Special Feature
<ASIAN NEWS 拡大版>中国で今何が起きているのか 急変するIT市場のリアルを追う
2017/04/12 09:00
週刊BCN 2017年04月03日vol.1672掲載
止まらぬ起業ブーム 1日に1万2000社が誕生ベンチャー育成が産業化
最近、日本で第4次ベンチャーブームが到来したと話題になっているが、中国ではそれをはるかに上回る規模感の起業ブームが訪れている。中国政府によると、16年に同国の新規登記企業は、1日平均で1万5000社も増えた。ITベンチャーも多い。背景にあるのは、「大衆創業・万衆創新(双創)」政策。中国政府は、イノベーションを原動力とした経済発展を重要視しており、その一環として、起業家の育成に力を入れている。
例えば、上海市では、人口約130万人を抱える楊浦区が積極的だ。同区は、16年5月に「双創示範基地」に、同12月には「国家創新型城区」に指定された。区政府は、資金調達などに向けた起業家支援として、累計300億元規模の各種基金を用意している。
楊浦区には、復旦大学、同済大学など、約10の著名な大学と約100の科学研究所があり、優秀な人材が豊富。また、ハイテクパークに加え、INNOSPACEやIPO Clubといった「衆創空間」と呼ばれるインキュベータも多い。同区の丁歓歓・常委副区長によると、「区内には現在、60の衆創空間がある」という。起業家輩出に必要なエコシステムを集積させているのだ。
IT領域では、上海優刻得信息科技(UCloud)が楊浦区の輩出した代表的な成功企業。12年設立の同社は、IaaSを軸としたクラウドサービスで急速に成長した。従業員数は3人から270人規模に拡大し、ユーザー数は5万を超えている。
また、中国では、起業家に加えてインキュベータやアクセラレータも急増している。
2月22日、上海市静安区のある商業ビルで、「XNode Pitching!」と題したベンチャー企業コンテストが開催された。プレゼンテーションをもとに、ベンチャー企業を審査・評価して表彰する催しで、優秀企業は資金援助などが受けられる。

Xnode主催のビジネスコンテスト
この日、会場はイベント開演前から熱気に満ちていた。プレゼンテータや来場者が熱心にコミュニケーションをとる姿が目立ち、日系ITベンダーが主催するセミナーとは、まるで異質な雰囲気。起業ブームの勢いを感じる。
イベント開始後には、進行が進むに連れて来場者の数も増えた。会場には約50席が用意されていたが、立ち見客の姿も。このうちの3分の1ほどは欧米人で、投資家も含まれる。
イベント主催社のXNodeは、コワーキングプレースの提供に加え、資金調達やメンタリングといった起業家の成長に必要なサービスをワンストップで提供しているアクセラレータ。同社の田中年一執行董事は、「毎日のようにこうしたイベントを開催している」と話す。今や、インキュベータやアクセラレータは、一つの産業と化した。Xnodeに限らず、全国各地でこうしたイベントが日夜開催されている。
ただし、起業家の数が増えているといえ、そのすべてが成功しているわけではない。新規登記企業数は確かに急増しているが、発改委の寧吉喆副主任は、「失敗はどの国であってもすべてを防ぐことはできない」と述べ、一定数の倒産企業が存在する事実を認めている。実際、筆者も以前、事業を途中で諦めた中国人起業家にあったことがある。その中国人は、市場見通しが明るいIoTデバイスの設計開発を事業として起業。しかし、実際は厳しい競争にさらされて、事業は軌道に乗らなかった。彼は「夢を追うことよりも、家族との生活が大事だと気づいた」と話し、一般企業に再就職する道を歩んだ。
事業を成功に導けるかは、起業家の手にかかっている。ただ、こうした政府支援やインキュベータ・アクセラレータの存在は、レベル底上げの面で大いに効果があるだろう。
「VPN禁止」報道の真実 日系企業の事業活動に影響なし ただしITベンダーは要注意
先日、中国政府がインターネットサービスの取り締まりを強化する通知を出したことを受けて、現地の日系企業に波紋が広がった。影響力をもつ複数のメディアが、事情をしっかりと把握しないままに、「VPNが全面禁止」「VPNが許可制に」などと扇情的な見出しで大々的に報じたことで、自社への影響を懸念したからである。これを受けて一時、日系ITベンダーへの問い合わせも急増した。ことの発端は、中国工業和信息化部(工信部)が1月22日に発表した「关于清理規範互聯網網絡接入服務市場的通知」。通知の主な内容は、「インターネット産業の健全な発展を促す」ため、当局の認可を得ていないインターネットサービス事業者の取り締まりを強化するというもの。強化期間は18年3月31日までとしている。
結論からいえば、適切な認可を得ている事業者を利用すれば、日系企業に影響はない。中国当局も、1月24日の追加発表で「外国企業のビジネスに影響を与えるものではない」と明言している。
VPNは、通信キャリアが提供するネットワークを利用するIP-VPNと、一般のインターネット回線を利用するInternet-VPNに大別される。以前から、事業者がIP-VPNを提供するには、「付加価値増値電信業務経営許可証」の取得が必要だった。ただし、実際には経営許可証をもたない事業者が、正規事業者からの又貸しの形でサービスを再販しているケースは少なくない。そこで今回、きちんとした認可を得ないまま提供している業者の取り締まりを強化します、というわけだ。あくまで取締り“強化”であり、新たな規制ができたわけではない。
一方、インターネットVPNについては、事業者というよりは、企業が自前でネットワークを構築するケースが多い。これについて、中国政府は、拠点を跨ぐ社内ネットワークなど、自社内での利用は問題ないと認めている。ただし、自社で構築したVPNネットワークの他社への又貸しはできない。
日系ユーザー企業にとっては、大きな心配要素ではないが、現地のITベンダーには、一定の影響が予想される。なぜなら今回の通知は、VPNだけでなく、IDC、ICP、CDNと、インターネットサービス全般の経営許可証に関する取締り強化を主目的としたものだからだ。日系を含む外資企業は、実質的に「付加価値増値電信業務経営許可証」を取得できない状況が続いており、各社はライセンスを有する地場事業者との提携を通して、間接的にサービスを提供している。しかし、ITベンダーのなかには、パートナーとの提携をグレーゾーンの枠組みにして、ユーザーにサービスを再販(また貸し)する形で提供しているケースもある。例えば、IaaS型のクラウドサービスの場合、ITリソースはライセンスを保持するパートナー企業、日系企業は運用・保守といった項目で分けるのが本来のやり方だが、これを曖昧化して、「コンサルティングサービス」名目で一括販売している場合だ。当局が目をつける可能性があるため、自社のサービス提供体系を見直した方がよいだろう。
ちなみに、中国では、一般回線でFacebook、Twitterなどの海外で普及している特定のサービスを利用できず、現地で生活する外国人インターネットユーザーの多くは、VPNを経由してこれらサービスにアクセスしている。しかし、国を跨ぐVPNについてはもともと経営許可証がなく、認められていない。一般的に中国在住の日本人が使用している個人向けの越境VPN(Internet-VPN)サービスは、中国の法規上は違法開設の扱いだ。これまでも、定期的にこうしたサービスは遮断されてきた。今回の通知に限らず、今後も当局と事業者側との間でいたちごっこが続くだろう。
<拡大版>駐在記者・真鍋武が体験したリアルな中国 短期決戦型市場に学ぶ 熱烈な価格競争に巻き込まれるな
●たった1年で上海市内の景観は、この1年間で異様に変化した。街中の歩道には、いたるところにオレンジ色や黄色、緑色などの派手な自転車が置かれている。地下鉄駅の入り口付近では、これらが密集。歩道を占拠して、一般歩行者の通行の妨げになっているほどだ。1年前には、まったく見られなかった光景。市場変化の凄まじい早さに、驚きを超えてあきれてしまう。中国は再び自転車大国になったのかと。
歩道に溢れる群れは、いずれもスマートフォン(スマホ)アプリを活用したシェアリングサービスの自転車だ。これらサービスは、スマホアプリを通して、車体にはられたQRコードや番号をスキャン・入力すると、施錠が解除されて利用できる仕組み。利用後は公共の駐車スペースであれば乗り捨てて構わない。利用価格は、30分間で0.5~1元程度と格安。利便性が高く格安とあって、筆者自身、通勤時や昼食時など、ほとんど毎日利用している。

上海市静安区の交差点付近。シェアリングサービスの自転車が所狭しと並ぶ
中国政府は、「第13次5ヵ年計画」の発展理念として革新・調和・グリーン・開放・共有を掲げ、伝統産業とインターネットの融合を進める「互聯網+」や「共亨経済(シェアリングエコノミー)」を推進している。自転車シェアリングサービスは、こうした政府方針に則ったサービスで支援も手厚いとあって、参入業者が相次いだ。昨年夏頃まで、上海の街中で主にみかけるのはオレンジ色が目印の摩拜単車(mobike)だけだったが、その後は黄色の共享単車(ofo)が急増。さらに、小鳴単車(Xiaoming Bike)、百拜単車(100bike)、永安行(youon)と、日増しに新顔をみかける。なかには、電気自転車専門のシェアリングサービスもある。
調査会社の比達咨詢(BigData-Research)によると、16年の自転車シェアリングサービス市場シェアは、ofoが51.2%で1位、mobikeが40.1%で2位。2社で90%を占める。ofoでは、一日の累計利用回数は1000万台を超えたという。
●ユーザーがお金をもらえる!?
世の中が便利になるのはよいことだが、たった1年以内に数が増えすぎた。供給過多といえる状況に突入しており、最近ではユーザーの囲い込みを図るための熾烈な価格競争が勃発している。とくに、mobikeとofoの競争は凄まじい。私のスマートフォンには、毎日のように、SMSメッセージで両社から無料利用の通知が送られてくる。ここ1週間は、お金を払って利用した記憶がない。
自転車シェアリングは、サービス内容に大きな違いがないため、勝敗を分ける大きな要因は設置台数・配置エリアもしくは価格となる。2大巨頭の両社は、設置台数・配置エリアでは互角に近い関係とあって、価格で勝負せざるを得ない。3月23日には、mobikeが新たに「紅包車」というサービスを発表した。特定の自転車を探し出して、それを10分間以上利用すれば、1~100元を受けとることができるというもの。同社では、「『Pokemon Go』の自転車版だ」とアピールしている。もはやユーザーはサービスに対価を払うのではなく、お金をもらう状況にまで突入してしまった。きっと、この記事が本紙に掲載される頃には、ofoも同様のサービスを開始しているに違いない。

mobikeは利用したらお金をもらえる「紅包車」を開始
中国では、ビジネスチャンスが見込まれる領域に、短期間に大勢の企業が参入する。サービスはコモディティ化し、不毛な価格競争へ。そして、市場の構成が決まってしまう。まだ1年しかない自転車シェアリングの市場も、今年中に覇権争いが収束するだろう。かつて、タクシー配車アプリの領域で、滴滴打車と快的打車が熾烈な争いを繰り広げたように。
●日系ベンダーも他人事ではない
問題は、中国に進出している日系ITベンダーにとっても、こうした市場特性が無関係な話とはいえないことだ。なぜなら、IT市場でも似たような変化が起きている。
CDN(Content Delivery Network)大手の網宿科技(劉成彦董事長)は、このほど17年度(17年12月期)第1四半期の業績予想を発表し、純利益が前年同期比30%減の1億6919万元に落ち込む見込みだと報告した。同社は、深センA株市場に上場し、従業員数約3000人を抱える大手プロバイダ。15年の中国CDN市場ではシェア42.7%(同社調べ)で首位につけている。
収益悪化の主な要因について、同社は「国内CDN市場の競争が白熱し、市場価格が明確に下降し、会社の粗利益が落ち込んだ」と説明した。中国では、DC・クラウド市場に、インターネット企業などの新規参入が相次いでいる。現地メディアの21世紀経済報道は、「『阿里雲(Alibaba Cloud)』が発起した価格戦によって、伝統プロバイダの価格も下落し、利益の鈍化ないし損失がもたらされた」と指摘。クラウド市場最大手のアリババグループは、過去1年間に「阿里雲」で17回の値下げを実施している。スケールメリットを生かし、低価格でユーザーを抱え込もうとしているわけだ。
このような市場で、日系ITベンダーが闘っていくことは簡単ではない。とくに、価格競争に陥っては、勝ち目がないことは明白だ。かつて、ローカル企業向けビジネスで価格競争に巻き込まれたある日系ITベンダーは、収益率が低下し、結果として大規模な人員削減に追い込まれた。
中国市場を生き抜くには、自社の強みをよく分析して、不毛な争いに巻き込まれないための工夫を凝らすことが欠かせない。
日本と比べ、市場変化のスピードが非常に早いことで知られる中国。この1年間だけでも、IT市場は大きく動いた。「第13次5ヵ年計画」が本格的な実行段階に突入する2017年は、さらなる変動が予想される。3月に開催された全国人民代表大会(全人代=国会に相当)で今年の政策方針も固まり、すでに現地企業は商機獲得に向けて動き出した。本特集では、連載「Asian News」の拡大版として、駐在記者の現地取材・体験をもとに、中国IT市場における最新のトレンドを紹介するとともに、2017年を展望する。(取材・文/真鍋 武)
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