Special Feature
「共創」ビジネスがDXで活性化 ITベンダーとユーザー企業の合弁事業
2021/07/08 09:00
週刊BCN 2021年07月05日vol.1881掲載

ITベンダーとユーザー企業が「共創」して、新しいビジネスを立ち上げる動きが活発化している。ユーザー企業がITベンダーの力を借りて自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進子会社の人材育成に取り組むケースや、ITベンダーによる複数のユーザー企業を巻き込んでの業界標準プラットフォーム作りなど、共創の形態も多様化している。ITベンダーから見れば、ユーザー企業と共同出資による合弁会社を作ることで、ユーザー企業との中長期的な関係構築が期待できるだけでなく、損益管理や双方の出資の範囲内にリスクを抑えられるなどのメリットがある。主要ITベンダーのユーザー企業との共創パターンを追った。
(取材・文/安藤章司)
合弁事業から始まる「共創」
ITベンダーとユーザー企業が共同で事業を興すケースが近年増えている。ITベンダーは異口同音にユーザー企業との「共創」がビジネスの成長に重要な役割を果たすと指摘しており、ITベンダーとユーザー企業が共に出資して合弁会社を設立したり、ユーザー企業のIT子会社にITベンダーが出資するといった動きが活発化。これまでの「受注者・発注者」の枠を越えて、ユーザー企業との事業の共同経営に乗り出すITベンダーは何を目指しているのか。
最初に、TISインテックグループの四つの注力事業を例に挙げて、ITベンダーにとって「共創」がどのようなメリットがあるのかをひもといてみる。TISが長期経営ビジョンで掲げた注力事業は、(1)ユーザー企業のビジネスの根幹を担う「戦略パートナーシップ」。(2)独自商材をパッケージ化した「ITオファリングサービス」。(3)ユーザー企業の業務プロセスを請け負う「業務機能の提供サービス」。そして(4)TISが主体となって新しい市場を創り出す「新しい市場の創造」の四つ(図1参照)。

ユーザー企業との「共創」を注力事業に当てはめると、(1)のユーザー企業のビジネスの根幹を担い続けるためにIT子会社に出資したのが、TISのユーザー企業との本格的な合弁事業の始まりだった。
具体的にはTISでは旧コマツソフトに出資したクオリカや、旧旭化成情報システムに出資したAJSの例がある。前者は2000年に出資、後者は05年に出資している。以来、小松製作所や旭化成とTISとの合弁事業として継続、発展させてきた。クオリカ、AJSはユーザー企業の事業戦略を共に検討・推進する役割を担うとともに、ここで培ったノウハウや知見を独自商材に仕立てて外販するビジネスも手がける。独自商材の横展開は(2)のITオファリングサービスの領域に分類されるものだ。
DXで共創の幅が急速に広がる
クオリカおよびAJSが、ITベンダーとユーザー企業が共同で出資する「共創」の基本形態、原形だとすれば、近年ではDXの文脈で最新のデジタル技術を駆使して既存ビジネスを転換したり、新しい市場を開拓する“デジタル子会社”を合弁でつくるケースが増えている。
具体例としては、製薬会社の東和薬品との合弁会社Tスクエアソリューションズ(18年設立)や、クレジットカード会社のジェーシービー(JCB)の子会社の日本カードネットワークとの合弁会社tance(タンス・20年設立)がある。
Tスクエアソリューションズは、耳が遠くなった高齢者向けに、声を聞きやすい音質に変換する対話型支援機器「comuoon」を発売するなど、東和薬品の医薬の知見とTISの本業であるITを組み合わせることによる新商材の開発・販売を手がける。tanceは日本カードネットワークが手がけるキャシュレス決済プラットフォーム上で稼働するアプリケーション開発を主軸とする。
この二つのケースは既存のビジネスの枠組みから一歩前へ出て、「ユーザー企業とTISの強みを持ち寄り、新しい市場を継続的に開拓する」(TISの岡玲子・執行役員企画本部副本部長)ことを主眼としており、TISの四つの注力事業のなかでは(4)の「新しい市場の創造」の領域を担う。
クオリカ、AJSのようにユーザー企業のビジネスの根幹を担う戦略子会社に出資する(1)の類型、そこから派生して新しい商材を開発し、横展開する(2)の類型から、Tスクエアソリューションズやtanceのケースのように新しい市場を創出する(4)の類型へと共創の幅を広げてきた。とはいえ、20年10月のプラント・エンジニアリング会社の千代田化工建設グループとの合弁で設立したTIS千代田システムズは基本形態である(1)の類型に近く、複数の共創パターンを状況に応じて使い分けているのが実態だ。
岡執行役員は「当社の四つの注力事業の領域に該当するもので、ユーザー企業との長期的なビジネスの拡大が見込める案件であれば合弁事業の立ち上げに至る傾向にある」と話す。TISではクオリカ、AJS以降の約20年で10件余りの合弁事業を立ち上げてきたが、“箱(=合弁会社)”ありきで話が進んでしまうと、手段が目的化してしまう恐れがあるため、事業部門との意思疎通をしっかり行った上で「出資するかどうか是々非々の判断をしている」(岡執行役員)という。
見方を変えれば単発の案件であれば、従来の「発注者・受注者」の枠組みで済むケースが多く、すべてケースで「共創」が成立するわけではないようだ。
単独では難しいデジタル変革
ITベンダーがユーザー企業のIT子会社に対して出資する動きが目立った1990~2000年代は、当時のオープン化やダウンサイジング、インターネットが急速に普及し、ITを取り巻く外部環境が大きく様変わりした時期と重なる。これまでメインフレームやオフコンの運用を手がけてきたIT子会社に、いきなり「オープン系の技術も身につけろ」と言われても難しい。そこでスキル転換に一日の長があるITベンダーに出資を含む協力を呼びかけ、その見返りとして中長期的な取り引きを行うスキームだ。
近年のDXの文脈における急速なオンライン化、デジタル化の波は、かつてのオープン化と同様の大きなスキル転換をユーザー企業に求めることとなり、それが再びITベンダーとユーザー企業の合弁事業を後押しすることにつながっている。野村総合研究所(NRI)が6月に発表した「情報・デジタル子会社における今後の方向性と課題に関する調査」によれば、DXを推進する役割を担うデジタル子会社の性格が強くなればなるほど「戦略的パートナーとの協業」を必要とする割合が高まっている(図2参照)。

NRIでは国内IT子会社47社を対象に調査を行い、主に基幹システムの運用を担う「従来型IT子会社」、運用にプラスして最新のデジタル技術を取り入れる「従来型IT/デジタル子会社」のハイブリッド型、そして純粋な「デジタル子会社」の三つに分類した。
従来型IT子会社は自力で能力を維持向上できるとする割合が6割近くを占めるのに対して、純粋なデジタル子会社では逆に外部の戦略的パートナーとの協業が必要とする割合が6割と高くなる傾向が見られた。デジタル変革をスピード感をもって成し遂げるにはユーザー企業単独では難しいと見ていることがうかがい知れる。次ページからは個別の共創事例を詳しくレポートする。

ITベンダーとユーザー企業が「共創」して、新しいビジネスを立ち上げる動きが活発化している。ユーザー企業がITベンダーの力を借りて自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進子会社の人材育成に取り組むケースや、ITベンダーによる複数のユーザー企業を巻き込んでの業界標準プラットフォーム作りなど、共創の形態も多様化している。ITベンダーから見れば、ユーザー企業と共同出資による合弁会社を作ることで、ユーザー企業との中長期的な関係構築が期待できるだけでなく、損益管理や双方の出資の範囲内にリスクを抑えられるなどのメリットがある。主要ITベンダーのユーザー企業との共創パターンを追った。
(取材・文/安藤章司)
合弁事業から始まる「共創」
ITベンダーとユーザー企業が共同で事業を興すケースが近年増えている。ITベンダーは異口同音にユーザー企業との「共創」がビジネスの成長に重要な役割を果たすと指摘しており、ITベンダーとユーザー企業が共に出資して合弁会社を設立したり、ユーザー企業のIT子会社にITベンダーが出資するといった動きが活発化。これまでの「受注者・発注者」の枠を越えて、ユーザー企業との事業の共同経営に乗り出すITベンダーは何を目指しているのか。
最初に、TISインテックグループの四つの注力事業を例に挙げて、ITベンダーにとって「共創」がどのようなメリットがあるのかをひもといてみる。TISが長期経営ビジョンで掲げた注力事業は、(1)ユーザー企業のビジネスの根幹を担う「戦略パートナーシップ」。(2)独自商材をパッケージ化した「ITオファリングサービス」。(3)ユーザー企業の業務プロセスを請け負う「業務機能の提供サービス」。そして(4)TISが主体となって新しい市場を創り出す「新しい市場の創造」の四つ(図1参照)。

ユーザー企業との「共創」を注力事業に当てはめると、(1)のユーザー企業のビジネスの根幹を担い続けるためにIT子会社に出資したのが、TISのユーザー企業との本格的な合弁事業の始まりだった。
具体的にはTISでは旧コマツソフトに出資したクオリカや、旧旭化成情報システムに出資したAJSの例がある。前者は2000年に出資、後者は05年に出資している。以来、小松製作所や旭化成とTISとの合弁事業として継続、発展させてきた。クオリカ、AJSはユーザー企業の事業戦略を共に検討・推進する役割を担うとともに、ここで培ったノウハウや知見を独自商材に仕立てて外販するビジネスも手がける。独自商材の横展開は(2)のITオファリングサービスの領域に分類されるものだ。
DXで共創の幅が急速に広がる
クオリカおよびAJSが、ITベンダーとユーザー企業が共同で出資する「共創」の基本形態、原形だとすれば、近年ではDXの文脈で最新のデジタル技術を駆使して既存ビジネスを転換したり、新しい市場を開拓する“デジタル子会社”を合弁でつくるケースが増えている。
具体例としては、製薬会社の東和薬品との合弁会社Tスクエアソリューションズ(18年設立)や、クレジットカード会社のジェーシービー(JCB)の子会社の日本カードネットワークとの合弁会社tance(タンス・20年設立)がある。
Tスクエアソリューションズは、耳が遠くなった高齢者向けに、声を聞きやすい音質に変換する対話型支援機器「comuoon」を発売するなど、東和薬品の医薬の知見とTISの本業であるITを組み合わせることによる新商材の開発・販売を手がける。tanceは日本カードネットワークが手がけるキャシュレス決済プラットフォーム上で稼働するアプリケーション開発を主軸とする。
この二つのケースは既存のビジネスの枠組みから一歩前へ出て、「ユーザー企業とTISの強みを持ち寄り、新しい市場を継続的に開拓する」(TISの岡玲子・執行役員企画本部副本部長)ことを主眼としており、TISの四つの注力事業のなかでは(4)の「新しい市場の創造」の領域を担う。
クオリカ、AJSのようにユーザー企業のビジネスの根幹を担う戦略子会社に出資する(1)の類型、そこから派生して新しい商材を開発し、横展開する(2)の類型から、Tスクエアソリューションズやtanceのケースのように新しい市場を創出する(4)の類型へと共創の幅を広げてきた。とはいえ、20年10月のプラント・エンジニアリング会社の千代田化工建設グループとの合弁で設立したTIS千代田システムズは基本形態である(1)の類型に近く、複数の共創パターンを状況に応じて使い分けているのが実態だ。
岡執行役員は「当社の四つの注力事業の領域に該当するもので、ユーザー企業との長期的なビジネスの拡大が見込める案件であれば合弁事業の立ち上げに至る傾向にある」と話す。TISではクオリカ、AJS以降の約20年で10件余りの合弁事業を立ち上げてきたが、“箱(=合弁会社)”ありきで話が進んでしまうと、手段が目的化してしまう恐れがあるため、事業部門との意思疎通をしっかり行った上で「出資するかどうか是々非々の判断をしている」(岡執行役員)という。
見方を変えれば単発の案件であれば、従来の「発注者・受注者」の枠組みで済むケースが多く、すべてケースで「共創」が成立するわけではないようだ。
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