デザイン思考
課題把握にデザイン思考は効果的
DXと並んでよく見聞きするキーワードの一つが「デザイン思考」だ。企業だけでなく、行政機関もサービスの向上や業務の効率化を目的に、デザイン思考を導入する動きが広がっている。
2019年版の情報通信白書によると、デザイン思考は「芸術や建築といった分野のデザイナーがデザインを行う際と同様の考え方・手順をとることであり、具体的には、顧客の観察による共感、問題の定義、問題解決策の発想、試作、検証というプロセスを経るものとされる」と定義されている。
日立製作所は、社内の業務やビジネスの中にデザイン思考を取り入れている。日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ)で、Lumada CoE Exアプローチ推進部の枝松利幸・主任技師(ビジネスコンサルタント)は「デザイン思考そのものにフォーカスした定義はしていない」としつつ、「課題を把握する上で、デザイン思考の探索的なアプローチは効果的だ」と話す。
日立製作所 枝松利幸 主任技師
同社は02年から、ユーザーの経験を重視した「エクスペリエンスデザイン」というコンセプトを打ち出し、ITシステムの開発などに取り組んできた。
同社は現在、Lumadaをキーワードに、社会全体をよくしていくことを目指す社会イノベーション事業に注力しており、枝松主任技師は「今後は人がやる前提の仕事をデジタル化していかなければいけなくなる」と説明する。一方で「今までアナログでやることが足り前だったものを全部デジタルでやるようになった時、何が問題で、何を開始しなければならないかといったことが今以上に分かりにくくなる」と予想し、将来的にデザイン思考の重要性が増すとみる。
御用聞きから協創へ
同社のデザイン思考は、顧客の課題解決にも活用されている。枝松主任技師は「デザイン思考そのものへの引き合いが多くなっているわけではないが、顧客の悩みや相談の中には、デザイン思考の探索的なアプローチでうまくいくケースがあり、われわれが営業やSEと連携する案件は増えている」と話す。
さらに「課題を解決するために顧客と取り組んでいくことの重要性と、最終的なゴールに向けた探索的なアプローチの必要性については、幹部も含めて社内で徐々に広がっている」とし、「顧客とのコミュニケーションの取り方も変わっており、以前のようなイエスかノーしか聞かないようなやりとりから、答えを一緒に探すスタンスに変わってきている」と説明する。
日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(シルバー)で、同部の石田貴昭氏は「かつては、顧客が言っていることを体現するのがベンダーの役目だという御用聞きのような考え方があったが、今は顧客と一緒に会話をしながら課題を整理し、試行錯誤しながら解決を目指す“協創”ができる人材が増えてきた」と感じている。
日立製作所 石田貴昭氏
一方、同社は、行政の支援にもデザイン思考を活用している。19年7月から20年2月まで、「ICTを活用した庁内業務の効率化」の効果を探ることを目的とした千葉県のワーキングチームの検討に参加し、働き方改革や手続きの電子化、AIやRPAといった新技術などをテーマとする月1回のワークショップにデザイン思考を組み入れた。
石田氏は「課題などを書き出してもらい、構造化して分析することなどに取り組んだ結果、現在の業務の状況やICT活用を阻害する要因などをしっかりと可視化することができた」と活動の内容を説明し、枝松主任技師は「実際に手を動かすことで、課題を“自分ごと”として捉えてもらえたことが効果として大きかった」と振り返る。
人材の考え方を変える
同社は、デザイン思考関連の取り組みをさらに拡大することを目的に、人材育成を進めている。具体的には、21年度までに、トップレベルの「プロフェッショナル人財」を18年度の200人から500人に増やすことを目指している。
枝松主任技師は「社内教育プログラムの充実など、目標に向けた取り組みは着々と進んでいる」とし、人材を育成の必要性については「これまでの製造業としてだけでなく、現在は納めたもののデータを活用したビジネスにも取り組んでいる。事業が変われば、それに携わる人材に対する考え方も変えていかなければならない」と話す。
その上で「顧客の課題を解決できる人材を育てていくことが最終的なゴールになる。顧客と一緒に新しい価値をつくっていくことができるような組織になっていけば、人材の育成は進んだといえる。ただ、目標値を達成したら終わりというものではなく、継続的に取り組んでいくことが重要だ」と気を引き締める。
考えを強化するキーワード
富士通もデザイン思考を取り入れている。世の中の情報との齟齬が生じることを避けるため、明確な定義はしていないが、同社デザインセンターの藤健太郎・センター長代理は「これまでにない発想で考えていくことを強化するキーワードとして使っている」と説明し、「富士通が掲げているDXを実現するためにはデザイン思考は必須だ」と強調する。
富士通 藤 健太郎 センター長代理
同社は、70年代ごろからハードウェア系のデザインに取り組み始め、徐々にソフトウェアなどにデザインの対象範囲を広げてきた。今はサービスや事業、経営をデザインするところまで拡大させている。
藤センター長代理は、近年の状況について「顧客の課題があいまいになり、社会の動きや業界の変容について複雑性が強くなっている」とし、「従来は顧客が企業内の課題を熟知している前提で対話し、われわれは顧客の要望をITで実現してきた。しかし、今は課題に気づいていない顧客もいるため、顧客と一緒に課題を見つけ、解決の方向性を見定めていくプロセスが求められており、デザイン思考で実際の利用者や受益者に着目していくようなアプローチは非常に有効だと考えている」との見解を示す。
同社は、デザイン思考の専門人材1000人の育成を目標に掲げている。目標達成に向けた取り組みについて、藤センター長代理は「国内の全ビジネス部門でデザイナーが入ったプロジェクトを進めており、デザイン思考を実践できる人材を増やしていくことに取り組んでいる」とし、さらに「各部門でデザイナーに代わるトレーナーを育成し、トレーナーが自分たちの部門にスキルを波及させることも進めている」と紹介する。
ただ、約13万人の従業員を抱える同社グループでは、「なかなか浸透には限界がある」と藤センター長代理。浸透を加速させる手段としてソフトウェアの活用を検討しているといい「特に意識しなくても、提案や開発などの際にデザイン思考を使っていけるようにするつもりだ」と話す。
また「顧客と並走し、一緒に答えを探っていくデザイン思考のアプローチが必要なケースがどんどん増えている」とし、「こういった物事の進め方は、限られた専門家が担うのではなく、富士通の全従業員ができるようにすることが究極の目標。デザイン思考はこれからの富士通の成長のためには必要不可欠だ」と語気を強める。