AR(拡張現実)やVR(仮想現実)に続き注目を集めるようになったMR(複合現実)。2017年にマイクロソフトが「HoloLens」を発売したことをきっかけに一つのテクノロジージャンルとして確立されつつある。19年11月には「HoloLens 2」が発売され、徐々にソフトウェアベンダーもそろってきた。ユーザー側でも人材不足を背景に、導入を検討し始めた企業も多い。20年は「MR元年」となるのか。
(取材・文/銭 君毅)
ARとVRとMR、これらのテクノロジーで記憶に新しいのは16年だろう。「Oculus Rift」「HTC Vive」といった安価なヘッドマウントディスプレイが登場、VR元年とも呼ばれる年となった。一方のARでは、スマートフォン向けゲームアプリ「Pokemon GO」がリリースされたのも16年。位置情報とAR技術を活用することで現実世界をプレイ空間に変えたこのゲームはARテクノロジーの代表的な活用事例として挙げられることが多い。また、マイクロソフトがヘッドマウントディスプレイ型のウェアラブルコンピューター「HoloLens」を発売したのが17年だ。現実空間の情報を認識することでハンドジェスチャーで操作でき、透過型のディスプレイにデジタル情報を表示する機能はARでもVRでもないMRという新たなカテゴリーを市場に提案した。
AR/VR/MRが大きく注目が集めた時期から3~4年が経過した。矢野経済研究所の調査によれば、19年の国内XR(VR/AR/MR)と360度動画市場の規模は3951億円を見込んでおり、20年は4955億円に拡大すると予想されている。しかし、直近でもコンシューマー向けのエンターテインメント領域を中心に各種サービスが展開されているものの、デバイスにかかる費用やコンテンツの不足は成長のボトルネックとなっている。矢野経済研究所では「ビジネスモデルの構築が進んでいないことが大きな要因」と分析する。
一方で、20年は第5世代移動通信システム(5G)の商用サービスが開始する。すぐに全国に広がるわけではないが、高速・大容量の通信がAR/VR/MRのサービス品質を底上げするとみられる。また、16年から19年にかけて法人向けではPoCや実証実験が盛んだった期間でもある。その多くの企業は徐々に社内導入を進めている。例えば日立製作所と日立ビルシステムは、19年6月からエレベーターのメンテナンスや保全を業務とする社内エンジニア向けにVRを活用した教育プログラムの正式運用を開始。トヨタ自動車では試作車の塗装膜厚の検査や設備移動の際にHoloLensを活用し、19年には点検・整備作業でも利用開始したことを発表している。今後、この動きは加速していくと見られ、建設業や製造業、医療などの領域でPoCにとどまらない本格導入が進んでいく可能性は高い。
AR/VR/MRの提案で
求められる視点
ここで、そもそもAR/VR/MRとは何なのか、一度整理してみたい。最近ではこれらのテクノロジーをひとまとめにしたXRというワードも登場しているが、それはそれぞれのテクノロジーの境界線がなくなってきていることを意味している。もともとARとVRが市場に現れた際、それぞれ現実世界にデジタルデータを表示するものと、全てデジタル情報でできた仮想世界に没入するものと明確な違いがあった。しかし、AR的に現実世界に情報を表示させるだけでなく、VRのようにデジタル情報を操作できるMRが登場したことにで、その境界線が曖昧になってきている。
これらのテクノロジーは、「人間の知覚にデジタル情報を表示する」という点では本質的に同じ。その違いは、表示するデジタル情報の割合で決まる。スマホやタブレットを通じて現実空間に限定的な情報を重ね合わせるARに対し、視覚全てをデジタル情報で覆うのがVRといった具合だ。
そして、もう一つ気を使わなくてはいけないのが、これらのテクノロジーはデバイスとデータの2軸で成り立っていることである。ヘッドマウントディスプレイには3Dデータだけでなく、もちろん2Dデータを表示することができる。一方、従来のタブレットやPCでも3Dデータや2Dデータを表示することは可能だ。ヘッドマウントディスプレイで3Dデータを表示することで最も「AR/MR/VRらしい」体験を得られるかもしれないが、それはヘッドマウントディスプレイが持つ「PCレベルのデバイスを装着できる」という利点と、3Dデータが持つ「物体を立体的なデータとして表示することができる」というメリットを組み合わせた結果なのである。逆に言えば、ユーザーの課題によっては、どちらかの価値はそれほど重要でないケースがあるかもしれない。
本格的な普及期に入るか入らないかという状況において、技術カットで提案するだけではPoCの先に進むことはできない。ユーザーが求めている情報の量や種類、そして解決したい課題を正確に把握することがより重要になってくるだろう。
ビジネス課題には
MRが効く
AR/VR/MRの中でも、法人向けビジネスへの展開が目立っているのがMRである。HoloLensの次世代機のHoloLens 2は、現在法人のみを対象としているほか、同じくMRデバイスを提供するMagic Leapは、デバイスに加え管理アプリケーションなどを追加した法人向けパッケージ「Magic Leap Enterprise Suite」の提供を開始している。
日本マイクロソフト Mixed Reality Marketingの上田欣典・プロダクトマネージャーは「MRは法人の現場で使うことと非常に相性がいい」と指摘する。同社が提供するHoloLensは、ゲーミングコントローラーの「Kinect」にも使われていたカメラや深度センサーを搭載しており、ジェスチャーや周囲の物体を判別することで、スマートフォンなどで表示するARよりも精度の高いオブジェクトコントロールを実現している。またVRとは異なり透過型の画面を持ち、スタンドアローンで動くため、周囲の人間とのコミュニケーションや現実空間の移動が可能。そのため製造や建設、医療といった領域の中でも、より現場に近い業務の効率化に威力を発揮するという。
特にこれらの業界では人材不足がより顕著で、その対策は待ったなしの状況となっている。具体的なユースケースとしては、保全や点検でダブルチェックを行う際に、複数人が現場に向かうのではなく、現場に一人、もう一人は遠隔でチェックといった形での省人化や、航空機などの整備トレーニングの際に現物の航空機を用意できないときに3Dデータを用いることで教育機会を拡大させるといったものが挙げられる。また、製造などで試作品を3Dデータで出力しそれを複数人でチェックするといった、ヒューマンコストの削減や技術伝承のようなストーリーで活用されることが増えているのだ。
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