DX実現に向けたシナリオ
五つのポイント
経済産業省ではDXレポートの中で、2025年の崖を迎えないための方策を「DX実現シナリオ」として提案している。
最初の一歩は見える化だ。「複雑化したり、ブラックボックス化している既存システムを、25年までの間に、廃棄や塩漬けにするものを仕分けし、必要なものについては優先的に刷新し、DXを実現することが大切だ」とする。まずはできるものからDXを実施する一方、指標による診断や仕分け、DX推進ガイドラインを踏まえたプランニングや体制構築、システム刷新計画の策定、共通プラットフォームの検討などを20年までに実施。続く21年から25年までの間に、経営の最優先課題として経営戦略を踏まえたシステム刷新に着手することを提案している。計画的なシステム刷新の断行と不要なシステムの廃棄、マイクロサービスの活用による段階的な刷新、協調領域の共通プラットフォーム活用などにより、リスクを低減することを盛り込んでいる。
改めて、DX実現シナリオの五つのポイントを示す。
一つは「見える化による指標と、中立的な診断スキームの構築」だ。経営者自らがITシステムの現状と問題点を把握し適切にガバナンスできるように、「見える化」指標を策定することが大切だとする。
二つめは、DX推進ガイドラインの活用。経済産業省が策定したこのガイドラインは、既存システムの刷新や新たなデジタル技術を活用するのに際して「体制のあり方」や「実行プロセス」などを提示したものであり、経営者や取締役会、株主などのチェックリストとしても活用できるとしている。
三つめが、DX実現に向けたITシステム構築におけるコスト削減やリスク低減のための対応。刷新後のシステムが実現すべき、変化に迅速に追随できるシステムというゴールのイメージを共有しながら、不要なシステムを廃棄する。軽量化や刷新におけるマイクロサービス活用などを実証しつつ、20年度まではコネクテッド・インダストリーズ税制の活用も視野に入れるべきだとしている。これらは、DX推進ガイドラインでチェックできるという。
四つめが、ユーザー企業とベンダー企業間の新たな関係の構築だ。システム再構築やアジャイル開発に適した契約ガイドラインの見直しを進める一方、モデル契約の中に、トラブル後の対応としてADR(裁判外紛争解決手続き)活用促進を提案する。
そして、五つめが、DX人材の育成および確保。既存システムの維持や保守業務から解放して、DX分野に人材をシフトさせるとともに、アジャイル開発の実践による事業部門人材のIT人材化や、スキル標準や講座認定制度による人材育成を行うことが必要だとする。
レポートでは、既存システムの問題点を経営層が把握していないことや、経営トップの強いコミットがないと現場の抵抗を抑えることができないこと、既存システムの刷新にはコストと時間がかかるため、経営への影響をしっかりと把握しておくことなどを指摘。これまでのようなベンダーへの丸投げ状態や、責任はベンダーが負うという体質から脱却することがDXの実現には不可避であり、ユーザーとベンダーがあるべき関係を構築したり、新たな契約形態への移行も視野に入れるべきだとしている。
「2025年の崖」の回避は
IT業界の成長にもつながる
では、2025年の崖を回避できた場合には、どんなメリットが生まれるのか。レポートでは、ユーザーとベンダーのそれぞれの立場からメリットを示している。
ユーザーは技術的負債を解消でき、人材や資金を、システムの維持や保守といった業務から、新たなデジタル技術の活用にシフトすることが可能になり、データ活用などを通じて、スピーディーな方針転換やグローバル展開への対応が実現できるという。また、デジタルネイティブ世代の人材を中心とした新たなビジネスの創出という点でもメリットが生まれるという。
一方、ベンダーでは、ユーザーと同様に、既存システムの維持および保守業務から最先端のデジタル技術分野に人材や資金をシフトすることが可能になり、受託型からAI、アジャイル、マイクロサービスなどの最先端技術を駆使したクラウドベースのアプリケーション提供型ビジネスモデルに転換できるとする。さらに、ユーザーの開発支援においては、利益をシェアできる新たなパートナー関係が構築できるとしている。まさに、ベンダーやシステムインテグレーターにとっても、専門性と差別化が図りやすい組織体制が構築されることになり、それを軸としたビジネスを推進できるようになる。
同時に、これはIT業界にとっても大きなメリットを生むことになる。経産省の試算によると、現在はわずか2割にとどまっている「バリューアップ」型のIT投資が4割まで高まることで、GDPに占めるIT投資額は1.5倍に拡大。IT人材の平均年収は、現在の約600万円から、2倍程度にまで引き上げられるとする。そして、IT業界の年平均成長率も、現在の1%から、6%にまで引き上げられると予測している。
DXへの取り組みは、ユーザー企業のメリットだけにとどまらない。IT業界の発展に大きく貢献することも理解しておきたい。
攻めのIT経営銘柄 2019、今年は29社が選定
経営層主導によるDX推進が決め手に
経済産業省と東京証券取引所が主催する「攻めのIT経営銘柄」は、東京証券取引所の上場企業(東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ)約3600社の中から、優れた「攻めのIT経営」を実践している企業を「攻めのIT経営銘柄」として、33の業種区分ごとに選定して表彰する。従来の社内業務効率化や利便性の向上を目的とした「守り」のIT投資にとどまらず、企業価値向上や競争力強化に結びつく戦略的な「攻め」のIT投資を行っている企業を東証が公表することで、中長期的な企業価値向上を重視する投資家にとって魅力がある企業と位置付け、これを紹介する狙いから始まった。
「攻めのIT経営銘柄2019」の受賞企業
選定方法は、上場会社を対象に「攻めのIT経営に関するアンケート調査」を配布し、回答があった企業をスコアリングして評価。攻めのIT経営委員会によって最終選考を行って決定する。15年の開始から19年まで、延べ136社が選定されている。今年は、「DXグランプリ」を獲得したANAホールディングスを含む29社が選定された。
また、攻めのIT経営銘柄の選考において、総合評価点上位10%程度に入り、レガシーシステムの刷新やITに関するR&Dといった「攻めのIT経営」を推進する上で、重要なテーマについて注目される取り組みを行っている企業を「IT経営注目企業」として選定。20社が選ばれた。
攻めのIT経営委員会委員長を務めた一橋大学の伊藤氏は、「選定された企業は、ROE(自己資本利益率)やキャッシュフローが改善しているという傾向がある。また、経営トップが企業価値向上のためのIT活用の推進に注力していること、特にDXに力を注いでいるという傾向もみられる。データとデジタル技術を活用した新たな挑戦に取り組んでおり、攻めのIT経営を推進するための体制を確保している」と評した。