Special Feature
「共創」ビジネスがDXで活性化 ITベンダーとユーザー企業の合弁事業
2021/07/08 09:00
週刊BCN 2021年07月05日vol.1881掲載
NRIデジタル
共創の形態を柔軟に変化させる
野村総合研究所(NRI)はユーザー企業との合弁事業を積極的に進めている。同社は2016年に最新デジタル技術を駆使してユーザー企業の事業を変革するDX領域を専門とする、いわゆる“DX子会社”のNRIデジタルを業界に先駆けて設立。NRIデジタルが中心となって進めてきた工作機械メーカー・DMG森精機との合弁会社テクニウムは設立3年目の20年度に単年度黒字化を達成するなど、成功事例が出始めている。テクニウムは工作機械の価値に占めるソフトウェア比率の拡大に着眼し、工作機械に関連したソフトウェアを販売したり、エンジニアリングサービスを提供している。工作機械ユーザーに向けてサービスを提供するプラットフォームにさまざまなプレーヤーが相乗りすることで、デジタル技術を駆使した新しいエコシステムの創出を目指している。
また、NRIは今年4月、小松製作所、NTTドコモ、ソニーセミコンダクタソリューションズの3社と組んで建設業界向け次世代スマートコンストラクション新会社「EARTHBRAIN(アースブレイン)」を発足させると発表。スマートコンストラクションは小松製作所が主導して同社の建機ユーザーに向けた各種のITサービスを提供するもので、ドコモの無線ネットワーク、ソニーのセンサー技術、NRIのデジタル変革技術を組み合わせる布陣だ。
NRI専務執行役員で、同社DX子会社のNRIデジタル会長CEOを兼務する増谷洋氏は、「テクニウムは業界プラットフォームに発展させていくタイプであるのに対して、EARTHBRAINは参加各社が提供する役割が明確になっているタイプの“共創”だ」と話す。EARTHBRAINのタイプでは、一見すると小松製作所が発注者となり、他3社が受注者の関係でもよいように見えるが、「新しい箱(新会社)をつくって互いの技術を持ち寄り、腹を割って話し合える形態にしたほうが事業のスピードが速くなる」(増谷会長CEO)と、目的やゴールによって共創の形態を柔軟に変化させている。
資生堂インタラクティブビューティー
ビジネスの根幹を担う戦略子会社
資生堂とアクセンチュアによる合弁によって立ち上げる新会社「資生堂インタラクティブビューティー(資生堂IB)」は、この7月から本格的に事業を始めた。発足時の従業員数約250人は資生堂グループのIT部門やデジタルマーケティング系の人材を集約させた。ここにアクセンチュアが持つ最新のデジタル技術や人材育成のノウハウを注入する。社長にはベネッセホールディングスと情報セキュリティに強みを持つSIerのラックとの合弁会社ベネッセインフォシェルの社長を務めた経歴を持つ高野篤典氏が就任。合弁会社経営の経験を資生堂IBにも生かしていく。
高野社長はユーザー企業のIT部門でのキャリアを積んできた経験から、「ITベンダーではないユーザー企業が自力で最先端技術を身につけていくのはハードルが高い」と感じてきた。2019年に資生堂に入社してからも、資生堂グループのIT・デジタルマーケティングの人材は、基本的に美容や化粧品、資生堂という企業が好きで入社した人たちばかり。ましてや資生堂グループは純粋なIT専業の子会社をこれまで持っておらず、資生堂IBが事実上初めてのデジタル専業の子会社になる。
美容・化粧品の分野には詳しい人たちに先進的なデジタル技術の知見を身につけてもらうには、ITの専門家に加わってもらうほかはなく、かつ世界各地に進出している資生堂グループを面的にもカバーできる世界大手SIerのアクセンチュアに参加してもらうことになった。アクセンチュアは最先端の技術を身につけるスキル転換のノウハウに長けているだけでなく、資生堂が重視するデジタルマーケティングの知見も豊富であることもプラスに働いた。アクセンチュアにとってみれば、資生堂のこれからのビジネスの根幹を担う領域で長期的な関係を結べるメリットがある。
資生堂IBでは、アクセンチュアの協力を取り付けながら高度デジタル人材を向こう3年間で100人増やし、計350人体制に拡充していく。
I&Jデジタルイノベーション
デジタル変革推進の原動力になる
日本IBMは旅行会社大手のJTBのIT子会社である旧JTB情報システムに65%出資し、今年4月1日付でI&Jデジタルイノベーションを立ち上げた。前述の資生堂インタラクティブビューティーがユーザー企業主導であるのに対して、I&Jデジタルイノベーションはベンダー主導でJTBのデジタル変革を支援していく布陣だ。I&Jデジタルイノベーションのトップに就任した横溝孝幸社長は、日本IBMで長年にわたって運輸旅行業界のシステム構築を担当。IT部門をコストセンターからプロフィット(収益)センターに転換してきた実績に基づくトップ人事だ。
横溝社長は、「最先端のデジタル人材を育成する“インキュベーションセンター”に転換していく」と、I&Jデジタルイノベーションの約500人の従業員のスキル転換に力を入れていく方針を示す。旧JTB情報システムはメインフレーム時代からのIBMユーザーであり、日本IBMとは基幹システムをともに担ってきた間柄。JTBグループが新しいサービスをスピード感をもって展開できるよう、まずは基幹システムのアップデートと安定稼働を担いつつ、将来的にJTBグループのデジタル変革を推進していく原動力になることを目指す。
旧JTB情報システムはJTBグループ向けのビジネスが売り上げのほとんどを占めてきた。新体制になってすぐに外販に乗り出す予定はないが、一方で「コロナ禍の直撃を受けた運輸旅行業界にあって、旅行業界大手のデジタル変革で実績を出せば、一躍、旅行業界のトップベンダーになれるチャンスでもある」(横溝社長)と期待を寄せる。
世界の旅行業界を見渡してもコロナ禍からV字回復できるほどのデジタル変革を成し遂げているケースは「私の知る限りまだ存在していない」とし、IBMグループが持つ多種多様な業種のデジタル変革の知見も取り入れながらV字回復に挑戦していく。
DUCNET
業界標準プラットフォームを狙う
DUCNET(ディーユーシーネット)は富士通とファナック、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)が出資して今年1月に設立された会社で、工作機械ユーザー向けに「デジタルユーティリティクラウドサービス」を提供している。工作機械は開発元のメーカーや販売を担う機械商社、システム構築を担う会社など複数のプレーヤーが存在し、保守管理に必要な設定情報やソフトウェアのアップデートの情報が散逸しがちだった。DUCNETのデジタルユーティリティクラウドではこうした情報を一元的に管理し、工作機械のユーザーの利便性を高めることを主目的にしている。
工作機械のユーザー視点では、複数ある工作機械の保守メンテの情報を一元化でき、作業負荷が軽減できる。保守メンテナンスは、ユーザー視点では「非競争領域」だが、工作機械メーカーや販社、システム会社から見れば重要な収益源となる。そこで、保守メンテに関連するベンダーにデジタルユーティリティクラウドの“テナント”として参加してもらい、関連商材の販売に役立ててもらう業界標準プラットフォームとしての役割を果たす(図参照)。

富士通とファナック、NTTコムの布陣になったのは、できるだけ特定ベンダーに偏りがないようすることだ。業界標準プラットフォームを狙うには、富士通色が強すぎても、ファナック色が強すぎてもバランスに欠ける。そこでコンピューター、工作機械のいずれの業界にも属さないNTTコムに入ってもらうことで「中立性を高めて、さまざまなベンダーに利用してもらいやすくした」とDUCNETの田中隆之社長は話す。
もう一つ、富士通とファナック、NTTコムのいずれもドイツやASEANといった製造業が盛んな海外市場に拠点や販売網を持っていることが挙げられる。NTTコムはNTTグループとして実質的にグローバル市場に進出している。田中社長は、「国内外で1社でも多くの工作機械関連のベンダーにテナントに入ってもらうことでユーザーの選択肢が増え、DUCNETのサービスを利用するユーザーの裾野も広がる」と話す。DUCNETでは向こう3年で国内外300社ほどのテナントに参加してもらい、業界標準プラットフォームとしての地歩を固めていく。
トレードワルツ
コンソーシアム40社で共創を実践
トレードワルツはNTTデータが持つブロックチェーン技術を活用して海運貿易の業務効率化、自動化を目的とした業界標準プラットフォームづくりに取り組んでいる。貿易業務は長らく紙やファックス、PDFによる文書のやりとりが続いており、これ以上の効率化が難しいとされてきた。そこで2017年から貿易業務を手がける商社や船会社、保険会社、銀行、輸出入業者などの有志に集まってもらい、NTTデータのブロックチェーン技術で管理できるような生データでやりとりできないか研究活動を行ってきた。トレードワルツはその集大成として事業化、法人化したものだ。
20年11月の事業立ち上げに当たってはNTTデータをはじめ商社、保険会社、銀行など7社が資本参加。また、トレードワルツが運営することになった貿易業務プラットフォーム「TradeWaltz(トレードワルツ)」の開発の方向性を議論するコンソーシアムの参加企業数は今年5月の時点で約40社に増えた(図参照)。

貿易業務で紙やPDFが現役なのは、関係する会社が非常に多く、貿易の相手国にも同様に関係する会社が多く、双方の国の規制も絡んでくるからだ。トレードワルツは商社や船会社、保険、銀行、輸出入業者などの関係者と勉強会を開くとき、必ず複数のグループに小分けして議論を深めている。例えば○○商社から3人来たとしたら1人ずつ別のグループに入ってもらい、なおかつ同系列の企業が固まらないようにし、取引上の力関係のバランスがとれるよう配慮した。そうすることで腹を割って議論ができ、課題や問題点を浮き彫りにしやすくなる。
NTTデータで長年にわたって決済サービス事業を担当してきたトレードワルツの小島裕久社長は、「NTTデータ単独では知り得ない貿易業務の複雑さや背景をコンソーシアム活動によって明確なものにし、システムに落とし込める段階まできた」と、ユーザー企業との共創の意義を語る。今後は開発したシステムと海外の同様の貿易業務プラットフォームとの連携を実現し、業界標準プラットフォームとしての存在感を一段と高めていく方針だ。

ITベンダーとユーザー企業が「共創」して、新しいビジネスを立ち上げる動きが活発化している。ユーザー企業がITベンダーの力を借りて自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進子会社の人材育成に取り組むケースや、ITベンダーによる複数のユーザー企業を巻き込んでの業界標準プラットフォーム作りなど、共創の形態も多様化している。ITベンダーから見れば、ユーザー企業と共同出資による合弁会社を作ることで、ユーザー企業との中長期的な関係構築が期待できるだけでなく、損益管理や双方の出資の範囲内にリスクを抑えられるなどのメリットがある。主要ITベンダーのユーザー企業との共創パターンを追った。
(取材・文/安藤章司)
合弁事業から始まる「共創」
ITベンダーとユーザー企業が共同で事業を興すケースが近年増えている。ITベンダーは異口同音にユーザー企業との「共創」がビジネスの成長に重要な役割を果たすと指摘しており、ITベンダーとユーザー企業が共に出資して合弁会社を設立したり、ユーザー企業のIT子会社にITベンダーが出資するといった動きが活発化。これまでの「受注者・発注者」の枠を越えて、ユーザー企業との事業の共同経営に乗り出すITベンダーは何を目指しているのか。
最初に、TISインテックグループの四つの注力事業を例に挙げて、ITベンダーにとって「共創」がどのようなメリットがあるのかをひもといてみる。TISが長期経営ビジョンで掲げた注力事業は、(1)ユーザー企業のビジネスの根幹を担う「戦略パートナーシップ」。(2)独自商材をパッケージ化した「ITオファリングサービス」。(3)ユーザー企業の業務プロセスを請け負う「業務機能の提供サービス」。そして(4)TISが主体となって新しい市場を創り出す「新しい市場の創造」の四つ(図1参照)。

ユーザー企業との「共創」を注力事業に当てはめると、(1)のユーザー企業のビジネスの根幹を担い続けるためにIT子会社に出資したのが、TISのユーザー企業との本格的な合弁事業の始まりだった。
具体的にはTISでは旧コマツソフトに出資したクオリカや、旧旭化成情報システムに出資したAJSの例がある。前者は2000年に出資、後者は05年に出資している。以来、小松製作所や旭化成とTISとの合弁事業として継続、発展させてきた。クオリカ、AJSはユーザー企業の事業戦略を共に検討・推進する役割を担うとともに、ここで培ったノウハウや知見を独自商材に仕立てて外販するビジネスも手がける。独自商材の横展開は(2)のITオファリングサービスの領域に分類されるものだ。
DXで共創の幅が急速に広がる
クオリカおよびAJSが、ITベンダーとユーザー企業が共同で出資する「共創」の基本形態、原形だとすれば、近年ではDXの文脈で最新のデジタル技術を駆使して既存ビジネスを転換したり、新しい市場を開拓する“デジタル子会社”を合弁でつくるケースが増えている。
具体例としては、製薬会社の東和薬品との合弁会社Tスクエアソリューションズ(18年設立)や、クレジットカード会社のジェーシービー(JCB)の子会社の日本カードネットワークとの合弁会社tance(タンス・20年設立)がある。
Tスクエアソリューションズは、耳が遠くなった高齢者向けに、声を聞きやすい音質に変換する対話型支援機器「comuoon」を発売するなど、東和薬品の医薬の知見とTISの本業であるITを組み合わせることによる新商材の開発・販売を手がける。tanceは日本カードネットワークが手がけるキャシュレス決済プラットフォーム上で稼働するアプリケーション開発を主軸とする。
この二つのケースは既存のビジネスの枠組みから一歩前へ出て、「ユーザー企業とTISの強みを持ち寄り、新しい市場を継続的に開拓する」(TISの岡玲子・執行役員企画本部副本部長)ことを主眼としており、TISの四つの注力事業のなかでは(4)の「新しい市場の創造」の領域を担う。
クオリカ、AJSのようにユーザー企業のビジネスの根幹を担う戦略子会社に出資する(1)の類型、そこから派生して新しい商材を開発し、横展開する(2)の類型から、Tスクエアソリューションズやtanceのケースのように新しい市場を創出する(4)の類型へと共創の幅を広げてきた。とはいえ、20年10月のプラント・エンジニアリング会社の千代田化工建設グループとの合弁で設立したTIS千代田システムズは基本形態である(1)の類型に近く、複数の共創パターンを状況に応じて使い分けているのが実態だ。
岡執行役員は「当社の四つの注力事業の領域に該当するもので、ユーザー企業との長期的なビジネスの拡大が見込める案件であれば合弁事業の立ち上げに至る傾向にある」と話す。TISではクオリカ、AJS以降の約20年で10件余りの合弁事業を立ち上げてきたが、“箱(=合弁会社)”ありきで話が進んでしまうと、手段が目的化してしまう恐れがあるため、事業部門との意思疎通をしっかり行った上で「出資するかどうか是々非々の判断をしている」(岡執行役員)という。
見方を変えれば単発の案件であれば、従来の「発注者・受注者」の枠組みで済むケースが多く、すべてケースで「共創」が成立するわけではないようだ。
この記事の続き >>
- デジタル子会社、単独では難しいデジタル変革 戦略的パートナーとの協業が必要な傾向
- 共創事例① NRIデジタル 共創の形態を柔軟に変化させる
- 共創事例② 資生堂インタラクティブビューティー ビジネスの根幹を担う戦略子会社
- 共創事例③ I&Jデジタルイノベーション デジタル変革推進の原動力になる
- 共創事例④ DUCNET 業界標準プラットフォームを狙う
- 共創事例⑤ トレードワルツ コンソーシアム40社で共創を実践
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