、17年のGDP成長率を6.5%前後とする主要所期目標や重点活動任務が示された。このうち、「イノベーションによって実体経済のパターン転換・高度化をリードする」という重点活動項目のなかで、李首相は、「新興産業の育成・発展を速める。戦略的新興産業発展計画を全面的に実施し、新素材、AI、集積回路、バイオ医薬品、第5世代移動通信(5G)などの技術研究開発と実用化を加速させ、産業クラスタを大いに発展させる」と明言した。政府活動報告にAIという単語が盛り込まれたのは、今回が初めてだ。
全人代の政府活動報告
発言の意義は大きい。中国では、政策と経済が直結するからだ。政府主導の取り組みが重点的に実行されれば、AI関連の製品・サービスの研究開発や企業での応用、産業化に向けたエコシステム構築が急速に進む可能性がある。これを受け、中国のIT専門メディアは一斉にこの発言を報道。大いに湧いた。
すでに、中国政府はAI産業の発展に向けて動き出している。昨年5月、中国国務院は「“インターネット+”人工智能三年行動実施方案」を発表。18年までにAI産業を1000億元規模にする構想を掲げた。商機と捉えるITベンダーは多く、現地のIT関連イベントでは、AIをテーマとした展示や講演が目にみえて増えている。今後は、さらに多くのITベンダーが、AI事業戦略を続々と打ち出していくだろう。
3月17日に工業和信息化部(工信部)傘下の中国電子信息産業発展研究院が主催した「2017中国IT市場年会」では、18年の中国AI市場規模を16年比65.6%増の381億元とする予測値も発表された。調査会社IDC中国では、18年までに、中国のインターネット製品・サービスの67%にAI機能が搭載されると予測する。中国で高度なAI技術の開発と実用化が進めば、日本のITベンダーにとっては脅威となる。
百度
李彦宏
CEO
とくに最近、中国のIT企業で、AI事業を外部に積極的にアピールしているのが百度(李彦宏CEO)だ。同社は、国家発展和改革委員会(発改委)がこのほど設立を批准した「ディープラーニング技術・応用国家工程実験室」で、主導的な立場を確保したと強調した。現地メディアでは、「(このことは、)百度がAI領域で“国家チーム”の一員になるだけの実力をもつと、中国政府が確信している象徴だ」と指摘する。
AI事業の拡大に向けて、百度は鼻息が荒い。「ディープラーニング技術・応用国家工程実験室」の設立発表会で、李CEOは「過去2年半の間に百度の開発研究支出は200億元を超えた。この大部分はAI事業に投入している」と話した。同社は昨年9月にAIプラットホーム「百度大脳」を発表。同時期にAIなど新興技術領域に向けた投資会社も発足させるなど、取り組みを加速させている。今年1月には、陸奇氏を百度グループの総裁兼COOとして引き入れたことで話題になった。陸氏は、前職でマイクロソフトのグローバルバイスプレジデントを務めた業界の有力者だ。マイクロソフトでの経験・ノウハウを百度のAI事業に取り込む狙いがある。
百度の16年10~12月期売上高は前年同期比2.6%減の182億1200万元と、2四半期連続の減収だった。医療広告不正などの影響で信頼性が低下している。インターネット業界の競争関係は激化しており、屋台骨である検索広告などのオンラインマーケティング事業は、今後も苦戦が予想される。
そうした意味でも、事業拡大に向けた次の布石として、AI事業の重要度は高い。現地メディアの報道によると、百度のAI事業チームの従業員数は1300人を超えた。17年には、さらに数百人拡充する予定だという。
「中国製造2025」が本格化 ITベンダーの商機が加速 外資企業の待遇も平等に
「『中国製造2025』を踏み込んで実施し、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、IoTの応用を速め、新技術・新業態・新モデルによって在来産業の生産・管理・マーケティングモデルの変革を促す」。全人代の政府活動報告で、李首相は強調した。17年は、製造業向けビジネスで、ITベンダーがより多くの商機を得るようになる。
中国製造2025は、製造業の高度化に向けて政府が策定した10ヵ年計画。25年までの製造強国仲間入りを大きな目標としている。投資拡大が見込まれ、例えば、製造業に補助金を提供したり、政府主導で優先的に業界標準の策定を進めたりということが想定される。
ITベンダーにとってチャンスが大きいのは、計画の10大重点推進分野のなかに「次世代情報技術」が盛り込まれているからだ。それも、原文では10大分野の先頭に明記されている。これは、次世代情報産業の重要度が最も高いことを意味する。IT投資が拡大する可能性が高い。
アスプローバ中国法人
徐嘉良
総経理
計画が発表された15年は、まだ現地の製造業は様子見の段階だった。しかし、16年に入ると詳細の計画が続々と発表され、各社は実践段階に移り始めたようだ。アスプローバ中国現地法人の徐嘉良総経理は、「16年に大きく風向きが変わった。多くの製造業が、いよいよ実行の段階に踏み出している」との実感を示す。同社の主力製品である生産スケジューラ「Asprova」は、ローカル企業の販売実績が拡大し、16年度は新規顧客の約80%をローカル企業が占めた。
ただし、実際の導入にあたっては課題も多い。徐総経理は、「中国の多くの製造業は、まだベースとなる部分が弱く、管理レベルやシステムが高度ではない」と話す。例えば、経営者がスマート製造を導入しようとしても、昔ながらのやり方に慣れている製造現場からの反発があって、スムーズに進まないことがある。現場への啓発を含めたコンサルティングは不可欠だ。
中国製造2025のポイントは、地場企業だけでなく、外資系企業にもチャンスがあるということだ。政府活動報告のなかで、李首相は、「中国製造2025の政策適用などの面で、国内企業と外資企業への待遇を平等にする」と明言した。IDC中国では、これについて「スマート製造などの領域が、より対外へ開放され、未来のICT商機の重要領域になる」と分析する。日系企業が地場の製造業と手を組み、中国製造2025に向けた取り組みを共同推進する構図が成立することになる。
富士通
田中達也
社長
すでに、この兆候はみられていた。今年1月、富士通の田中達也社長が、上海市に姿を現した。同氏は過去に中国に駐在した経験をもつが、昨年6月に社長に就任してから、中国で公の場に顔をみせたのは初めて。訪中の目的は、国有大手の上海儀電(集団)(INESA)との戦略提携協議の調印式に出席することだ。
両社は昨年10月、中国製造2025の実現に向け、「スマート製造プロジェクト」を共同で推進すると発表。これにもとづき、すでに上海儀電(集団)傘下企業の製造工場で、スマート工場の取り組みを進めている。将来的には、構築したモデルを外部企業にも販売していく方針だ。富士通にとって、この戦略提携は意義が大きい。田中社長が出席したのはそのためだ。上海儀電(集団)は、上海市国有資産監督管理委員会が管轄する国有大手の企業グループ。約180社の関連企業、約1万8000人の従業員を抱え、中国国内で大きな影響力をもっている。富士通は、従来以上に地場企業向けの販売活動を円滑に進められる。
セゾン情報システムズ中国法人
張圃
副董事長総経理
日系ITベンダーの多くは、中国でローカル企業の開拓に苦戦しており、その要因の一つとして、現地パートナーとの関係構築がうまくいかないことが挙げられる。ローカル企業を中心に開拓しているセゾン情報システムズ中国法人の張圃・副董事長総経理は、「中国のパートナー連携で重要なのは、真の意味でWin-Winの関係になること。他社の成功事例のなかに、自社の商材を売り込むようなやり方ではいけない。Win-Winの関係になるためには、新しい領域に対する取り組みを共同で推進することが有効だ」と指摘する。新しい地域、分野、サービスなど、これまでないものを一緒につくり出していく場合、お互いの強みを組み合わせる補完関係になる。そうした意味では、中国製造2025は、日系企業とローカル企業がWin-Winの関係になりやすい領域だといえる。
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