Special Feature
民法改正 ITベンダーが備えるべきこと システム開発への影響を読み解く
2017/11/15 09:00
週刊BCN 2017年11月06日vol.1701掲載
Chapter 2
情報サービス取引の何が変わる? 法改正でベンダーは負担増の懸念
不具合に対する責任期間が長くなる
システム開発の契約形態としては、「請負契約」と「準委任契約」が一般的だ。請負契約は、ベンダー側が成果物の完成・納品に対して報酬を受け取る契約で、準委任契約は、ベンダー側が特定の業務をユーザーから受託し、その遂行に対して報酬を受け取る契約。準委任契約の場合、ベンダー側にとって、システムの完成・納品が報酬を受け取る条件ではないということになる。こうした性質上、一旦確定した仕様書にもとづいてプログラムを完成させる工程では請負契約、要件定義書の作成支援やSES、運用保守は準委任契約である場合が多い。
今回の民法改正で、情報サービス業にもっとも影響があると考えられるのが、請負契約に関連する規定の改正だ。とくに、完成したシステムの品質にベンダー側が法的な責任をもたなければならない期間が長くなったことは大きなポイントといえる。

細かく説明すると、現行の民法では、ユーザー企業と委任契約を結んだベンダーは、構築・納品したシステムに対して「瑕疵担保責任」がある。システムに不具合(瑕疵)があった場合、ユーザーはベンダーに対して、不具合の程度などに応じて追加費用なしでの修正や損害賠償、契約解除を求めることができるのだ。今回の法改正では、「瑕疵」に代わって「契約不適合」という言葉が使われるようになり、責任追及の具体的な手段として、不具合の修正、損害賠償、契約解除に加えて、ユーザーがベンダーに支払う報酬の減額請求ができることを明文化した。そして、現行法では、ベンダーが瑕疵担保責任を負わなければならない期間は、完成したシステムの引き渡し時から1年以内だったのに対し、改正後は、ユーザーが契約不適合の事実を「知ったときから1年以内」、つまり、不具合をみつけた時点を起点として1年以内になる。これにより、ベンダーが契約不適合の責任を負わなければならない期間が実質的に延びるわけだ。飯田弁護士も、ベンダーの立場である日本総研の大谷氏も、これが「今回の法改正の内容で一番インパクトが大きい」と口を揃える。
具体的に、ベンダーが契約不適合責任を負わなければならない期間はどれくらいの長さになるのだろうか。大谷氏は、「時効の完成まで責任追及できるわけで、最大10年にわたって契約不適合責任にもとづく各種の請求が行われる懸念がある」と話す。飯田弁護士も同様の見解を示しており、次のように解説する。「ベンダー側の契約不適合責任の期間はユーザー側が“知ったときから1年”ではあるが、これとは別に時効の一般原則も適用される二重構造になっている。債権の消滅時効は、権利を行使し得ることを知ってから5年、もしくは行使できる状態になってから10年のいずれか早いほうということになる。これを前提として、ユーザー側も最初から抽象的には契約不適合責任の概念を知っているはずだから、システムの引き渡しから最長5年までしか責任追及はされないという人もいるかもしれない。しかし、普通の解釈でいえば、権利行使というのはもっと具体的に考えるもの。こういう不具合があるからこういう権利行使ができるというのが明確にならなければ、権利行使し得ることを知ったとはいえないと判断される可能性があり、そうなるとベンダーの責任期間は最長10年になってしまう」。
不適合があれば
いつでも契約解除可能に
このほか、大谷氏は、情報サービス業にとって重要な改正内容として、「契約解除の考え方が変わった」と指摘。「いままでは契約の目的を達成できないような重大な瑕疵がなければ契約解除には至らないという考え方だったが、改正後は、平たくいえば、不適合があればいつでも解除できることになる。これもインパクトは大きい」と話す。
一方、飯田弁護士は、「成果報酬型の準委任契約が明文化されたことも重要」との見解を示す。「現行法では、硬直的な請負契約か、すごくふわっとした準委任契約か、どちらかしかなかった。極端にいえば、準委任契約だと、最終的に要件定義書が上がってこなかったりしても、ユーザーはそこまでのお金をベンダーに払わなければならなかった。成果報酬型の準委任契約ができたことで、ユーザーが成果をきっちり定義して、ここまで達しなかったら報酬を払わないといいやすくなる可能性はある」という。 ただし、これについてはベンダーの立場からは見方が異なるようだ。大谷氏は、「これまでも、準委任契約で何か成果を引き渡して、それと引き換えに報酬請求権が発生するのはベンダーにとってはあたりまえのことだったので、条文に書いたからといってとくに変化はない。現行法でも準委任契約なら成果を出さなくていいというわけではないので、そこを誤認しないでほしい」と強調する。
Chapter 3
じゃあ、ベンダーはどうすればいいの? 任意規定であることは変わらず、まずは契約書
法改正で契約交渉のパワーバランスに影響?
ここまで民法(債権法)の改正内容をみてきたが、総じてベンダー側にとっては厳しめの内容といえそうだ。とくに、請負契約でシステム開発を行った場合、システムの不具合に対する責任期間が最長10年以上になる可能性が出てきたことは、大きな懸念材料だ。飯田弁護士は、「ソフトウェア成果物にとっては極めて大きな話で、引き渡してから10年間、枕を高くして寝られないというのは、ベンダー側としても普通は許容できないだろう」と話す。一方で大谷氏は、ベンダー側にとって厳しいことが、必ずしもユーザーの利益につながるわけではないと指摘する。「個別の取り決めを何もせずに新しい民法上のデフォルトルールで契約して、10年以上にわたって不具合に責任を負うという条件をベンダー側がのむとしたら、つくったシステムのことがわかる人間をキープし続けなければならず、それもコストに乗せなければならない。最初にいただく費用もいままでとはまったく違うレベルになってしまう。デフォルトルールのままだと、最終的に不利益を被るのはユーザー側ではないかと思っている」。
では、ベンダーはどんな対策を取ればいいのか。債権法の規定はほとんどが任意規定であるのは改正後も変わらない。飯田弁護士は、「契約書をどう書くかが大事」だと解説する。「実際の取引では、ベンダーが契約書のフォームを提示して、多くの場合は交渉による修正などはほとんどせずにユーザーがサインしているのが実態で、ベンダー側が有利ではないか。新しい債権法が施行されても、契約のひな型を見直すなど、契約書のつくり方や契約交渉次第でリスクを潰していくことは可能。例えば、契約内容不適合の責任を負う期間は従来どおり引き渡しから1年にしますという規定を入れることだってできる。ただし、リスクを潰すことがビジネス上プラスに作用するかはわからない。今回の改正内容が契約交渉のパワーバランスに影響する可能性は否定できず、ユーザー側に譲歩することが競争力につながる可能性もある。そこは経営判断といえるだろう」(飯田弁護士)。
ユーザーとの
よきコミュニケーションの契機
加えて、契約書と業務の実態を一致させることも重要だという。飯田弁護士は、「契約書に準委任と書かれていても、現場の人間がお客さんに頼まれて何かをつくって納品したりということがあると、仮に紛争になったときに、請負と判断される。過剰サービスをすると、契約自体がそこまでやる契約だったと裁判で認定されてしまうので、あくまでも契約書に沿って、拒否すべきは拒否しなければベンダー側はリスクを抱えることになる」と説明する。
一方、大谷氏は、契約内容と業務実態の乖離を生まないためにも、「法律上の委任とか請負という区分にあまり依存せずに、ユーザーとベンダーが本当に必要だと思う条項を契約のなかに謳いこんでいくことが重要。案件ごとにすべてを一からやるのは大変だとは思うので、JISAにもモデル契約書をアップデートしてもらい、それを活用するなどの方法は有効だ」と指摘する。さらに、「ベンダーとユーザーは本来一蓮托生というか、パートナーとして一体感をもって進むというケースが大半。賢いユーザーからは、すでにベンダー側の意向を聞きたいという声も出ている」として、情報サービス産業では、今回の民法改正がユーザーとのコミュニケーション促進の機会となることにも期待を寄せている。
インタビュー
情報サービス産業協会(JISA)茂木智美 企画調査部調査課長
契約交渉の拠り所になる情報を提供する民法改正議論の立ち上がり時期から提言活動
情報サービス産業協会(JISA)は、情報サービス取引の実態に即したルールを法律に規定する必要があるとの問題意識のもと、国に対する政策提言を積極的に行ってきた。2009年には法務省の法制審議会で民法(債権法)の改正議論が立ち上がったのを機に、その活動をさらに加速させ、民法改正に伴い考慮すべき情報サービス取引上の課題に関する100ページを超える報告書をとりまとめた。茂木智美・企画調査部調査課長に、今回の改正内容に対する評価や、JISAとしての今後の活動方針などを聞いた。
──法改正の内容についての評価

──JISAとして法改正のプロセスで主張してきたことは?
茂木 根本的には、ユーザーとの関係と役割分担について提言してきたといえる。情報システムの開発というのは、ユーザーとベンダーが協力しないとうまくいかない。ベンダー側にはプロジェクトマネジメント義務があり、ユーザーのいうことを聞くだけでなく、時には拒絶してでも、システム開発を成功に導くために全力を尽くし、責任を果たさなければならない。同時に、ユーザーの適時適切な協力も欠かせない。このユーザーの協力義務について、ある程度規律に盛り込めたらという働きかけはしてきた。
また、ベンダー側ができるだけ開発の質を高めていくのは当然だが、バグをゼロにするというのは現実的ではない。瑕疵担保責任から契約不適合責任という言葉に変わったが、本来は、(実際の改正内容よりも)ある程度短い期間を定めて責任分担をしたほうがお互いにインセンティブがあったのではないかと思う。ユーザーもその期間内できちんとシステムをチェックするようになるだろうし、ベンダーとしても開発から保守サービスに移ったりという整理がつけやすい。そういう提言もしてきた。
──民法改正対応について、今後のJISAの活動は
茂木 ベンダーだけの主張ではなく、ユーザーの声も広く聞き、モデル契約書の改定に反映させたり、経産省もモデル契約書をつくっているので、彼らにも改定案を提案したりという活動は重要だと思っている。JISAのモデル契約書が想定しているようなシステム開発プロジェクトで、実際にどう対応したらいいのか悩む会員企業が増えており、少し実践的な情報提供をしていく必要があると思っている。会員企業が実際にユーザーと契約交渉するときに、「業界としてこういう見解が示されている」というかたちで、拠り所になるものを発信していきたい。
また、ほとんどの大手ベンダーがJISAの会員になっているので、彼らにしっかり情報提供していくことで、取引先やグループ企業の中小ベンダーにも情報が波及していくことを期待している。
今年5月26日、民法の一部を改正する法律案が国会で可決成立した。6月2日公布、3年以内に施行される。このなかで、契約に関する条文が1896年の民法制定以来、初めて抜本的に改正された。当然、その影響は情報サービスの契約のあり方にも波及する。システム開発の何が変わり、何が変わらないのか。ITベンダーがいま知っておくべきことを解説する。(取材・文/本多和幸)
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